第三十一話 退きながら削る
天正十五年三月、豊臣の大軍が、ついに九州へ上陸を開始した。
羽柴秀長率いる一軍は、豊前から日向へ。秀吉自らの本隊は、肥後路を南下する構えを見せていた。合わせて二十万を超える兵は、これまで義誠が相手にしてきた、どの大軍とも桁が違った。
「肥後の諸城、抗うことなく開城する動きが相次いでおりまする」
物見からの報せに、義誠は、静かに頷いた。それは、決して悪い報せではなかった。むしろ、これまで義誠が思い描いてきた絵図に、近いものだった。
「よい。無理に守ろうとするな、と各城に伝えよ」
その言葉に、傍らにいた若い郷士が、驚いた顔を見せた。
「戦わずに、城を明け渡せと仰せですか」
「そうだ。二十万の大軍を相手に、一城、一城を死守すれば、それだけ多くの兵を、無駄に失うことになる。今、大切なのは、城を守ることではない。兵を残すことだ」
「されど、城を失えば、民の暮らしも、豊臣方の好きにされてしまうのでは」
「城を枕に討ち死にしたところで、民を守れるわけではない。むしろ、抗って城を焼かれれば、民の暮らしはより荒れよう。争わずに明け渡す方が、民にとっても、傷は浅い」
義誠は、この戦において、これまでとはまったく違う絵図を描いていた。
「正面から迎え撃つのではなく、退きながら、豊臣の兵站を削る」
義誠は、義弘の前で、その方針を改めて説いた。
「二十万の兵を養うには、途方もない量の兵糧が要りましょう。上方から遠く離れたこの地で、その輸送を絶やさず続けることは、豊臣方にとっても、決して楽な仕事ではございませぬ」
「城を捨てて、兵糧を狙う、ということか」
「はい。山間の道や、船での輸送路に、夜討ちと伏兵を仕掛け続けまする。一つ一つは小さな痛手でも、積み重なれば、大軍を支える足腰を、確実に弱らせられましょう」
義弘は、しばし考えた後、頷いた。
「これまでのお主の戦は、いずれも一戦で決着をつけるものだった。此度は、様子が違うな」
「相手が違いますゆえ。木崎原や耳川のような、一戦で決する戦は、此度は通用いたしませぬ。時をかけ、少しずつ、豊臣方の勢いを削ぐしかございませぬ」
義誠は、自ら小勢を率い、豊臣方の輸送路への夜襲を、繰り返し行った。
「兵糧を積んだ荷駄が、この山道を通るとの報せがございます」
「よし。奪うのではなく、燃やせ。奪えば、こちらの手間も増える。焼き払う方が、早く、そして確実だ」
夜陰に紛れ、義誠たちは、豊臣方の輸送隊を、幾度も襲った。正面から戦うことはせず、火を放ってはすぐに退く。深追いは一切しなかった。
「有村の兵、まるで幽鬼のようだ。現れたと思えば、すぐに消える」
そんな声が、豊臣方の陣中でも、次第に語られるようになっていった。
義誠は、それを直接耳にすることはなかったが、豊臣方の進軍の速度が、日を追うごとに鈍っていくのを、確かに感じ取っていた。蔵人が、焼け落ちる荷駄を遠目に見ながら、低く呟いた。
「これまでの派手な戦とは、ずいぶん勝手が違うな」
「地味な戦だ。だが、これが今、我らにできる、最も確かなやり方だ」
「悪鬼と呼ばれた男が、今度は幽鬼と呼ばれるか。忙しいことよ」
義誠は、それに小さく笑みを返しただけだった。
——史実の通りなら、この後、日向の根白坂で、大きな戦が起こる。だが、その戦の形すら、これまでと違うものにしなければならない。
義誠は、遠く日向の方角を見やった。これまでの戦とは、まったく異なる種類の忍耐が、これから先、必要になることを、静かに覚悟していた。
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あとがき
第四章、最初の話です。これまでの義誠の戦い方——一戦で決着をつける釣り野伏せの延長ではなく、「退きながら、じわじわと相手を削る」という、まったく新しい戦略に踏み出す回にしました。二十万という規模の敵を前に、これまでの成功体験がそのまま通用しないことを、義誠自身が誰よりも理解している、という緊張感を意識しています。
夜討ちと兵站破壊という、地味ながら効果的な戦い方は、バイブルにある彼の戦術リストの「補給線遮断」を、この章の主軸として本格的に描いていくつもりです。
次話以降、いよいよ大きな激戦の局面に入っていきます。
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