一章 5-1
5
最年長の青年がトロン、双剣の少年がシエル、口煩い少女がメイア、最年少の魔法使いがフラムと名乗った。
四人はエルトの要求通り、本当に買い物をしてきた。しかも配達を頼むのではなく馬車を借りて自分たちで運んできたという。気が急くあまりに殆ど休まずに塔と村を往復したと聞いて、エルトは呆れた。
「何をそんなに急いでんだよ。明日どころか、次の春も俺はここにいると思うぞ」
エルトの言い方が気に入らなかったらしく、メイアは咎めるような表情になる。
「決まってるでしょ、魔王と再戦するためよ。まさか、繕工の塔にその魔王がいるなんて思わなかったけど」
自分がいると話し合いにならないと思ったのか、ルインは四人が運んできた荷物の片付けを買って出てくれて、ここにはいない。エルトはメイアを見る視線に険を込める。
「その、魔王ってのやめろよな」
「どうしてよ。魔人と魔物の王様なら魔王でしょ、他にどう呼べって?」
「魔人やら魔物ってのが、まずな。西の王かもしれないが、ルインはルインだ。ってか、本当に人違いじゃねえの? おまえらが戦ったのは、別の自称魔王だったとかさ」
「さっきも言ったけど、間違えるはずないわ、あんな異様に整った顔」
シエルが複雑そうな表情で口を挟む。
「あの男は魔王レゼルダードだ。人違いなら違うと言うだろう、さすがに」
「まあ、さっき肯定しちまってたしな……いや待て、ルインも家名が同じって理屈じゃねえの。先代の西王が親とかじいさんとか」
西に「家」の概念があるのか知らないが、エルトは適当に答えた。しかしシエルは頑なに、宣言するように言う。
「人違いでも偽物でも、魔人であることに変わりはない」
「だーかーらー。故郷を潰されて、西の奴が憎いのはわかる。でも、ルインが一度でもおまえらを蛮族っつったかよ」
再びメイアが口を開く。
「あんた、東の人間でしょ? どうして魔王なんかの肩持つのよ」
もう訂正することは諦め、エルトはため息混じりに答えた。
「別に肩を持ってるわけじゃねえよ」
「嘘ばっかり。あいつを客っていうなら、あたしたちも客よ? 仕事を持ってきてあげたのよ」
あからさまに上からものを言うメイアに、エルトは思い切り舌打ちをした。
「おまえもその人種かよ」
「何よ」
「あんな、もう手遅れだけど一応教えとく。俺は、金払うからって客の身分に胡座掻いてる奴は大嫌いだ」
「そ……」
メイアの反駁は聞かず、エルトは言いたいことを言ってしまう。
「ついでに、俺がルインの肩を持つってのが、おまえらとルインに対する態度の差のこととを言ってるなら、それは当然だ。ルインは怪我して倒れてるところを俺が見つけて拾ってきた。おまえらは、いきなり押しかけて、いきなり暴言を吐いた。その上さっきの騒ぎだ。どこに好感を持てってんだよ。少しは自分たちのことを客観視しろ」
エルトが言葉を切ると、メイアは堪りかねたように声を上げた。
「だから、それは、こんな子供が繕工メルヒオールだなんて!」
「まだ言うか。まあ、おまえにゃ一生わかんねえ話だよな。ごめんなあ、難しい話して」
「な……!」
莫迦にされたということはわかったのか、気色ばむメイアを遮って、それまで黙って聞いていたトロンが口を開く。
「約束が違うね。買い物をしてくれば頼みを聞いてくれると言ったじゃないか」
「じゃあ言え。聞くだけ聞いてやる。そんで帰れ」
極めて投げやりにエルトが言うと、トロンは一度目を閉じ、開いた。
「……暴言は詫びよう。だから頼む。僕たちは、もう君に頼るしかないんだ」
これまでとは違う真剣な声音に、エルトも一応、姿勢を正した。その上で言う。
「もっと大きな視野で見ようぜ。決めつけは良くない。世界は広いんだ、俺だけってこたねえよ」
「散々直せる人間を捜した。でも駄目だった」
「大陸中、全部回ったわけじゃないだろ」
「他の心当たりはすべて回った。それに、今現在、繕工を掲げているのはメルヒオール――君しかいない」
一体どう言えば引き下がってくれるのかと、エルトが無言で顔を顰めたところで、扉が叩かれた。返事をすると、大きなトレイを掲げたルインが入ってくる。そこに、大皿に並べられたサンドイッチと人数分のお茶のカップがのっているのを見て、エルトは瞠目した。
「作ってくれたのか」
言わずもがなのことを問うてしまったが、ルインは気を悪くしたふうでもなくテーブルの中央に大皿を下ろし、それぞれの前にカップを並べた。
「ああ。朝食がまだだろう? 話しながら食べられるものをと思って」
エルトは思わず立ち上がって彼の手を取る。
「頼む、うちで働いてくれ」
「……その話はまた後で」
ルインは驚いた表情で目を瞬くと、やんわりとエルトを押し戻して部屋を出て行った。逃げられてしまったので座り直したエルトが四人に視線を戻すと、彼らは唖然としてサンドイッチを見下ろしていた。
「魔王が、サンドイッチ……?」
「しかも、お茶……?」
口々に言うトロンとシエルを遮るように、メイアが声を上げる。
「待って! 毒が入ってるかも」
その反応の予想はできたが、実際に聞くと頭痛すら覚えてエルトは額に手を遣った。
「おまえな……メイアだっけ? どうしてもルインを悪者にしたいんだな」
「敵が作った食べ物だもの、警戒するのが当然でしょ」
「じゃあ食うな」
反論するのも面倒になり、エルトはサンドイッチに手を伸ばす。ベリーのジャムが挟んであるだけの簡単なものだが、騒ぎで起こされてから何も口にしていないので、とても美味しく感じる。
エルトが二つ目に手を伸ばしたところで、ずっと無言でいるせいで存在感のなかったフラムが、おそるおそるといったふうに皿に手を伸ばした。それに気付いたメイアが目を見開く。
「ちょっと、フラム」
「食べられるときに食べておかないとって、いつも言ってるのはメイアじゃないですか。……美味しいですよ」
サンドイッチを一口囓ったフラムに言われて、メイアはぷいと顔を背けた。メイアの方が年嵩に見えるのだが、精神年齢は逆らしいと考えながら、エルトは問う。
「で? なんの話だっけ」
半ば呆然と大皿を見下ろしていたトロンは、気を取り直した様子で顔を上げた。
「君に修理して欲しいものがあるという話だ」
「何を直せってんだよ」
トロンはシエルに目配せをすると、シエルは頷いて足下に置いた荷物から細長い包みを取り出した。テーブルの空いている場所に広げる。
現れたのは二振りの剣だった。シエルが二本とも鞘から抜いて見せる。装飾が少なく実用的だが美しいそれは、刃に金とも銀ともつかない不思議な光沢を宿している。しかし今は、片方の刀身にひびが入り、もう片方は半ばから折れていた。
剣を観察しながらエルトは首をかしげる。
「鍛冶屋に頼めば?」
シエルは双剣を並べて置き、かぶりを振った。
「刀身がないとどうしようもないと言われた」
「へ? ないのか、この残り」
「今、手元にはない」
「んな、俺だって壊れた部品がそろってねえと直しようがないっての。おまえら、繕理術をなんだと思ってんだ」
「繕理術師メルヒオールは、壊れたものの一部さえあれば、そこから再生できると聞いた。半分以上失われた石碑を元に戻し、リテン王国の魔石を封じたとか」
当地では最早、伝説的に語られている話を持ち出され、エルトは頭を抱える。
「……そりゃ俺じゃねえ。ばーちゃんだ」
「君もメルヒオールの名と術を継ぐのだろう?」
「名前で直せると思ったら大間違いだぞ」
「それでも頼む、直してくれ。代金は払うし、俺たちにできることならなんでもする」
殆ど懇願するように言われて、エルトは顔を顰めた。双剣と四人とを見比べる。
「何をしても、できないものはできない。それに、ルインを殺すために直したいんだろ? お断りだね」
「それは……でも、そもそもこれを折ったのは魔王だ」
「んなこと知るか。おまえらは負けて、それで無事だったんだから儲けもんだろ。負けは負けで受け入れろっての、剣が直ったからって勝てたら世話ねえよ」
聞き捨てならないとばかりにメイアが声を上げる。
「無事じゃないわよ! 酷い目に遭ったわ」
「へえ。どんな?」
「戦ってる途中で飛ばされたの、西のわけわかんない場所に! 戻ってくるのに物凄く苦労したんだから」
「生きてるくせに何言ってんだ。自分たちから仕掛けておいて、返り討ちに遭ったから凶悪な魔王呼ばわりかよ。ダサ」
エルトが鼻で笑うとメイアが瞠目し、言葉に詰まった。その隙に話を本筋に戻す。
「こっちの、ひび入ってるだけのやつは直せる。腕のいい鍛冶屋に頼んだ方がいいと思うけどな。でも半分折れてるのは無理だ」
繕理術が廃れた理由は、他の方法でも代用できるからというのが一番大きい。
治癒術は、医者が匙を投げるほどの深手でも治すことができる。だが繕理術は、わざわざ魔法に頼るまでもないものが多い。極端な話、買い換えができるものは、そうすればいいのだ。エルトのところに舞い込む仕事も、割れてしまったがどうしても捨てたくない器だとか、技術が途絶えてしまって直せない古美術品だとか、そういうものが大半だ。エルト自身も、魔法に頼らず、手を動かして直せるのであればそのほうがいいと考えている。
トロンは納得がいかない様子で首をかしげた。
「何故だい? 君のおばあさんはできたのだろう?」
「ばーちゃんにできて俺にできないことは山ほどある。失われた部分の復元とかな」
「前例があるということは、不可能ではないということじゃないのかい」
「理論上は可能だ。でも実行は不可能だ」
「理論が成立するなら、実践もできるのでは?」
「んじゃ、右足が沈む前に左足出しゃ水の上を歩けるからよ。ちょっと歩いてみてくんね?」
「……なるほど」
トロンの方は納得してくれそうだったが、メイアは膨れ面で言い返してくる。
「水の上を歩くのと剣を直すのとは全然違うわ。誤魔化そうってったって無駄よ」
「同じだよ、机上の空論ってとこがな」
「でも、あなたのおばあ様はできたんでしょう?」
「……あのなあ」
エルトは今度こそ堪えきれずにため息をついた。このままではどこまで行っても平行線なので、方向を変えてみることにする。
「この世の物質は、突き詰めれば皆、同じものからできてる。今、呼吸してる空気も、このテーブルも、俺たちみたいな人間も、大地も、最後の最後まで分解すると死ぬほど小さな粒になる」
メイアは面食らったかのように目を瞬いた。
「何よ、いきなり」
「まあ聞け。その粒がいろんなふうに並んだり離れたりして、物質が構成されている。つまるところ、そのへんの石ころから金を作ることだってできるわけだ。理論上は」
「錬金術のことを言ってるの? ばかにしないで。錬金術が夢物語だって、今時、子供でも知ってるわ」
「聞けってば。――それを応用すれば、この剣の刀身がなくても補修できる。ここまではいいな?」
問えば、四人は不思議そうにしながらも頷いた。頷き返してエルトは説明した。
「でも、それをするには莫大な力が必要だ。拳大の石ころを金に変えるだけで、そうだな……おまえらがお遣いに行ってきた村があるだろ? あれが丸ごと消滅するくらいかな」
「村が丸ごと消滅って、事も無げにあんた……」
顔を顰めて呟くメイアは無視し、エルトは続ける。
「しかも、それは石ころを分解するだけの段階でだ。よしんばそれだけの力を一点に集められて分解に成功したとして、次は金に再構築するとこで、今度は物凄い力が放出される。そのときは村三つ消滅だな。そんなわけだから、この折れた剣を無理矢理にでも修理すれば、このへん一帯、焼け野原だ。中心に剣が一本、残ってるだけのな。それでもやるか? 俺は嫌だぞ、おまえらは避難すりゃいいかもしれないけど、施術者は消滅確定だからな」
半ば呆けた様子の四人は無言でエルトを見ていた。その中で一番早く我に返ったらしいトロンが眉を顰めて口を開く。
「その話が本当なら、剣よりも遙かに大きな石碑を復元したときには、もっと大きな力がはたらいたはずじゃないかい? リテン王国は今も存続しているよ。焼け野原にならずに」
その反論は予想できていたので、エルトはひょいと首を竦めた。
「ばーちゃんはその過程で必要になる力を調達できたし、相殺もできたんだろうな。でなきゃリテン王国は今頃更地だ。周辺諸国もな」
「ちなみに今、おばあ様は?」
「母さんが嫁にくる前に死んてる。俺は顔も知らねえよ」




