一章 7-1
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雪の舞う中、シエルはトロンと並んで御者台に座り、馬車を走らせていた。メイアは一人、悠々と幌の中にいる。
「よかったの?」
背後から投げられた声に、シエルは振り返らずに問い返す。
「何が?」
「ウィルド・ノーリ、置いて来ちゃって」
これにはトロンが応える。
「どうせ、あれはシエルにしか使えないよ」
「そうだけど、売られでもしたら大変じゃない」
「あんな特徴的なもの、あっという間に足が着くさ。それくらいわからない子じゃないと思ったけどな」
「うーん……まあ、そうね」
納得したような物言いとは裏腹に、メイアは幌から身を乗り出してきた。シエルとトロンの間に顔を突き出すようにして言う。
「シエルとしてはどうなのよ、手放してよかったの?」
「手放したわけじゃない。預けただけだ」
メイアの言葉を訂正し、シエルは続けた。
「俺はそれよりも、フラムの方が心配だ」
繕工の塔を出てすぐ、フラムは塔に残ると言いだした。シエルたちが止めても、メルヒオールに繕理術を習う、きっと役に立つはずだと言って聞かなかった。結局、三人が折れて、馬車を返して来るまでという条件付きでフラムは塔へ戻って行った。
やり取りを思い出したのか、メイアは片手を頬にあてる。
「あの子があんなに頑固に言い張ったのは初めてだものね。思い詰める性格だから、無茶しなきゃいいけど」
シエルは肩越しにメイアを振り返る。
「魔王はともかく、メルヒオールは無体なことはしないだろう。口は悪いが非情になりきれない、育ちの良い少年といった感じだった」
不意打ちに近い形だったとは言え、メルヒオールの魔法は四人を吹き飛ばした。その気になれば、力尽くで追い出すこともできたはずだ。悪態をつきながらも招き入れ、話を聞いてしまう年若い繕工は、他人の悪意に触れる機会が少なかったのだろうとシエルは思う。大切に守られて育てられた証拠だ。
「ま、情け深くなきゃ魔王は助けないわよね」
独白のように言うメイアを、トロンがちらりと振り返る。
「馬車を返したらすぐに戻ろう。二、三日くらい、フラム一人でも大丈夫さ」
「そうね。かわいい子には旅をさせよってとこかしら」
「メイア、年寄り臭……痛い!」
言葉の途中でトロンが悲鳴を上げて前につんのめった。驚いたシエルが思わず後方を顧みれば、棍を手にしたメイアがにっこりと全開の作り笑いを浮かべている。
「あたしが何?」
「なんでもないです」
後頭部をさすりながら言うトロンに少々同情しつつも、口は災いの元だとシエルは正面に向き直った。雪のせいで視界はよくないが、進めなくなるほどではない。本格的に積もる前に村へ着かなければと、手綱を握った。
* * *
予想に反し、フラムはあまり時間を置かずにお茶を淹れて戻ってきた。他人の家の台所なのに、初めて入ってわかるものだろうかとエルトは問う。
「よく食器とか茶葉とかの場所がわかったな」
テーブルに一旦トレイを下ろし、元の椅子に座ったフラムはこくんと小首をかしげた。
「リムさんというかたが教えてくれたんですが……何者なんですか?」
「うお。リムさんに会ったのか」
客の前にリムが姿を現すのは珍しい。ルインの場合は仕事の客ではなく、エルトが連れてきたから、あるいは西の王だからだろうと思っていたが、フラムにも顔を見せたというのをエルトは意外に思う。
「まあ、塔に住み着いてる地霊みたいなもんだ。神出鬼没だけど気にすんな」
「はあ……」
フラムは曖昧な返事をしながらカップを配った。ルインの分だけないということはなく、エルトは興味本位で尋ねてみた。
「フラムはルインに攻撃的じゃないんだな? 他の三人は敵意剥き出しって感じだったけど」
トレイを脇に退けたフラムは、複雑そうにエルトとルインを見比べた。
「ぼ……わたしは、魔物や魔人に個人的な恨みはありませんから。今朝はびっくりしちゃって、勢いで……すみません」
頭を下げられ、ルインは驚いたようだった。戸惑うような間を置いてから静かに首を左右に振る。
そうは言っても、とエルトは問いを重ねる。
「でも、あの三人と一緒にルインと戦ったんだろ? わざわざ西まで行ってさ」
「……あのときは、ルインさんのことを知りませんでしたから。聞いた話を鵜呑みにして、人間の滅亡を目論む凶悪で邪悪な魔王だと思っていました」
「ああ……まあ、ちょっと前まで戦争してたからな」
数年前に終結したとは言え、まだ記憶が褪せるには早い。戦とは関わりの薄かったエルトとて、ルインに会わなければ、今でもフラムのように「魔王」という言葉だけで勝手に想像していただろう。
「恨みはないつったけど、故郷を潰されたのにか?」
「……わたしは、みんなと同郷ではありません」
お茶を飲んでいたフラムは、カップを下ろして視線をテーブルに落とす。きょうだいではないと聞いたときに薄々そうではないかと考えていたので、エルトは特に驚きはしなかった。
(魔物に恨みはないけど、三人に助けられたってことは、原因は人間か)
ならばルインを必要以上に警戒しないのも頷ける。魔王だという先入観さえなければ、ルインはただのぼんやりした美形だ。
「いろいろ複雑なんだな」
穿鑿するのはやめて、エルトは双剣に目を向けた。
「ったく、どうしようもないもの押しつけて行きやがって」
同じく剣を眺めながらルインが口を開く。
「さっきは、それを直したせいで倒れたのか?」
「いいや、直すつもりはない。材質とか構造とかが気になったから情報だけ読もうとしたら、ごっそり持ってかれた。……待て、勝手に直ってないか?」
刀身に入ったひびは指一本分くらいの長さがあったのだが、半分くらい塞がっていることに気付き、エルトはうそ寒いものを感じる。手近なものから魔力を吸って、己の傷を修復するというのは、生き物に近いのではないだろうか。
(実は生きてるとか、意志を持ってるとか言うんじゃねえだろうな)
それでも、意識を失うほど力を吸われた結果が、これだけでは納得がいかない。エルトは、この程度の損傷ならば一日に百は直せる。
「フラム」
「は、はい」
「この剣の出所知ってるか?」
「シエルが孤児院の焼け跡から見つけたそうです」
焼け跡とはどういうことかと聞き返しかけて、故郷を潰されたときかと思い至り、エルトは言葉を飲み込んだ。孤児院だけが火事になったのだとしても、楽しい話ではない。
「さっき、ウィルド・ノーリっつったな」
僅かに躊躇った後、フラムは首肯した。
「……はい」




