↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
島津悪鬼録 ~敵味方に恐れられた男、島津に天下を獲らせる~  作者: 春野ケイ
九州統一

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/37

第二十一話 畷に沈む道

天正十二年三月。義誠は、島津家久に従い、島原半島へと海を渡っていた。


「有村殿の知恵、此度もぜひ借りたい」


家久のその言葉に、義誠は深く頭を下げた。義弘の下を離れ、家久の元での戦は、義誠にとって初めてのことだった。


——木崎原、耳川と、義弘公の下で積み重ねてきたものを、今度は違う将の下で、どう生かすか。


船上から見る島原の海は、これまで戦ってきた日向や肥後の山野とは、まるで違う景色だった。潮の匂い、湿った風——義誠は、この土地の勝手を、まだ肌で掴みきれていないことを、自覚していた。


——知っているのは、あくまで結末だけだ。そこに至る道筋は、この目と足で確かめねばならない。


島原に着くと、すぐに有馬晴信との軍議が開かれた。


「龍造寺の兵は、二万五千とも聞く。我らは、寡兵に過ぎませぬ。ここは森岳城と丸尾砦に籠り、後詰を待つべきかと」


有馬晴信の言葉に、家久は首を振った。


「後詰は、当てにできませぬ。義久公の本隊は、肥後方面の押さえで手一杯。此度は、我らだけで決着をつけねばなりませぬ」


「では、いかがせよと」


「野戦にて、迎え撃ちまする」


その場に、緊張が走った。二万五千と、寡兵での野戦——正気とは思えぬ策に聞こえたのだろう。義誠は、そこで初めて口を開いた。


「畏れながら、家久様のお考え、道理にかなっておるかと存じます」


「有村殿まで、そう申されるか」


「はい。城に籠れば、いずれ兵糧が尽き、じり貧になりましょう。ですが、地の利を得た野戦であれば、寡兵でも大軍を制する道が、確かにございます」


義誠は、絵図の上に指を置いた。


「この沖田畷。海岸線と眉山の裾野に挟まれた、深田の湿地帯。細い一本道が、その中を通っております。ここへ大軍を誘い込めば、隊列は伸びきり、身動きも取れなくなりましょう」


——木崎原と、同じ理屈だ。ただし、今度は谷ではなく、畷。


家久は、義誠の言葉に、満足げに頷いた。



「森岳城に晴信様、丸尾砦に猿渡殿。それぞれ兵を配し、街道沿いには柵と鹿垣を巡らせ、龍造寺の大軍を、この畷の出入口へと誘い込みまする」


義誠は、家久と共に、細かな配置を詰めていった。柵を築く場所、伏兵を潜ませる木立、そして、龍造寺の本隊が油断して深追いしてくるよう仕向ける、囮の配置。


「龍造寺方には、こちらの寡兵ぶりを、あえて大袈裟に伝えさせております。侮りが深いほど、深追いも深くなりましょう」


「お主のそういうところ、義弘殿によう似ておると聞いたが、なるほどな」


家久は、そう言って、口の端を上げた。義誠は、それに小さく頭を下げるだけで、多くは語らなかった。


三月二十三日、柵の普請が完成した。義誠は、出来上がった陣立てを、静かに見渡した。


——史実の通りだ。隆信公は、明日、この畷で命を落とす。


その事実を、義誠はすでに知っている。だが、知っていることと、実際にこの目でその瞬間を見届けることの間には、まだ大きな隔たりがあった。


夜、義誠は一人、陣の外に出て、遠く畷の方角を見つめていた。


——響野原の時とは違う。今度は、間に合わないということはない。だが、これほどの大戦、思う通りに運ぶとは限らない。


隣に、家久が歩み寄ってきた。


「有村殿も、眠れぬ口か」


「……明日のことを、考えておりました」


「儂もだ。だが、不思議と恐れはない。おかしなものよな」


家久は、そう言って、小さく笑った。


「兄上たちが積み上げてきたものを、儂が此処で潰えさせるわけにはいかぬ。木崎原、耳川——お主も、その場に立ち会ってきたのであろう」


「はい」


「ならば、明日も、同じことだ。数の多寡ではない。地の利と、心の在り様が、勝敗を分ける」


義誠は、その言葉に、静かに頷いた。家久という男は、義弘とはまた違う種類の胆力を持っていた。理屈で固めるよりも、まず自らの直感と勢いで、周囲を引っ張っていく将だった。それもまた、乱世を生き抜く一つの形なのだろう。


「有村殿は、明日、どの隊につく」


「森岳城と丸尾砦の間、伏兵の一角を任されております。合図と共に、退路を塞ぐ役目にございます」


「頼りにしておるぞ」


——明日、九州の勢力図が、また一つ塗り替わる。


畷の向こうに、龍造寺の大軍が近づいてくる気配が、すでに感じられる気がした。



────────────────────


あとがき


沖田畷の戦いの前哨を、史実に沿って描きました。有馬晴信の籠城案と、島津家久の野戦案という、実際の軍議の対立を踏まえつつ、そこに義誠の後押しを加える形にしています。木崎原、耳川と積み重ねてきた「地の利を生かした釣り野伏せ」が、義弘公の下から離れ、家久という新しい将の下でも生きていく——そんな橋渡しの回になればと思います。


家久との会話は、これまでの義弘公との関係とはまた違う、対等に近い緊張感を意識して書きました。次話、いよいよ沖田畷の戦い本戦です。


感想、レビューお待ちしております。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。