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一章 4-2

「しかし……」

 ルインが更に言葉を重ねようとしたとき、近付く馬車の音を耳が捉えた。徐々に明るくなってきてはいるが、まだ夜が明けきらない時分からなんだろうと、ルインは眉を顰める。するとリムは愉快そうに笑った。

「あはっ。来たわね、ご一行が」

「ご一行?」

 ルインが問い返した時には既にリムの姿はなかった。やがて、ルインの耳にも「ご一行」の音が聞こえてくる。

 今、外に出たら客と鉢合わせしてしまうだろうかと迷っているうちに、塔の近くで馬車が止まり、扉が叩かれた。仕方なくルインは閂を外して扉を細く開けた。

「なんの用だ」

 扉の外にいたのは若い四人組だった。長い髪を後頭部で括った活発そうな少女が口を開く。

「なんの用だはないでしょ、人がせっかくお遣いしてきてあげたってのに。ってか、あんた誰よ。あのおチビくんは……」

 少女はルインの顔を見て、言葉の途中で息を飲んだ。同時に、ルインも四人の顔ぶれに見覚えがあることに気付く。

 一番早く硬直から抜け出したのは、魔導士だった。

「下がってメイア!」

 言うなり魔導士は手を(かざ)し、早口で呪文を唱えるとルイン目がけて光弾を放つ。咄嗟にそれを弾き飛ばし、反射的に後退してルインは後悔した。塔の中に退()くのではなく、外に出て扉を閉めるべきだった。

 対応を考えている間に、剣を手にした青年が斬りかかってくる。

「何故、貴様がここに!」

 青年の剣をかわしても別方向から(こん)が突き出される。こちらはメイアと呼ばれていた少女だ。

「どうだっていいわ、ここで会ったってことは、こいつを倒せって天が言ってんのよ!」

 ルインは棍を受け止め、それを利用して刃を防いだ。引き戻される棍から手を放して飛び退(すさ)り、四人の間を縫って外に出ようとするが、行く手を阻まれて内部へ押し戻されてしまう。

「待ってくれ、ここでは」

「うるさい!」

 刃が耳元を掠め、棍が足下を払いにくる。後退したところには、両手に双剣を構えた少年が待ち構えている。繰り出される多段攻撃を(さば)ききれず、ルインは魔力を集中した両手で受けた。びしりと嫌な音がして剣にひびが入り、少年がはっと息を呑む。

 再び魔導士の声が響いた。

「どいて!」

 同時に三人は散開し、立ち尽くすルインへ炎の矢が雨のように降り注ぐ。避けきれないと判断し、ルインはこれも弾き飛ばした。跳ね返った幾つかが扉を破壊する。

「頼む、やめ……」

 ルインの言葉は振ってきた怒声にかき消された。

「人ん()で何やってんだおまえらあああああ!!」

 声と同時に烈風が吹き付け、ルインは数歩よろめいた。直撃を受けた四人は悲鳴を上げることもできずに吹き飛ばされている。

 階段を駆け下りてきたエルトは肩で息をしながら一同を見渡す。立ち上る怒気が視認できそうな迫力だが、()で立ちは室内履きに寝間着に上着である。この騒ぎで目を覚まし、そのまま上着だけ羽織って出てきたのだろう、長い金髪が所々(もつ)れていた。

「ったく……朝っぱらから人ん家に乗り込んで、俺の客と()り合うたあ、四人纏めて吹っ飛ばされたいんだな? これはもう吹っ飛ばしていいな?」

「もう吹っ飛ばしてるじゃないのよ!」

 声を上げてから、メイアは表情を険しくした。棍の先でルインを指す。

「んなこと言ってる場合じゃないわ。そいつから離れて。そいつは魔王レゼルダードよ!」

「はぁ? 魔王?」

 不機嫌な声音で聞き返したエルトは、しかしぴたりと動きを止めた。ぎこちない動きでルインを見上げた顔には、驚きでも怯えでもなく、笑い飛ばそうとして失敗したような、中途半端な表情が浮かんでいる。

「……人違いだろ」

「そんなわけないわよ! その異様に整った顔が、二人もいてたまるもんですか!」

「本当なのか、ルイン」

 エルトに問われ、ルインは逡巡の後に首肯した。己が西の王であり、ルイン=レゼルダードという名を持つことは事実である。

 するとエルトは今にも泣き出しそうに顔を歪めると、頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「やっぱり―――!!」

「黙っていて、すまな……()()()()?」

 罵倒を覚悟していたルインは、きょとんとエルトを見下ろす。エルトはしゃがみ込んだまま物凄い勢いで喋り出した。

「なんでだよ魔王かよ本物かよ西の王様なのかよどうしてうちにはそういうのばっか転がり込んで来るんだくそおおおおお」

「ええと……、なんだか……すまない……?」

 気圧(けお)されて思わず謝れば、エルトはきっとルインを睨んだ。

「うるせえ! 謝ってなんて欲しかねえんだよ!」

 棍を構えたままメイアが言う。

「わかったでしょ、早くそいつから離れ……」

「おまえは黙れ!!」

 絶叫じみた声を上げ、エルトはゆらりと立ち上がった。幽鬼のような仕草とは裏腹に苛烈な双眸で四人を睨む。

「おまえらさえ……おまえらさえ来なければ、見なかったことにして気付かない振りでやり過ごせたんだ! 余計なことしやがって言いやがって! ばーかばーか!」

 幼子のように声を上げるエルトへ、ルインは戸惑いながら尋ねる。

「気付いて……?」

「誰が着替えさせたと思ってんだ、莫迦!」

「ああ、そうか」

 そういえば最初に目を覚ましたときは、いつの間にか寝間着に着替えさせられていたのだったと、ルインは納得した。そのときにルインの左胸にある「印」を見たエルトは、最初からルインが西王である可能性に気付いていながら、尋ねも追求もしなかったらしい。

(何故……本当に知らぬ振りをしていたかっただけか?)

 到底、捨て置ける事柄ではないと思うのだが、エルトの嘆き様を見ていると、知らないことにしておきたかったというのが全てのように思えてくる。

 エルトは四人へ向かって怒鳴った。

「出て行け、今すぐ出て行け! おまえらはここに来てない、俺は何も聞かなかったし気付かなかった! ルインが魔王なんて、そんなことはないんだ断じて絶対に一切まったく! こいつは! ただの! 料理の上手い家政夫なんだ!!」

「家政夫になったつもりはないんだが……」

 ルインの呟きは誰の耳にも届かなかったらしい。呆れたような、どこか同情しているような表情でメイアがかぶりを振る。

「……それはもう、諦めなさいよ」

「くっそ……他人事だと思って……」

 恨めしげに(うめ)きながらも、エルトは落ち着きを取り戻したようだった。青年が尋ねる。

繕工(ぜんこう)の少年。そいつが客というのは、どういうことだい?」

「どうもこうも、言葉どおりだ」

 無言でいた少年が双剣の片方をエルトへ向けた。

「君は、その男を魔王と知りながら招き入れ、留まることを許しているのか」

「……半々だな。拾ったときは知らなかった。今は知ってる」

「東の人間でありながら、西の王の味方をすると?」

「敵も味方もねえだろ。怪我してたから助けた、そんだけだ。おまえは目の前に死にかけの奴がいて、そいつが西の出身だからって理由だけで見殺しにすんのかよ」

 双剣の少年は考えるような素振りを見せ、低く答えた。

「……時と場合と相手による」

「そうかよ。――で、おまえにとっちゃルインは見殺しにする方の相手だってわけだ」

 揶揄(やゆ)する響きを含んだエルトの言葉には応えず、少年は双剣を構え直す。

「そこをどけ。君と戦う理由はない」

「ルインとはあるような言い方だな」

「…………」

「僕たちは、魔物に故郷を潰されているのでね」

 少年の代わりに青年が答えた。一瞬の間を置いてエルトが頷く。

「そういうことか。ちなみに、そりゃいつの話だ?」

「四年前」

 エルトはぱっとルインを見上げた。

「ルインが王になったのは?」

「三年前だ」

「だそうだ。人違いだな」

 少年が眉を顰める。

「代替わりしたのか? 戦の終結は魔王の病死が原因だという噂があったが、本当だったのか」

 エルトが呆れた様子で四人とルインを交互に見た。

「おいおい、会うの二回目なんだろ? 最初に話しとけよそういうことは。殺した後に人違いでしたなんて洒落になんねえぞ。ルインも、弁解しなかったのかよ」

「話せるような状況ではなかった」

「ああ、さっきみたいに問答無用で襲ってきたわけか。――故郷が潰されたってのには同情するけど、関係ない奴を殺したって復讐にもなりゃしねえだろ」

 メイアがきっと視線を険しくする。

「関係あるわ! 魔王を倒せば魔物は大人しくなるはずよ」

「今でも十分大人しいんじゃねえの? 最近は魔物がどこを襲ったって話どころか、魔物が出たって噂も聞かないな」

 同意を求めるようにエルトに見上げられ、ルインは首肯した。

「先代の命令は、先代の死によって消えた。私は東を襲えという命は下していない。よほどのことがない限り、西のものは東へは来ないだろう」

「よほどのことがあったらどうするのよ! はぐれ魔物が出たって話なら最近もあるわ」

「はぐれだろう? 私が命令していない以上、系統だった動きはしていないはずだ」

「……っ」

 悔しげな表情でメイアが口を噤み、(つか)の間、沈黙が落ちる。それを破ったのは、

「ふ……ぇっくしゅ!」

 エルトの盛大なくしゃみだった。ルインは人間よりも身体が頑丈な分、暑さ寒さに強いので薄着でも気にならないが、息が白く染まる気温は寝間着に上着だけのエルトには酷だろう。

「大丈夫か?」

「……駄目だ、寒い。ったく、いきなり壊しやがって。誰が直すと思ってんだ」

 ぶつぶつと呟きながら、エルトは半分外れかかった扉へ向かった。焼け焦げた部分を確かめるように手を触れ、顔をやや俯ける。そのまま一呼吸、壊れた扉が淡い光に包まれた。黄味を帯びた燐光は、意志を持っているかのように破損箇所に集まり、染みこむように消える。光が完全に消える頃には、扉はすっかり元に戻っていた。

(これが繕理(ぜんり)術……)

 生き物を治すのが治癒術なら、非生物を直すのが繕理術だとリムが言っていたのが、ようやく腑に落ちた。ルインが繕理術を目にしたのは初めてだが、その様子は治癒術に酷似している。

 エルトの術を目の当たりにした四人が目配せし合うのに気付き、ルインは僅かに眼を細めた。無茶なことを言い出すのではないかと注視していると、戻ってきたエルトが再び思い切りくしゃみをした。

「っくしゅ! ……あー。着替えてくるからちょっと待ってろ」

 言い置いてエルトは部屋に戻っていこうとする。踵を返した背中にメイアが声を上げた。

「ちょっ、ここで待てっての?」

「いちいちうるせえな。――ルイン、悪いけど、そいつらそっちの部屋に入れてやって」

 扉を指差し、エルトは寒そうに両腕をさすりながら階段を上っていった。

(……出て行ける状況ではないな)

 仕方がないのでルインはエルトが示した部屋へ向かった。扉の前まで移動しても四人が動かないので、肩越しに振り返る。

「こちらへ」

 四人が警戒を解かないのを見て、ルインは付け加える。

「エルトは待てと言った。おまえたちは、エルトに用があるのだろう」

 動かなければ仕方がないと割り切り、ルインは扉を開けた。部屋には長椅子とテーブルがあり、どうやら居間として使われているらしい。当然ながら火の気はないので、暖炉へ向かって火を熾す。四人を気遣ってではなく、エルトが着替えて降りてきたときに部屋が暖まっていた方がいいだろうと思ったのだ。

(次の機会を窺うか……)

 せめて塔から離れるまでは妹が来なければいいと、ルインはため息を飲み込んだ。

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