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新緑騎士団  王都No.1人気の騎士団に男装して潜入し、生き別れた兄を探します  作者: 北村 清
第五章 中の島の攻防

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伝染病(4)

時刻は深夜になった。


橋の封鎖は続いている。


中の島は、食料自給率0%の地域だ。このまま橋を封鎖され続けたら薬も食料も手に入らない。はしかは特効薬が無く、対症療法をしながら患者自身の本来の生命力で乗り切っていくしかない病気だ。なのに満足な食事がとれなければ患者はみるみる衰弱していくだろう。

というか、このまま封鎖され続けたら島内にいる全員が数日で餓死するだろう。


善良な人間は既に夢の中にいるはずの時間だが、島の対岸にいる人達は全然減っておらず、むしろ増えているような気がする。

皆、手に手に松明やカンテラを持ち


「伝染病発生地域など焼いてしまえ!」

「あそこにいるのは、社会の屑どもだ。焼かれて当然だ!」

「そうだ焼き清めるんだ!」

と怒号を上げている。


何で?

とフロルは震えながら思った。

まるで魔女狩りのようだと思った。と言っても、グリューネバルト領では『魔女狩り』も『魔女裁判』も厳重に禁止されていたので、本物の魔女狩りをフロルは見た事はないのだが。


娼婦のお姉さんと仲が良かった。友達だった。って人もいるはずでしょう。

酒屋さんとかアクセサリー店とか、娼館のおかげで儲かってた。って店もあるはずでしょう。

なのに何でこんな事を言うの?

フロルは泣きたくなった。


フロルは『娼婦』という職業に差別意識はなかった。というより、明日は我が身だったからだ。


グリューネバルト領にいた頃のフロルはフェリックス家が経営する食堂兼宿屋で働いていた。

そしてそういう場所では、大抵において女給は売春婦と兼業なのが普通だった。


フロルが働いていた店では店主のフェリックス氏が、女給にそういう事はさせないと決めていた。だからフロルは体を売るような生き方をしないですんだ。ただ、それだけの事だ。

フェリックス氏の気が変わったら、フロルはその日から娼婦になるしかなかっただろう。そんな事は嫌だ!と拒絶して店を飛び出せば飢えて死ぬしかなかった。


親が死んだ者、まともな親がいなかった者の立場はそれだけ弱い。自分とこの島で生きる人達は何も変わらない。


だから、ここで生きる人達を『社会の屑』呼ばわりされる事は耐え難かった。


恐怖と悔しさでフロルは唇を噛んだ。

王都に向かうと決めた時は、というより今日の朝起きた時は。

こんな事になるとは夢にも思っていなかった。





対岸では、新緑騎士団の人間達が必死になって暴徒を押し留めていた。


「団長と副団長はまだか⁉︎」

とアレクは部下に尋ねた。団長と副団長は事態の報告を王太子にする為王宮へ行っていてまだ戻って来ない。


薬と食料を集められるだけ集めて来たが、戻って来たら橋の手前にバリケードができていて通行できなくなっていた。バリケードの前には『自警団』を自称する者達がいて皆手に武器や松明を持っている。馬で蹴散らそうにも数が多かった。

この短時間でこれほどの人間が集まって来るなど異常事態だ。


誰かが背後で糸を引いているな。


とアレクは思った。

そうでなければ、短時間で群衆がこれほど凶暴化するわけがない。誰かが大声をあげて群衆を煽っている。


「団長が戻って来ました。」

と部下から報告があった。王太子の命令だ!と言えば群衆を黙らせられる。それを期待して待っていたが、団長と副団長の顔色は悪かった。


「国王陛下が、『中の島の封鎖を続けろ』とおっしゃられたらしい。王太子様は何とか陛下を説得しようとされたが陛下が首を縦に振られなかったそうだ。」


はっきり言って、我が国の国王陛下は即座に政治的判断を下せるような方ではない。誰かに唆されている。と思った。

そしてそれは案の定だった。


「ローゼンリール夫人が、伝染病が怖いと言って陛下を焚き付けたそうだ。陛下は既にローゼンリール夫人と寝室に入られた。今夜中にこれ以上の説得は無理だそうだ。」


あの女!


アレクは拳を震わせた。


絶対あの女、ユーリとマクスが中の島内にいる事を知っているんだ!それに、マクスの母親がいる事も!

それで、国王を焚き付けたに違いない。憎い新緑騎士団員とその家族を殺す為に。


どうする?どうしたらいい⁉︎


アレクは脳細胞をフル回転させた。


煽動者の背後には国王の愛妾がいる。橋を強行突破したら間違いなく殺されるだろう。もしも自分が死んでもそれで島内の人達を救えるのなら別に命など惜しくはない。だが、無駄死にした挙句何も状況が変わらないというのは御免だった。


いっそ私がたおやかな美女だったら、状況は違っただろうな。と思う。男なら容赦ない連中も、子供や美女だったら一瞬躊躇するはずだ。

その一瞬でいい。

群衆心理が一瞬でも覚めれば、常識的で道徳的な人達が声をあげるはずだ。今は沈黙しているが本来はそういう人達の方がはるかに数が多いのだから。


と考えていると、たおやか(?)な美女が目に入った。

新緑騎士団のデイム、ローザ・フェリックスだ。野次馬の中に混じって騒ぎを見物していた。側にいる中年の女はきっと母親だろう。


「デイム。」

とアレクはローザに声をかけた。


「この熱狂は異常です。落ち着くよう群衆に呼びかけてください。そして、薬と食料を持って橋をお渡りください。今、それができるのはあなたしかいません。」

「はあっ⁉︎何であたしがそんな事しなくちゃならないの?もしも、怪我させられたらどうしてくれるのよ。」

「そんな事にならないよう、我々騎士団員全てがあなたをお守り致します。」

「嫌よ。冗談じゃないわ!あんた達の事信頼できないもの。」


アレクはそれ以上の説得はやめた。彼は無駄な事に時間を割くのが大嫌いな人間だった。


『あんた達の事を信頼できない』と言う人間には何を言っても無駄だ。ましてこの女には、騎士団のデイムとして享受できる権利を満喫する気はあっても義務を果たすつもりは一切無いのだから。


だけどまあ、こんな事を言われるのは酷だよな。

誰にだって死や苦痛に対する恐怖心がある。例えこの場にいるのが先代のデイムだったジゼルでも、橋を渡る事は拒否するだろう。その証拠に、この騒ぎをわかっているだろうに、この場に駆けつけてさえ来ないのだから。

島の中にいるのは彼女が最も親しくしていたユーリなのに。


アレクは眉間を押さえ考え込んだ。


どうする?

どうすれば、島内の人間を救えるのか?


その時だった。


ヒヒーン!という馬のいななきが聞こえて来た。一頭の馬が群衆を蹴散らすようにしてこちらに向かって来ていた。馬には一組の男女が乗っている。


「あれはブリューテ・・・。」


馬はアレクと団長の前で止まった。



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