二章 3-2
「妹の考えは、私にも理解できない。だが、少数とはいえ妹を支持する者がいることも確かだ。妹一人を相手取るならなんとかなるが、複数となると私一人では少々辛い」
「ルインの味方は?」
まさか西方がすべて妹の味方ではないだろうと尋ねたのだが、ルインは複雑そうに首を左右に振った。
「……いない、ことになっている。私に付けば妹に殺されるのは皆知っているから」
「じゃあ、孤立無援かよ。それで逃げてきたのか、こんなとこまで」
「ああ。『これ』は何があっても、妹にだけは渡してはいけない。彼女に渡れば、文字通りの『魔王』になってしまうだろう。それこそ、世界が滅ぶかも知れない」
これまでの話を聞いていると、大袈裟だと笑う気になれない。会話が途切れ、エルトは頬杖をやめて足を組み替えた。根本的なことを問う。
「そいつ、ほんとにルインの妹か?」
兄妹にしては、あまりにも性格がかけ離れている。血が繋がっていれば気性が似るというわけでもなかろうが、すべてを滅ぼしに来るルインの妹というのがエルトには上手く想像できない。
「きょうだいの中では、私が異端なのだろう。兄も主戦派だった。まあ、滅ぼし尽くそうとしている妹とは違って、世界の覇権を握りたかっただけのようだが」
「異端ってなんだよ。世の中、争いごとが嫌いな奴の方が多いぞ」
「……そうなのか。それはいいことだ」
「あんたな、他人事みたいに」
エルトが顔を顰めると、ルインは微かに困ったような笑みを浮かべた。
(育った環境が環境だったからか? 東と全面戦争に持ち込もうとした兄さんと、世界を滅ぼそうとしてるかも知れない妹……やだなあ、そんなきょうだい)
放浪癖のある両親に加え、血気盛んという言葉では済まされない兄と妹がいたら、自分は磨り減って消えてしまうかも知れないと、エルトは暗澹たる気分になる。
ルインはゆるゆるとかぶりを振った。
「エレクトラが私の妹なのか、実際のところはわからない。父も、母たちも死んだ」
「……そうか」
ルインの話を聞く限り、やはり、西は東とは家や血筋のとらえ方が大きく違うのだろう。父親が先々代の西王だったとして、それぞれの母親もそれなりの身分だったのだろうかと考え、今度は身分という概念があるのかどうか疑問を感じ、エルトは考えるのをやめた。時間があるときにでも、西のことを一から調べてみようと思う。
ルインは続ける。
「仮に親たちが生きていたとしても、証明するものは何もない。スハイル……兄が死んだときも、私に『これ』が現れてようやく血縁を実感した。私が死ぬのが、一番早い確認の方法だ」
「お手上げか……」
エルトは頭を抱えそうになった。エレクトラが実の妹でなければ、ルインが落命した後、別の誰かに『印』が出るのだろう。加えて、もし妹と血縁関係になくとも、次の誰かが主戦派である可能性は拭いきれない。第一、ルインが死んでは意味がない。
「なんか他にないのかよ。確かめる方法」
「聞いたことがないな。そもそも、父に他に子がないという保障はない」
「ええ……ああ、まあ、そういうこともあるのか……」
父が死んで、兄に『印』が出たのだから、父にきょうだいがいなかったか、いても全員死んでいることは確かだと、ルインはやはり他人事のように語った。
「たまたま、前王である兄のすぐ下の子が私だっただけかも知れない。……やはり、死んでみなければわからない」
「最早、呪いじゃねえか。――待て、あんたが子供を産みゃいいんじゃね?」
「……一応言っておくが、私は男で、単体で子を産める種族ではないぞ」
「比喩だ比喩。嫁さん貰って子供作れってこと。そうすりゃ次はあんたの子供じゃねえの」
「人間の王位継承ならばそうだろう。だが、西は血筋の近さが問題になる。血の濃さで言えば、私の子よりも妹の方が一世代分『祖』に近い」
「あー、そういうことか。あんたの世代が全員死んでから、その次の世代に移るのか」
「そうだ。兄が死んだ今、私と妹が子を成さないまま死ねば、兄の子に出る。兄に子がいなければ、次に近い筋に出る。きょうだいのうちの、長子から順にというのは人間の王と同じだな。純粋な生まれ順で、男女差はないが」
「つまり、妹さんがあんたを狙ってくるのは、どうしようもねえってことかよ」
「解決策は一つ、妹が私よりも先に死ぬことだ」
淡々と告げられ、その静けさが深刻さを物語っている気がしてエルトは目を伏せた。
「……なんか、悪い。そんな重い話だと思わなかった」
「いや、私の方こそすまない。変な話をしてしまって」
「なんであんたが謝るんだよ、聞かせろっつったの俺だぞ。――腑に落ちた。あんたの怪我と、倒れてた理由」
出会ってからそう長くはないが、ルインの気性からして、妹に刃を向けることができるとは、エルトには思えない。だが、妹とその取り巻きが本気でルインを殺しに来ていることは、彼の負っていた傷を見るにも明らかだ。
「……方法があってしかるべきだ」
「方法?」
「あんたのそれ、他人に移すとか封じるとか、そういうの。使い方を間違えれば滅び一直線の力に、何かの安全措置がないわけがない。そういうことを誰も考えないはずもない。西だって、無為に年月を重ねてきたわけじゃないだろ」
束の間沈黙し、視線を落としてルインが呟くように言う。
「封じる方法が……、ないわけではない」
「あんのかよ。じゃあそれやりゃいいじゃん」
「……そうだな」
やけに素直にルインが頷いて、エルトは眉を顰める。方法がありながら今までそれに手を出さなかったと言うことは、それなりの理由があるはずだ。
「待て。どういう方法なんだ、それ」
ルインは無言で気まずげに視線を彷徨わせ、なんとなく彼の考えていることがわかってエルトは眼を眇めた。逡巡の後、ルインがい言いづらそうに口を開く。
「私ごと……」
「な、ん、の、解決にもならねえだろうが!」
予想通りのことを言いだして、エルトは思わず声を上げた。
「私が生きている間は他の誰にも渡らないわけだから、戦は起こらない」
「そりゃ西側から仕掛けてくる場合だけだろっての。どうすんだよ、東からふっかけて西が応戦できないまま潰れたら。俺が言ってる『封じ』ってのは、あんたから引っぺがしてどっかにしまっておけないかってこと」
「……剥がすことができても、私が死ねば妹が継ぐというのは変わらないと思う」
「あーくそ、そうだったな。よっし、それも含めてちょっと調べてみる。ルインは寝ろ」
ルインは驚いたように目を見張り、首を左右に振った。
「そこまでして貰うわけにはいかない。明日……いや、今すぐ発とう。世話になった」
「そりゃもう聞き飽きたっつーの」
立ち上がろうとするルインの鼻先に人差し指を突きつけた。指先に淡い青色の光が点り、すぐに消える。
エルトが手を引っ込めると、ルインは戸惑った様子で双眸を揺らして額を抑えた。
「何、を……」
「催眠魔法。あんま使いたくないんだけど、仕方ねえやな。あんた、頑固なんだもん」
エルトは、精神にはたらきかける魔法はあまり得意ではない。普通の人間にも効果の薄いそれが、西の出であるルインに効くかどうかは半ば賭けだったが、どうやら効果があったらしい。
信じられないとでもいうふうにルインはゆるゆるとかぶりを振る。
「そ……、効く、わけが……」
「効いてんじゃねえか。それだけ弱ってんだろ、大人しく寝とけ」
「――…」
まだ何か言おうとしていたようだったが、ルインは糸を切られたように頽れた。エルトは横様に寝台に倒れたルインから上着を剥ぎ取り、靴を脱がせてきちんと寝かせる。
(ったく、ここまで聞いて放り出せるかっての。気になりすぎて病むわ)
記憶を引き摺る己の性分を、エルトは呪う。全部忘れてなかったことにしたいが、時を巻き戻せでもしない限り無理な話だ。
書庫へ行こうと顔を上げて、いつの間にか現れていたリムが視界に入ってエルトは思わず仰け反った。逆さに浮いていたリムは、くるりと宙返りをしてルインを覗き込む。
「無理矢理眠らせるなんて、らしくないわね」
「仕方ないだろ、寝間着で飛び出す勢いだったんだから。あの寝間着、父さんのだし」
リムはにっこりと――否、にんまりと笑いながらエルトの傍らへ移動してくる。
「寝間着の一枚くらいなくなったって、ファツェルは気にしないわよ」
「……本調子じゃないのに、冬の真夜中薄着で外に出たら、あっという間に消耗してぶっ倒れるのが目に見える。俺は俺の尽力を無駄にされるのが嫌いだ」
「それだけ?」
「それだけ。あとは、気になるから。もっと理由が欲しいなら、もしルインの妹が西の王になったら、人間にも無関係じゃない。ってか、また戦になったら俺もこき使われるんだろ、父さんみたいにさ。過労死は御免だね」
「ファツェルは死んでないわよ」
「俺は死ぬかも知れないだろ」
暴力と破壊が横行する戦場で、繕理術は良くも悪くも重宝される。壊れた破片さえ揃っていればその場で直してしまえるのだから、軍としては引っ張ってでも前線へ連れて行きたいだろう。繕理術士が一人いれば、後方に戻して補修する手間も資材も省ける。
テーブルに置いておいたランプを手に取り、エルトは足音を殺して部屋を出た。リムはふわふわとついてくる。書庫に向かって階段を上りながら、エルトは低く呟いた。
「リムさんはさ、俺に揺さぶりかけないと気が済まないわけ」
「あら、揺さぶってるつもりはないけど」
「嘘つけ。とりあえず一回は俺と反対のこと言うくせに」
エルトが相手を突き放せば対象を弁護するようなことを、誰かを気にかければそんな理由はあるのかと、リムは必ず口にする。時折胸中を見通しているのではないかと疑いたくなるようなこともあって、エルトは彼女のそういうところが苦手だ。
「心外だわ、あたしは代弁してあげてるだけなのに」
「代弁って……誰のだよ」
リムはにこにこと笑ったまま答えない。これもいつものことなので、エルトは気にせず続けた。
「とにかく、ルインのことは起こすなよ。多分、二回目は効かないから」
治癒や修理、攻撃などのように、ある事象を変化させる魔法と違い、生物の精神に影響する魔法は耐性がつきやすく、二度目は効果を現さないことが多々ある。そうでなくともエルトは精神感応系は苦手なので、同じ相手には大抵一度しか効かない。
「はぁい」
不満げに返事をして、リムは姿を消した。やれやれと息をついてエルトは書庫の扉を開ける。燭台に火を移しながら、西に関しての文献はどこにしまってあっただろうかと目録を引き寄せた。




