一章 7-2
「これが本物なら、使い手はシエルか」
「そうです」
広く一般に知られている「ウィルド・ノーリ」は、武器である。
古くは数百年前の記録にもその名が登場する。大きな戦の終盤に必ずといっていいほど登場し、手にした陣営が形勢を逆転することから、「返覆の刃」の異名をとる。とはいえ形状が決まっているわけではないようで、記録に残っている「ウィルド・ノーリ」は、剣を始め、杖、槍、弓など、多種多様だ。使い手を選び、それによって最も適した形に変わるらしい。
戦に関わる割に、不思議と大筒や弩などという大型兵器が「ウィルド・ノーリ」だったという記録はなく、複数の武器だったという記述も見当たらない。たった一振りの剣や一張りの弓がどうやって戦況をひっくり返すのか、エルトは歴史書を読む度に釈然としないものを感じる。
頭を切り換え、エルトは笑顔を作って尋ねた。
「で、いつからシエルはこの剣をウィルド・ノーリだなんて思い込んだんだ?」
何を訊かれたのかわからないとでもいうように、フラムはきょとんと目を瞬いた。待つことしばし、質問の意味を飲み込んだ様子で眉を寄せる。
「思い込むだなんて……」
「あー、どうしてウィルド・ノーリだってわかったんだ?」
言い直せば、フラムは不服そうにしながらも答える。
「……剣がそう言った、と」
「はぁ? ……ああ、あのにいちゃんはあれか、愛用品に名前付けて可愛がっちゃう人種か。人は見かけによらねえな」
「ち、違うと思います……少なくとも、僕……わたしは、シエルが持ち物に名前を付けているところを見たことありません」
「見てないところで呼んでるかもよ」
「そんな……、半年くらいですけど、四六時中とまではいきませんが、一緒にいましたよ。本当にそんなことしてたら、いくら隠しててもうっかり呼んじゃうと思いますけど」
「冗談だ。真に受けんな」
「え……」
困惑した顔になるフラムへ片手を閃かせ、エルトは話を元に戻す。
「ウィルド・ノーリだってんなら、何か証明できるようなことはあるのか? 剣が喋ったとかそういうんじゃなく」
少し考え、フラムは短く答えた。
「シエルにしか使えません」
「たしかに、これを片手に一本ずつなんてのは相当腕力がないと無理だな」
「いえ、そういうことではなくて。シエル以外の人が使おうとすると、重さが変わるんです。その人が使えないくらいの重さに」
「……なんだそりゃ」
「トロンは普通の長剣を使っていますが、その剣とシエルの剣の片方では、トロンの剣の方が大きいし重いです。ちゃんと量りましたから間違いありません。でも、トロンが自分の剣を駄目にしちゃったとき、急場凌ぎにシエルにウィルド・ノーリの片方借りようとしたんですけど、重くて使えないって。メイアが振るおうとしてもそうでした。勿論、僕も」
説明を聞き、エルトは腕を組んだ。顎に手を当てて考え込む。
(参考になるのはトロンの場合だけだな。あの女とフラムが剣を使えないってのは、別におかしなことじゃない。重さが変わる……剣の重量そのものが変わるんじゃなく、振るう人間が感じる重さか。あるいは「使えない」と思わせる何かが、この剣にある……?)
エルトは改めて折れていない方の剣を手に取ってみたが、やはり重くて持ち上げるのが精一杯だった。両手を使ってもまともに振るえるとは思えない。
「よし。実験してみっか」
剣を置きながら言うと、フラムは軽く目を見張った。
「え?」
「ここで考えてても仕方ないだろ。秤ならある。この剣と、これより重そうな何かの重さを量って比べてみればいい。本当だったら、フラムが言ったとおりになるだろ。重さは変わらないのに、この中の誰も使えないことに」
「その必要はないわ」
「うお」
声と共に突然テーブルの上に現れたリムを見て、エルトは思わず仰け反った。フラムもぎょっと目を見開き、ルインはもう慣れたのか平然としている。
ふわりと身を翻し、エルトの隣に収まったリムはにっこりと笑って宣言した。
「安心なさい、本物よ」
「安心できねえよ……」
呻き、エルトは両手で顔を覆った。リムはたまに――否、常日頃から理解不能のことを口にするが、嘘はつかない。つけないのだと本人は言っていた。
エルトの苦悩はどこ吹く風で、リムは双剣を指差す。
「東側にこれが出たってことは、西側は東の生き物を殺しすぎたのね」
「どういう意味だ?」
「そのままよ。ウィルド・ノーリの本来の意味は『均すもの』だもの」
「均す……?」
眉を顰めるエルトに代わり、ルインが問う。
「では、逆に人間が西の生き物を大量に殺せば、西側にこれが出る?」
「そう。東と西は一対。どちらが滅んでも均衡は崩れるわ。それをさせないようにするのがウィルド・ノーリ。均すもの」
「……戦の末期に出るのはそのせいか。どちらかがどちらかを殺しすぎたとき、均衡を取り戻すためにウィルド・ノーリがはたらくことで、戦況が逆転する」
それが「返覆の刃」として広く知られるようになった理由であると同時に、勝利を約束するものだとは語られない理由だろう。――たしかに戦況は逆転する。しかし歴史書を信じるならば、ウィルド・ノーリを手にした方が勝つとは限らない。
(ウィルド・ノーリは傾いた数を元に戻そうと、多い方を叩く。殺戮はその結果に過ぎない……?)
エルトが考え込んでいると、フラムが慌てた様子で両手と首を振った。
「で、でも……シエルは西の人たちをたくさん殺そうなんて思ってませんよ」
リムは頷きながら、尖らせた唇に人差し指をあてる。
「そこなのよね。本当なら、ウィルド・ノーリを持った人間、つまりあなたのお仲間が西王を倒すはずだった。多くの西の生き物を巻き込んでね。でも西王は病を得て死に、戦は終わった。――先代の西王は本当に病死かしらね?」
「――…」
ルインが小さく息を呑んで口を開きかけたが、そこから言葉が出ることはなかった。
束の間、沈黙が支配する。無言のまま頭の中でこれまでの話を整理し、エルトは半ば絶望的な思いで両手で頭を抱えた。
「話が……どんどん大きく……!」
リムは可愛らしく小首をかしげてみせる。
「そうかしら?」
「当代の西王にウィルド・ノーリ! 伝説級の存在が二つも目の前に! もー、俺にどうしろってんだよ!」
エルトが声を上げても、リムはまったく怯まずにっこりと笑った。
「そういうのを引き寄せちゃうのはエルトの体質なんだから、嘆いてないで受け入れなさいな。逃げるんじゃなく向き合うことが重要よ」
「嫌でもそのうち向き合うことになるんだから、今くらいは逃げさせてくれ。なんでだ……俺は、俺はただ、静かに平穏に暮らしたいだけなのに」
「体質……ですか?」
不思議そうに呟いたフラムへ、リムは首肯する。
「そうよ、体質。――うん、この言い方が一番しっくりくるわね」
一人で悦に入り、リムは姿を消した。彼女が彼女の気分にのみ忠実に動くことは重々承知だが、今回ばかりは受け流せなくてエルトは拳を握り締めた。
「くっそ、絶対に体質改善してやる! この呪い、次代へ受け継いでなるものか!」
立ち上がったエルトを見上げ、フラムが首をかたむける。
「どちらへ?」
「書庫。これがウィルド・ノーリなら、普通の鍛冶屋じゃ歯が立たないのもわかる。ちょっと調べて、修復の前例がないことが分かれば、あいつらも諦めるだろ」
「書庫……」
何やらフラムが目を輝かせているのに気付いてしまい、エルトは途中で口を噤んだ。気付かぬふりをしようか迷うが、純粋な眼差しに負けて尋ねる。
「……見るか?」
「はい! 行きたいです!」
ぴょこんと立ち上がるフラムに扉を指差し、エルトはルインへ視線を向けた。
「ルインはどうする?」
「私はいい。片付けをしている」
「悪いな、毎回」
「気にするな。世話になっているのはこちらだ」
「だから、うちで家事をしてくれた分の報酬をだな。そう、とりあえず纏めて前払いで」
「……そろそろ諦めてくれると助かる」
微苦笑を浮かべるルインへ笑みを返し、エルトはフラムと共に三階にある書庫へ向かった。




