第三十話 二十万の影
天正十五年三月。鹿児島の島津本家に、これまでとは桁の違う報せが届いた。
「関白殿下、自ら出陣なされたとの由。動員した軍勢、総勢にして二十万を超えるとも」
その報せに、義誠は、これまでの生涯で一度も感じたことのない、底の見えない重さを覚えた。
——史実の通りだ。ついに、その時が来た。
木崎原の三千、耳川の四万、沖田畷の二万五千、岩屋城の五万。これまで島津が相手にしてきた、どの大軍とも、比べ物にならない規模だった。数字として頭では分かっていたつもりでも、実際にその報せを聞くと、腹の底から震えが来るような心地がした。
軍議の場で、重臣たちの間にも、これまでにない動揺が広がっていた。
「二十万……にわかには信じ難い数だ」
「豊前から日向へ、羽柴秀長殿が進み、肥後からは秀吉公自らが、進軍なさるとの由」
義誠は、絵図に描かれた九州全土を、静かに見つめていた。日向、肥後、二方向からの侵攻——史実の通りの布陣だった。
「義誠、お主の見立てを聞きたい」
義久の言葉に、義誠は、絵図の前に進み出た。
「二十万の軍勢を、真正面から迎え撃てば、島津は間違いなく押し潰されましょう。ですが——」
「ですが、なんだ」
「二十万という数は、そのまま二十万の弱点でもございます。これほどの大軍を、遠く上方から、この九州の地まで動かし、養い続けることは、並大抵のことではございませぬ。兵站は、必ず伸びきりましょう」
義誠は、これまで積み重ねてきた戦の理屈を、改めて、この場に集う者たちに語った。
「正面からの決戦を避け、地の利を活かした持久戦に持ち込む。そして、豊臣方の兵站と、家中の綻びを、徹底して突く。これまでの戦のすべてが、そのための備えであったと、私は思うております」
義久は、しばし黙り込んだ。
「降ることは、考えぬのか」
その問いに、広間が静まり返った。義誠は、慎重に言葉を選んだ。
「降ることそのものを、恥じる必要はございませぬ。ですが、無条件に膝を屈すれば、これまで積み上げてきたもの、そしてこれから守るべき者たちの命運まで、すべて相手の胸先三寸に委ねることになりましょう。戦うにせよ、和を結ぶにせよ——こちらから、条件を選び取れる形に、持ち込むべきかと」
「勝てぬ戦を、無理に続けよとは申さぬのだな」
「はい。勝つことだけが、目的ではございませぬ。島津という家と、この地に生きる者たちの命運を、できる限り良い形で守り抜くこと——それこそが、私の目指すところにございます」
軍議の後、義誠は、一人、夜の庭に立っていた。
——木崎原から、十五年。数えきれぬほどの戦を経て、私は、ようやくここまで辿り着いた。だが、ここから先は、これまでのどの戦とも違う。
前世の記憶にある史実では、島津はこの戦の末に、義久公が剃髪し、降伏することになる。薩摩・大隅の二国に押し込められ、九州統一の夢は、ここで潰える。
——だが、私は、それをただ見ているつもりはない。
蔵人が、静かに近づいてきた。
「随分と、遠くを見ておるな」
「……これから始まる戦いに、これまでの、すべての積み重ねを賭けることになる」
「木崎原の頃から、お主はいつも、無謀に見える戦を、結果で覆してきた。今度も、そうなると、儂は信じておるが」
「今度ばかりは、これまでと同じようにはいかぬかもしれぬ」
義誠は、正直にそう答えた。誤魔化しても、蔵人には見透かされるだけだと分かっていた。
「それでも、お主は諦めぬのだろう」
「ああ。諦めるという選択肢は、初めから持ち合わせておらぬ」
義誠は、その言葉に、小さく頷いた。
——木崎原、耳川、沖田畷、岩屋城、戸次川。すべての戦が、この日のための布石だったのかもしれない。
九州統一まで、あと一歩というところで、義誠たちは、これまでで最大の、そして最も過酷な戦いに、身を投じることになる。
二十万の影が、九州の空を、確かに覆い始めていた。
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あとがき
第三章、最終話です。豊臣秀吉自らの九州出兵という、史実の中でも最大級の局面を迎え、義誠がこれまでの経験のすべてを賭けて、島津の行く末を模索する回にしました。
「勝つことだけが目的ではない」という義誠の言葉は、この物語の根底にある「誉れではなく結果」というテーマを、最も大きなスケールで問い直すものだと思っています。史実では島津はここで大きく譲歩することになりますが、この物語では、義誠たちがどのような形で、この巨大な壁と向き合っていくのか——次章「豊臣との戦い」で、じっくり描いていきます。
第三章にお付き合いいただき、ありがとうございました。次章も、楽しみにお待ちいただければ幸いです。
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