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島津悪鬼録 ~敵味方に恐れられた男、島津に天下を獲らせる~  作者: 春野ケイ
関ヶ原改変

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第三十八話 利のある縁

九州国分から一年余りが過ぎた、天正十六年の秋。


島津家中では、戦の傷を癒やしながらも、静かに、次の時代への備えが進められていた。義誠もまた、飯野と鹿児島を行き来しながら、内政、そして、諸方への目配りに追われる日々を送っていた。


ある日、義弘が、義誠を呼び寄せた。


「義誠、そろそろ身を固めてはどうだ」


唐突な話に、義誠は、珍しく虚を突かれた顔をした。


「私にございますか」


「お主も、すでに三十路に近い。武功も、立場も、十分にある。良い縁があれば、断る理由もあるまい」


義誠は、しばし考え込んだ。前世の記憶の中では、家庭を持つということに、深く思いを巡らせたことはなかった。だが、この時代においては、婚姻もまた、家と家との、一つの戦略に等しい。



義弘が持ちかけてきたのは、坊津で交易を営む、牧瀬家の娘との縁だった。


「牧瀬家は、坊津を通じて、堺や、遠くは明国とも商いをしておる家だ。その伝手は、これからの島津にとって、決して軽んじられぬものになろう」


義誠は、その話を聞き、静かに頷いた。


情報の伝手か。悪い話ではない。


薩摩・大隅・日向のみに押し込められた今、島津にとって、外の情勢をいち早く掴む手立ては、これまで以上に重要になっていた。上方の情勢、豊臣家中の動き、そして、いずれ訪れるであろう天下分け目の戦それらを、少しでも早く知ることができれば、島津の取るべき道を、より確かなものにできる。


「一度、会うてみてもよろしゅうございますか」


「無論だ」



牧瀬家の屋敷で、義誠は、その娘(名を、朝と言った)と対面した。


朝は、義誠が想像していたよりも、遥かに落ち着いた物腰の女だった。父の商いを、幼い頃から間近で見て育ったといい、言葉の端々に、商人らしい、鋭い勘定高さが滲んでいた。


「有村様のお噂は、かねがね伺っております。九州の隅々にまで名の届く御方が、このような小さな家との縁を、よくお受けくださいましたこと」


「小さな家とは思っておりませぬ。此度の縁、こちらこそ、願ってもないことにございます」


義誠は、率直に、そう答えた。飾らぬ言葉を好むのは、義誠の変わらぬ性分だった。


「正直に申し上げれば、私は、あなた様の家が持つ、堺や明国との伝手に、大きな価値を見出しております。これからの島津にとって、外の情勢を知ることは、何よりの武器になりましょう」


朝は、その言葉に、驚いた様子を見せなかった。むしろ、僅かに笑みを浮かべた。


「正直な御方にございますね。恋やら情やらを語られるより、よほど、腑に落ちまする」


「そちらこそ、この縁組を、どうお考えか」


「私も、同じにございます。有村様は、戦場だけでなく、政の場でも、確かな判断をなさる御方と伺っております。牧瀬の家にとっても、島津の重臣と縁を結ぶことは、この先の商いを守る上で、大きな支えとなりましょう」


互いに、隠すことなく、それぞれの利を語り合う。そのやり取りに、義誠は、不思議な心地よさを覚えていた。これまで、戦場や交渉の場で、幾人もの相手と、腹の探り合いを重ねてきた。だが、この女とのやり取りには、そうした駆け引きの疲れが、まるでなかった。


お互いに、隠し立てをせずに済む相手というのは、案外、得難いものかもしれぬ。



婚儀は、その年の冬、静かに執り行われた。


派手な祝宴を望まぬ義誠の性分を、朝もまた、よく理解しているようだった。ごく身内だけで行われた儀の後、義誠は、朝に、一つだけ、正直に告げた。


「私は、これから先も、戦場や、政の場に身を置き続けることになろう。家庭を顧みる暇は、少ないやもしれぬ」


「存じております。それでも構いませぬ。私もまた、この家の商いを、これからも支えていく所存にございますれば」


朝は、そう答えて、静かに微笑んだ。


義誠は、その言葉に、これまでにない、静かな安堵を覚えていた。前世でも、今世でも、感情を大きく揺らすことの少なかった自分が、こうして誰かと家庭を持つことになるとは、思いもしなかった。だが、それは、決して悪い心地ではなかった。


木崎原から始まった道のりは、こうして、また一つ、新しい形を持つことになる。


義誠は、遠く坊津の海の方角を見やった。この縁が、いずれ、どのような形で、島津の行く末に繋がっていくのか、それはまだ、義誠自身にも、はっきりとは見えていなかった。



────────────────────


あとがき


第五章、最初の話です。義誠の婚姻を、恋愛感情ではなく、実利を重んじた政略結婚として描きました。相手の朝という女性も、情に流されるのではなく、互いの利害を率直に語り合える相手として造形しています。


この縁が、坊津の交易を通じた情報網として、この先の物語——特に、関ヶ原へ向かう情勢を読む上で、どう活きてくるのかを、次話以降、少しずつ描いていく予定です。


感想、レビューお待ちしております。


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