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一章 6-1

 6


 長椅子の背もたれに身体を預け、エルトはテーブルに置いたままになっている双剣をじっと見つめていた。

 ひびが入っている方は、多少刃毀(はこぼ)れしている程度で大きく欠けている部分はない。普通に繕理術を使うだけで直せるだろう。

(しかし、金属にひびって……)

 ガラスや陶器ではあるまいし、生半可な力ではひしゃげたり曲がったりするのが精々だろう。ひびを入れる、ましてや折るには剣の強度の限界以上の力が必要だ。

 エルトは興味本位でひびの入った剣を手に取ってみた。エルトの膂力(りょりょく)では、片手では持ち上げるのが精々で、これを両手にそれぞれ構えて振るうことはできそうにない。シエルは、細身に見えて相当な腕力の持ち主らしい。

 剣をテーブルに戻してふと窓を見ると、雪が降り出していた。どうせならもっと早く降ってくれれば、妙な四人組に絡まれることもなかったのにと顔を顰めると、視界の隅にリムの姿が現れる。

「どうしたの、難しい顔して」

「降るならもっと早く降ればよかったのにと思ってさ。そうすりゃおかしな客も来なかった」

 リムはふわふわと漂って側に寄ってくる。

「出て行く前に降られて、一冬ずっと一緒に閉じ込められるよりいいじゃない」

「そうだけど。……いや。俺はたとえ死ぬほど雪が積もって、一回埋まったら春まで発見されなくなりそうでも、絶対に奴らを追い出すぞ」

「ふふ」

 意味深に笑うリムを、エルトは横目で見る。

「……なんだよ」

「いいえ。ただ、うっかり見つけちゃった瀕死の他人を、見つけたからって理由だけで助けちゃうエルトに、そんなことができるのかしらと思って」

「リムさんまでルインみたいなこと言うのな」

「事実だもの」

「んなことねっての。あの四人はぴんぴんしてるだろ。放っといたら確実に死にそうな怪我人とは違う」

 このままだと話があらぬ方に転がりそうだったので、エルトは急いで話題を変えることにした。

「それはそうと、積もりそうか?」

「少しね。身動きできなくなるほどじゃなさそう」

 再び背もたれに体重をかけてエルトは窓へ視線を向けた。

「なんか、今年は雪が少ないな。いつもは初雪が降ったらあっという間に一階が埋まるのに」

「いいじゃない、もし例年どおりに降ってたら後で大変だったわよ。食料とか燃料とか、なくなっちゃうと困るでしょ?」

「ああ……まったく、運がいいんだか悪いんだか」

 エルトはため息混じりにぼやいた。いつもどおりに雪が降っていれば、四人に会わなくて済んだが、代わりに飢えて凍えることになっただろう。雪が少なかったから補給は間に合ったが、迷惑な四人組と相対することになった。どっちがよかったのかは、エルトにはまだわからない。

 雪景色を眺めながらぼんやりと考えていると、身を翻したリムがくすりと笑った。

「そう深く考えることないわ。これも流れのうちってやつよ」

「流れ? 俗に言う『運命』ってやつ?」

「流れは流れ。どう呼ぶかは人それぞれよ。運命って言った方がわかり易いなら、それでいいわ」

 やはりリムの返答は、敢えて的を外している気がする。いつものことなので、追求することはせずにエルトは続けた。

「もし、運命が変わったらどうなるんだよ」

「変わらないわ」

「は?」

 エルトが聞き返すと、リムはさも当然だと言わんばかりに胸を反らした。

「と言うか、エルトが想像してるような、筋道だったものなんて、この世界には存在しないの」

 言葉の意味はわかるが理解が追いつかず、エルトは首を捻る。リムがこんなふうに受け答えをしてくれるのは珍しいので、疑問をぶつけてみる。

「じゃあ運命……『流れ』って、なんなんだよ」

「だから、流れは流れよ。大いなるもの。幾通りも無数にある支流。だから変わらないし、想定外はあり得ない。その方向の流れだったってだけよ」

「……運命を変えようとするのは無駄な努力ってことか?」

 運命などというものは信じていないし、未来が(あらかじ)め決まっているなどというのは噴飯ものだと考えているエルトには到底、賛同できる話ではない。

 リムはエルトの言葉を打ち消すように片手を(ひらめ)かせた。

「そんなことないわ、行きたい方へ向かおうと尽力するのは意味があることよ。それが流れを作るんだもの。――第一、未来を知る力でもなければ、運命が変わったかどうかなんてわからないじゃない? 変えようとする動きまで織り込み済みかもしれない。それに、変わったと思ったってその先もまた運命よ」

「……なんか、物凄い詭弁を聞いてる気がする」

「詭弁ではないわ、事実よ。この世は大いなる流れ。個々の存在はその中の一条。世界の意志すら一条に過ぎない。でも、その流れを作るのは個よ。だから、あんまり深く考えることないわ。なるようにしかならないんだから」

 言うだけ言い、リムは宙にとけるように消えてしまった。結局、具体的なことは何もわからなかったが、漠然とでも答えてくれたのはリムの精一杯なのかもしれない。彼女が謎かけのようなことを言うのは今に始まったことではないので、気にしないようにしようと頭の隅に押し遣る。

 気を取り直し、エルトは指先で剣の刀身を辿った。

(折れてるのはともかく、このひびくらいなら普通の鍛冶屋でも直せそうなもんだけど)

 金とも銀ともつかない光沢を放つそれは、一見しただけでは材質がわからない。少なくともただの鋼や銀ではなさそうだと、エルトはひびの上で手を止めた。

 剣の「情報」だけでも解析してみようと思ったのは、単純に興味だ。どこの鍛冶屋にも断られたという剣の材質が気になった。

 僅かに眼を細め、意識を剣に触れた指先に集中する。そこを中心に、剣を包み込むように光で描かれた文様が展開していく。魔法円――術式はそれなりの術士でないと認識することはできず、徒人にはぼんやりと光っているだけに見えると父に教わった。

 繕理術を展開すると、対象物の材質や構造などの情報が頭の中を高速で流れ、式に反映されるのだが、今回は勝手が違っていた。

「……ん?」

 体内に水瓶があるとして、その中の水どころか瓶ごと根こそぎ持って行かれるような感覚。今までに味わったことのないそれを感じ、まずいと思ったときにはエルトの意識は闇に呑まれていた。


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