第二十三話 鍋島という男
沖田畷の敗戦から間もなく、龍造寺家では、隆信の嫡男・政家を当主に据えつつも、実質の差配を、家老の鍋島直茂が担うようになっていた。
「政家様は、まだ若く、この混乱をまとめるだけの器量には……。すべて、直茂殿の胸一つで動いておるようです」
義誠は、飯野から肥前入りした義弘の陣で、そう報告した。
「その直茂という男、隆信の下で、これまでも数々の戦を切り盛りしてきたと聞く。侮れぬ相手だな」
「はい。武よりも、調略と内政に長けた男だと聞き及んでおります。此度の降伏交渉、私が向かうことをお許し願えませぬか」
義弘は、義誠の顔をしばし見つめた後、頷いた。
「良かろう。ただし、龍造寺の家名を、無闇に踏みにじるような真似はするな。これから先、九州をまとめていく上で、遺恨は少ないに越したことはない」
「肝に銘じまする」
義誠は、僅かな供回りだけを連れ、佐賀城下へと向かった。かつて、龍造寺隆信という男を、遠く肥前の太守として警戒していた頃を思えば、こうして自らその城下に足を踏み入れる日が来るとは、感慨深いものがあった。
佐賀城下、龍造寺方の陣所で、義誠は鍋島直茂と対面した。歳の頃は、義誠よりも一回り以上、上に見えた。落ち着いた物腰の中に、油断ならぬ鋭さを秘めている男だった。
「有村殿の名は、九州のあちこちで耳にする。木崎原、耳川、そして此度の沖田畷。すべてに関わっておられたとか」
「過分な評判にございます。私一人の手柄ではございませぬ」
「その謙遜、かえって底が知れぬな」
直茂は、そう言って、小さく笑った。
「降伏の条件、聞かせていただこう。無論、龍造寺の家名を残していただけるのであれば、抗う理由もない」
「家名も、政家様のご当主としてのお立場も、これまで通りお認めいたします。ただし、以後は島津への従属を明らかにしていただき、肥前国内の兵は、島津の求めに応じて動いていただくことになりましょう」
「厳しいようで、案外、道理にかなった条件だ」
直茂は、義誠の言葉を反芻するように呟いた。
「一つ、伺いたい。有村殿は、なぜ降った者に、これほどまでに手荒な真似をせぬのか。木崎原でも、耳川でも、降兵を無用に殺めることはなかったと聞く」
義誠は、しばし考えてから、静かに答えた。
「無駄な殺しは、後々の遺恨を生むだけにございます。それに——」
「それに?」
「今日の敵が、明日の味方になることもある。この乱世では、珍しいことではございませぬ」
直茂は、その言葉に、興味深そうな目を向けた。
「その理屈、儂も嫌いではない。政家様のためにも、島津殿との誼を、大切にしたいものだ」
交渉は、思いのほか円滑に進んだ。龍造寺家は、島津への従属を正式に受け入れ、肥前国内に残っていた国人衆の多くも、これに続く形で、次々と島津方へ靡いていった。
陣を辞する際、直茂は、義誠にこう告げた。
「お主のような男が、島津にはあと幾人おるのだろうな。数ではなく、質で勝つ家というのは、厄介なものだ」
「買い被りにございます」
「いや、そうではない。……いずれ、また相まみえることがあるやもしれぬ。その時は、味方としてか、敵としてか——楽しみにしておるぞ」
義誠は、その言葉の裏に、ただの社交辞令ではない、確かな重みを感じ取っていた。
——鍋島直茂。この男、この先も、島津の行く末に関わってくるかもしれぬ。
前世の記憶の中に、その名がどう記されていたか、義誠は正確には思い出せなかった。だが、これほどの器量の男が、歴史の表舞台から、そう簡単に消えるとは思えなかった。
義弘への報告を終えた夜、義誠は、九州の絵図を、改めて広げてみた。日向、大隅、薩摩、肥後、そして肥前の大半。島津の勢力は、いつしか、九州のほとんどを覆うまでになっていた。
——あと、残るは筑前と、大友の本国、豊後のみ。
九州統一という文字が、これまでになく、現実の距離として、義誠の目に映り始めていた。
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あとがき
沖田畷の戦後処理を、龍造寺方の実質的な差配者、鍋島直茂との対話を中心に描きました。後に佐賀藩の礎を築くことになるこの男を、単なる敗軍の使者としてではなく、義誠と対等に渡り合う、聡明な人物として描きたいと思っています。
「降った者には手荒な真似をしない」という義誠の一貫した姿勢が、今回は敵将の口から、改めて言語化される形になりました。これもまた、彼の評判が、単なる恐怖だけでなく、一定の信頼として広がっている証だと思います。
次話からは、いよいよ筑前・筑後方面への進出を描いていきます。九州統一まで、あと一息です。
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