第二十四話 父の見た鬼
沖田畷から戦後処理を終え、義誠は久方ぶりに、有村家の屋敷へと立ち寄る機会を得た。
飯野に戻る道すがら、少しばかりの暇を得たのだ。木崎原の頃から数えれば、実に十二年の歳月が過ぎている。父は、すでに白髪の目立つ歳になっていた。
「よく戻った……いや、義誠殿、と呼ぶべきか」
父は、そう言って、小さく苦笑した。義弘公から一字を賜り、義誠と名乗るようになってからも、父の中では、まだ元服前の誠之助のままでいるのかもしれなかった。
「父上らしくなく、他人行儀な」
「いや……近頃は、お主のことを、そう気安く呼べぬような気もしてな」
義誠は、その言葉の意味を、すぐには測りかねた。屋敷の中は、記憶にあるより、幾らか小さく感じられた。木崎原の頃には広く思えた庭も、今では、僅か数歩で端まで見渡せる。変わったのは、屋敷ではなく、自分の方なのだろう。
夕餉の席で、父は、盃を傾けながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
「木崎原の頃から、お主の噂は、こちらにも聞こえておった。野盗を平らげ、義弘公の目に留まり、やがて木崎原、耳川、そして此度の沖田畷……。九州のあちこちで、お主の名を耳にせぬ日はない」
「大袈裟にございます」
「大袈裟なものか。この村の百姓たちですら、お主の名を出せば、粗相をせぬようになる。誇らしいことだ。誇らしいことなのだが……」
父は、そこで言葉を切った。
「時折、恐ろしくもある」
義誠は、盃を持つ手を、静かに止めた。
「……私が、でございますか」
「お主が、ではない。お主にまつわる噂が、だ。味方すら駒として数える、悪鬼のような男——そう語る者もおる。血を分けた我が子が、そのように語られるのを聞くのは、正直、穏やかではおれぬ」
義誠は、しばし黙り込んだ。
「父上は、その噂を、信じておられるのですか」
「信じてはおらぬ。お主が、幼い頃から、無闇に虫を殺すことすら嫌う子であったことを、儂は知っておる。だが……戦場でのお主を、儂は見たことがない。噂と、儂の知るお主と、どちらが本当のお主なのか、時折、分からなくなることがある」
その言葉は、義誠の胸に、静かに、だが確かに突き刺さった。
——木崎原で、味方に死を求めた自分。響野原で、間に合わずに一人泣いた自分。深水を、迷いなく追い詰めた自分。そのどれもが、確かに自分自身だった。
「父上」
義誠は、静かに口を開いた。
「私は、必要のない殺しはいたしませぬ。それだけは、これまで一度も曲げたことはございませぬ。ですが、必要な時には、躊躇いませぬ。それが、多くの者を守るための、唯一の道だと信じておりますゆえ」
父は、義誠の顔を、しばらくじっと見つめていた。
「……その顔つき、幼い頃とは、まるで違うな」
「変わったのだと思います。変わらねば、務まらぬ場所に、私はおりますゆえ」
父は、それ以上、多くは語らなかった。ただ、盃を静かに置き、義誠の肩に、一度だけ手を置いた。
「儂には、お主のやり方の正しさは、分からぬ。だが、お主が、何もなく人を斬るような男でないことだけは、儂には分かる。それで、十分だ」
翌朝、義誠は再び飯野へと発った。
母は、すでに数年前に病で亡くなっている。見送りに立つのは、父一人だけだった。屋敷の門で、父は、いつまでも義誠の背を見送っていた。
見送る父の姿を振り返りながら、義誠は、胸の内に、これまでとは違う温かさと、微かな痛みを感じていた。
——悪鬼と呼ばれることは、もう慣れた。だが、その噂が、家族の耳にまで届き、案じさせているとは、これまで深くは考えていなかった。
前世でも、今世でも、家族に心配をかけることに変わりはないらしい。そんな小さな感慨を抱きながら、義誠は、再び戦場へと続く道を、歩み始めた。
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あとがき
今回は、戦場から離れ、父との対話を通して、義誠の「恐れられる存在であること」の重みを、家族という側面から描いてみました。これまで、敵や味方の武士たちの視点から積み重ねてきた「悪鬼」という評判が、血を分けた家族にどう届いているのか——そこに焦点を当てた回です。
父の「お主の正しさは分からぬが、人を斬るような男でないことは分かる」という言葉は、義誠にとって、これまでのどんな評価よりも、静かに響くものであってほしいと思って書きました。
次話からは、再び筑前・筑後方面への進出を描いていきます。
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