三章 4-1
4
「悪いな、ルイン。乗り物みたいに使っちまって」
「気にするな。それより……」
「わかってるって。約束は守るよ」
一緒にくっついてきたフラムもルインに加勢する。
「本当ですよ。お昼前には絶対に帰りますからね」
「わかったってば」
起き上がれるようになったエルトが最初にルインに頼んだことは、村に連れて行って欲しいということだった。
せめて骨がくっついてからにしろというルインとフラムを、半ば泣き落としで説得し、一人で這ってでも行くと暴れ、昼前には戻るという条件付きで二人を説き伏せたのだ。歩きでは半日かかる道のりも、ルインに頼めば四半刻もかからずに来られる。
そっと地面に降ろされて、ついた右足の痛みにエルトは思わずよろめいた。すぐに腕が伸びてきて支えられる。
「大丈夫か?」
「平気。ちょっと躓いただけ」
胸はもう平気だが、酷い折られかたをした左の手首と右膝は、動かすと痛む。これを知られればルインもフラムも更に頑なになるだろうから、口を噤んでいる。
杖を差し出しながらフラムが心配そうに見上げてくる。
「やっぱり今日は……」
「無理だったら正直に言うから」
杖を受け取って注意深く重心を動かし、一人で立つ。右足が使えないというのがこれほど不便だとは思わなかった。
周囲を見回し、エルトは息をついた。
「今日だけじゃ無理だな……」
村の中心部は殆ど焼けてしまい、焼け出された人々は残った外縁部に避難しているらしかった。見つかれば面倒なことになりそうなので、村の住人には直しに来たことを知らせていない。
エルトの背から手を放さず、ルインがぽつりと呟いた。
「……すまないな」
「何が?」
「後始末のようなことをさせてしまって」
「あんたが謝ることじゃないだろ。俺がしたくて来たんだ」
「しかし……」
「どうせ平行線だ、やめとけって。――さて、雪が降る前になんとかしなきゃ」
奇跡的に、まだ溶け残るほどの雪は降っていない。エルトの知る限り、ここまで遅いのは初めてだ。
燃え残りが転がる広場に人気はない。上空から見たところ、人々は外側から順に片付けをしている様子だった。役場や商店が集中していた中央部に人がいないのは、被害が集中しているのと、原因たるエレクトラの姿を見ていた者がいたからかもしれない。
どこから手を付けようかと首を巡らせ、黒い塊がほぼ等間隔に点々と落ちていることに気付いてエルトは首を捻った。燃え残りが転がってきたにしては不自然に円形に広がっている。
少し考え、魔神たちの遺体だと思い至り、エルトは思わずルインを見上げる。考える前に言葉が口をついて出ていた。
「……ごめんな」
ルインが驚いた顔で口を開くのを、エルトは右の拳をルインの胸に押しつけてそれを封じる。このままではいつかの繰り返しになってしまう。
「あーはい、ごめんごめん。今のなし。俺は何も言わなかった」
ルインはしばし無言でエルトを見つめていたが、やがてエルトの右手にそっと手を添え、柔らかく笑んだ。
「……ありがとう」
置くように言われた穏やかな言葉は、すとんと胸の裡に落ちてきた。急に照れくさくなり、エルトは右手を取り戻してそっぽを向く。
「な、なんだよそれ。礼を言われることをした覚えは……」
「あ、やっぱりだわ!」
聞き覚えのある声で遮られ、エルトは声のした方へ顔を向けた。通りの向こうから見知った三人がやってくる。
「飛んできたから君たちだと思ったんだ」
「無事だったんだな」
口々に言いながら近付いてくる姿を見て、エルトは顔を引き攣らせた。
「……で」
「で?」
「出たー!!」
悲鳴を上げ、エルトはルインにしがみつく。
「そりゃああいう死に方してものすげー悔いが残ってるだろうけどもうおまえらは死んだんだ素直にあの世に行ってくれ!」
二人の数歩手前で足を止めたメイアは、両手を腰に当てて唇を尖らせる。
「何よ、人のことを幽霊みたいに」
メイアの隣で、トロンも苦笑めいた表情になった。
「みたいって言うか、幽霊だと思われてるね」
「魔王……俺たちが生きてること、メルヒオールに教えてなかったのか」
シエルに咎めるように言われ、ルインが気まずげに呟いた。
「……すまない。忘れていた」
ルインにしては珍しいことだと思いつつ、エルトは眉を顰めて彼を見上げる。
「忘れてたって、フラムは知ってたのか?」
「すみません、わたしも忘れてました」
フラムの言葉を聞いて、メイアが冗談めかして言う。
「忘れてたって、酷いわね。ま、今あたしたちがこうしてるのもフラムのおかげだけど」
「そんなことは……みんなを守ったトロンの力ですよ」
「それはそれ、これはこれ。いいからお礼言われときなさい」
ぐしゃぐしゃとフラムの頭を撫でるメイアを横目に、エルトは首を竦めた。
「なんだよ、知らなかったの俺だけかよ。つか、生きてたなら、なんでこんなとこに? フラムを迎えにこいよ」
「行ったわよ。でも、あんたがまだ寝てるから行けないって言われたの。で、仕方ないからこの村で片付けのお手伝いをしてたってわけ」
「……本当に来たのか?」
エルトが尋ねるとフラムはこくこくと首肯した。それが不満だったらしく、メイアは頬を膨らませる。
「君ね、魔王かフラムを通さなくてもあたしたちを信じなさいよ」
「無理」
「何よ! まだ怒ってるわけ?」
「怒ってるんじゃなくて、一切まったく全然、信用してない」
メイアを切って捨て、エルトはこっそり息をついた。三人が生きていたことは、よかったと思うが、絶対に言ってやるものかと心に決めて、改めて焼け跡に向かう。
「俺のこと、村の人には内緒にしといてくれ」
トロンが意外そうに眉を上げた。
「どうしてだい?」
「説明が面倒だから」
「そんなの、火事になったって聞いたから直しに来た、でいいじゃないか」
「誰に聞いたことにすんだよ」
「僕たち」
「……なるほど。じゃあ、ばれたときはそれで」
メイアが不可解だとでも言いたげな顔をする。
「だから、最初から言っておけばいいじゃないの。片付けも修理も、みんなでやったほうが捗るわよ。呼んでくるわね」
「いいって。呼ぶなら俺が帰ってからにしろ」
「なんでよ」
エルトを支えることはせず、しかし何かあったらすぐに手が届くような距離でついてきながら、ルインが応える。
「エルトは照れ屋なんだ」
「はぁ!?」
思いがけないことを言われてエルトは勢いよく振り返った。ルインは何やら楽しげな笑みを浮かべており、それが気恥ずかしさに拍車をかける。
「誰が照れ屋だ、寝言は寝て言え!」
「あらほんと。照れ屋なのね」
「違ぇよ!」
明らかに揶揄の口調で言うメイアへ、いつもの調子で怒鳴り返し、目眩がしてエルトは強く目を閉じた。まだ本復していないのを忘れていた。
(……やべ)
「大丈夫ですか!?」
「エルト、具合が悪いなら帰るぞ」
気遣わしげに覗き込んでくるルインとフラムにエルトは片手を振る。
「大丈夫。……ちょっとはしゃぎすぎた」
笑みを含んだ呆れ顔でトロンが呟く。
「メルヒオールも難儀な性格だね」
「難儀というか、面倒臭いな」
エルトは同じく呆れたように言うシエルを軽く睨んだ。
「面倒臭い言うな。あと、物凄く今更だが、エルトでいいぞ」
「本当に物凄く今更ね……」
メイアの呟きは無視して、エルトは比較的原形を留めている建物の壁に触れた。焼けているのでどこまで直るかはわからないが、雨露を凌げるようになれば御の字だ。
普段はあまり意識せずに集中できるのに、今は術式の構築に酷く時間がかかる。
(健康って大切だな……)
つい余計なことを考えてしまうのをねじ伏せ、エルトは術を発動させた。




