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一章 5-2

 エルトは、祖母の話は父から伝え聞いたことしか知らない。一時期、エルトは祖母の武勇伝を疑い、調べてみたことがある。その結果、否定する要素どころか裏付けばかりが出てきてしまい、後悔したことは記憶に新しい。

 エルトの話を吟味するように俯き加減に無言でいたシエルが、ぼそりと呟いた。

「……馬車を返して来ないと」

「は? 馬車?」

 彼は立ち上がり、わけがわからず聞き返すエルトを見下ろす。

「村へ馬車を返して、また戻ってくる。それまでこの剣は君に預ける」

「待て。預けられても困る。持って帰れ、そして二度と来るな」

「方法を考えてみてくれないだろうか。何か思いつくとしたら、君だと思う。メルヒオール」

 真顔で言われ、エルトは額に手を遣った。下手に知名度が高いのも頭痛の種だ。

「さっきも言ったが、名前でどうにかなると思ったら大間違いだぞ」

「でも、俺たちよりは可能性があるだろう。君が直してくれなくてもいい、何かいい案を出してくれれば、それに報酬を払おう」

「だーかーらー」

「ほんの小さな手掛かりや緒だけでもいい。もう……、他に何を頼ればいいのかわからないんだ」

 何を言ってもシエルは揺るがず、エルトは反駁を諦めた。組んだ脚の上に頬杖をつき、顔を顰めてシエルを見上げる。

「溺れる者は藁をも掴むってか? 話が戻るが、おまえらの目標は『魔王討伐』なんだろ。そうである限り、俺が解決策を渡すと思うか?」

「……俺たちには、けじめが必要なんだ」

「ああそう。おまえらが過去を過去にするために、無関係だとわかってる相手の命を踏み台にするわけか。どっちが魔王だよ」

 吐き捨てれば、メイアがテーブルに両手を叩き付けて立ち上がった。

「あんたに何がわかるのよ!」

「わかんねえよ。おまえだってわかんねえだろ、俺の事情も、ルインの事情も」

 故郷を魔物に潰されたというのには同情する。きっと、近しい人々が酷く傷つき、命を落としたのだろう。その恨みで、少年少女が魔王を倒そうなどと思い詰めるほどに。だが、そのことと、エルトがルインを害しようとする彼らに間接的にとはいえ加担するのとは、話は別だ。

 ルインを知る前だったら、言われるがまま出来る範囲で彼らに協力していたかも知れない。けれど、エルトの中の「魔王」は、顔も知らない「魔王」ではなく、「ルイン」になってしまった。

「では――」

 シエルが言いかけたところで、何かが壊れるけたたましい音が響いた。五人は同時に瞠目して肩を波打たせる。

「な……何、今の」

「外か?」

 顔を見交わす四人はさておき、エルトは立ち上がって窓から外を窺った。地面には窓枠らしき木の枠と、粉々に砕けたガラスの破片が散らばっている。

 エルトが窓を開け、顔を出して真上を見ると、ちょうど二階くらいの高さから出ていた顔が引っ込むところだった。

(ルイン?)

 何があったのだろうと、エルトは居間を出て真上の部屋――ルインのいる客間へと向かった。


      *     *     *


 台所を片付け、ルインは客間へ戻ってきた。エルトには申し訳ないと思うが、彼が四人組と話している間なら、気付かれずに出て行くことができるだろう。

「行くのね?」

 前触れなく現れた少女には、もう驚かなくなっている。頷いてルインは窓に手をかけた。

「いつ妹に見つかるかわからない以上、これ以上留まるわけにはいかない」

「まだこのあたりには来ないと思うけど。下手に動く方が見つかるんじゃない?」

「人のいないところに隠れるさ」

 リムはくるりと宙返りをすると、ルインを頭の方から覗き込んだ。悪戯めいた笑みを浮かべる。

「行くにしても、玄関から出ればいいじゃない」

「玄関から出て行こうとしたとき、あの四人が来た」

「だから今度は窓?」

 ルインは首肯した。玄関から出ようとすると、また邪魔が入るような気がする。少しの間なら飛べるくらいの力は戻っているので、窓から出るのでも問題はない。

「ここからなら突然の訪問者もないだろう」

「そう。気を付けてね」

 言い置いてリムの姿は掻き消える。結局に何を言いにきたのだろうと疑問に思いつつ、ルインは外開きの窓に手をかけた。掛け金を外して力を込めると、蝶番が軋んだ音を立てる。錆びついているのか、耳障りな音がするだけでなかなか開かない。更に力を入れれば、なんの前触れもなく蝶番が外れた。

「あ」

 咄嗟に手を伸ばしても窓枠を掴まえることはできず、支えを失った窓はそのまま落下して凄まじい音を立てる。

「――…」

 驚きで数拍固まってから眼下を窺えば、窓の玻璃は木枠だけを残して粉々になっていた。

(リムさんの「気を付けて」はこれだったのか……?)

 とりあえず首を引っ込めて途方に暮れていると、扉が叩かれた。返事を待たずにエルトの声がする。

「ルイン? 入るぞ」

 部屋に入るなりエルトは事態を察したようだった。窓とルインとを見比べ、首をかしげる。

「これが外れたのか。怪我しなかったか?」

「私に怪我はないが……すまない、窓を壊してしまった」

「いいよ別に。直せるし、そもそも手入れしてなかった俺が悪いんだし。蝶番が傷んでたのかな」

 言いながらエルトは窓があった位置に片手を翳した。さきほど玄関の扉を直したのと同じ要領で、窓もあっという間に直してしまう。あまりの鮮やかさに、時間が戻っているような気すらする。

「ありがとう」

「礼なんていいって。古い塔だからな、あちこちガタが来てんだよ」

 片手を閃かせるエルトの背後から、メイアの驚き混じりの声がする。

「凄いわ、粉々になってたのに元どおり。そんなふうに、シエルの剣もぱぱーっと直せないの?」

 エルトについてきたらしい四人は、何故か部屋の入り口に固まって中には入って来ない。忌々しげに舌打ちをしたエルトは、身体ごと振り返って面倒臭そうに返した。

「直さねえっつってんだろ。鍛冶屋にでも行け」

 聞いているのかいないのか、トロンが妙に晴れやかな笑顔で言う。

「では、僕たちは村へ行ってくるよ」

「何が『では』なんだ。行ってくるな。行ったきりにしとけ」

「じゃあ、また」

「聞けよ」

 顔を顰めるエルトには構わず、四人はぞろぞろと廊下を戻っていった。そのまま足音が遠ざかり、階段を下りて玄関の大扉を出て行く。

 扉が閉まる音を聞いてから、エルトが振り返った。

「さて、変な奴らがいなくなったことだし飯にしようぜ。サンドイッチ残ってんだ、あいつら殆ど食わなかったから。失礼じゃねえ?」

「無理もない」

「んなことねえよ。あいつらが本当に恨むべきなのは先代の西王だってわかったんだから、ルインに突っかかるのは、ただの八つ当たりだ」

「故郷を潰されたというのだ、西のものに対する(わだかま)りはそう簡単にはなくならないだろう」

「そりゃあいつらの事情だ。無関係なあんたが相手してやる義理はないさ」

「無関係だろうか。一応、当代の西王なのだが」

「関係があったのはルインの親父さんだろ」

「……いや、先代は父ではなく異母兄(あに)だ」

「兄さんなのか。――ともかく、あの手の連中は甘やかせば甘やかすだけつけあがるぞ。また仕掛けられたら、今度は蹴散らしてやれよな」

 話しながら居間へ移動する。カップにはまったく減っていないお茶が残され、大皿のサンドイッチも幾つかなくなっているだけだった。

「ああ!?」

 長椅子に座ろうとしたエルトが唐突に声を上げて、ルインは瞠目する。

「どうした」

「あいつら、どさくさに紛れて本当に置いて行きやがった!」

 見れば、テーブルの上には見覚えのある双剣が置かれている。片方にはひびが入り、片方は半ばから折れていた。

「捨ててやろうかな、もう……ルインに折られたっつってたけど、本当か?」

「ああ。折ったのも、ひびを入れたのも私だ」

「そうか……こんな真っ二つに」

 剣からなるべく距離を取るように、長椅子の端に座ったエルトは、サンドイッチを片手に、信じ難いとでもいったふうに呟く。

「そもそも、なんでルインがあの四人と戦うなんてことになったんだよ」

 エルトの向かいに座り、サンドイッチを囓ったルインは、それを咀嚼して飲み込んでから答える。

「私が西の王だからじゃないか」

「いや、何を他人事みたいに」

「それくらいしか理由がない。――四人は『魔王』を倒したいんだろう。本当に倒したかったのは先代だったのだろうが、先代はもういない」

 お茶を飲み干したエルトは思い切り顔を顰めた。

「だから当代のルインをってことか? やっぱ八つ当たりじゃねえか」

 膨れ面になるエルトを見てルインは小さく笑んだ。他人のために腹を立てるエルトは、人が好いと言うよりは根が優しいのだろうと思う。

「きっと、彼らには悪気はないんだ」

「悪気がないからって何やっても許されるわけじゃない。さっきも言ったけど、律儀に相手してやることないって」

「だが、これは……王になってしまった者の義務のようなものなのだと思う」

「望んでなったんじゃなくても?」

 ルインが首肯すると、エルトは呆れたようにため息をついた。

「お人好しだな、あんた」

「そうでもない」

「自覚ないのかよ。重症だな」

「見ず知らずの赤の他人を、見つけてしまったからという理由だけで怪我の手当をして、完治するまで留まっていけと言うエルトには負ける」

「な……」

 絶句し、エルトは赤面するとぷいと顔を背けた。その様子を見てルインはまた笑う。こんなに気持ちが和んだのはいつ以来だろうと考えて、やはりこの気のいい少年は巻き込んではいけないと、改めて思った。



 サンドイッチを二人で平らげ、ルインは台所で後片付けをしていた。

 洗った食器を棚にしまい、ふと勝手口に目を向ける。

 玄関は邪魔が入り、窓も駄目だった。ならば裏口ならばどうだろうと、半ば実験のような気持ちでそちらへ向かう。耳を澄まし、邪魔が入りそうな気配を探りつつゆっくりと扉に手をかける。前の二回は直前にリムが現れたが、今回は出てこないようだった。だが、油断は禁物だと警戒をやめることなく鍵を開け、そっと扉を開く。

(三度目の正直、か?)

 扉はあっけなく開いた。外はいつの間にか雪が降り出している。すぐに出ることはせず、視線だけで周囲を見回し、何も異常がないのを確認して、

「……っくしゅん!」

 小さなくしゃみが聞こえてルインは動きを止めた。

 扉の裏から聞こえたようなので外に回って覗き込むと、扉と外壁の間に挟まるようにして、魔導士がしゃがみ込んでいる。

 いつからそうしていたのか、頭と肩に雪を積もらせた魔導士は、ルインを見上げて申し訳なさそうに眉を下げた。

「あ、あの……すみません」

「…………。何をしているんだ?」

 問えば、魔導士はよろよろと立ち上がった。ふらつくのをルインが支えてやると、魔導士は戸惑った様子で目を瞬く。

「あ……ありがとうございます」

「一人か? 仲間は?」

「一人です。みんなは村へ」

「君だけ残ったのか? ……そんなに私の命が欲しいか」

 半ば本気で問えば、魔導士は慌てた様子でかぶりを降った。

「ち、違います。……えっと、僕、フラムって言います」

 敵意がないのを示すためか、名乗った魔導士――フラムは、寒さでだろう、赤くなっている頬を更に赤くして事情を説明しだした。

「僕、一応、魔導士なんですけど……あんまり魔法が上手くなくて。メルヒオールさんに教えていただけたらと思って、残ったんです。でも、表は閉まっちゃってたから……」

「入れる場所を探していたのか」

 尻窄みに消えた言葉を引き継げば、フラムは肯んずる。その頭に積もった雪を払ってやりながら、半ば呆れてルインは尋ねた。

「開けてくれと呼べばよかっただろう?」

「ええ……でも、門前払いされちゃいそうで」

「勝手に入る方がエルトは怒ると思うが。――とにかく、中へ」

「いいんですか?」

「雪の中に放り出すわけに行かないだろう」

「ありがとうございます」

 嬉しそうに笑んでぺこりと頭を下げ、ルインに続いて裏口から屋内へ入ったフラムは、安堵したかのようにほっと息をつく。小さな身体が小刻みに震えているのに気付き、ルインは話す前に中に入れなかったことを後悔した。自分は平気な気温だが、相手は小柄な人間だ。

 居間にはまだエルトがいる。部屋も暖まったままだろうと、ルインはフラムを促して食堂を出る。

「留まっていいかどうかはエルトに訊いてくれ。この塔の主はエルトだ」

「はい」

(二度あることは三度あるだったか……)

 フラムに合わせて歩きながら、ルインはため息を飲み込んだ。この塔はどうあっても外に出してくれないらしい。

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