賭け
イルムヒルトが買って来た昼食を食べた後、エーデルガルトとアレクは霊園へ向かった。
「母上達の墓に墓参りをしておこうと思ってな。」
アレクは別について行くつもりはなかったのだが「護衛としてついて来て欲しい」とエーデルガルトに頼まれたのである。
墓のある霊園は郊外の丘の上にあった。傾斜のきつい坂を登るのは膝の悪いイルムヒルトには厳しいという事で、侍女は若い二人を同伴させた。
「これは丘というより崖ですね。どうしてこんな不便な場所に霊園を作ったのですか?」
「後妻に邪険にされた前妻の悲哀という奴だな。でも母上は兄弟達と同じ場所で眠りたがっておられたというし、母上の兄弟達は処刑された身の上だからな。」
「なるほど。」
墓参りとついでに墓の周囲の清掃を済ませると、帰る頃には夕方になっていた。領主の館に着くと、イルムヒルトが外で待っていた。
「遅いから心配致しました。」
と言った後、アレクの事をまるで犯罪者を見るような目で見る。生まれてすぐ母親を亡くしたアレクは、大叔母を母親代わりに育ったので、初老の女性が苦手ではないし、むしろそれくらいの年齢の女性に親しみを持っているのだが、どうにもこのイルムヒルトという女性には好感が持てなかった。
「鳩が手紙を届けて来ましたよ。」
と言って、つっけんどんにアレクに手紙を渡して来る。アレクは手紙を受け取り視線を走らせた。
手紙の内容は目を疑うようなものだった。
手紙の筆跡はユリウスのものだった。今日また襲撃を受けオーラフが重傷を負ったという。襲撃を予測してわざわざ遠回りのルートを通ったというのに待ち伏せをされたそうだ。その事から、誰かが襲撃者に情報を流したのでは?とユリウスは疑っていた。
そして、ユリウスが疑っていた相手はフロルだった。
ヴェルギールとオーラフは新緑騎士団創設時からのメンバーだし、シュテファンはヴェルギールの弟だ。だから消去法でフロルを疑っているのだという。
最後にこんな事が書いてあった。
『リーナという女性はローゼンリール領の領都にいるそうだ。なので明日、そちらに向かう。重傷を負ったオーラフとフロルは病院に残し、自分とヴェルとシュテファンだけでそちらに向かうつもりだ。フロルには山沿いの道で行くと言ったが、違う道で行くつもりでいる。明日襲撃に遭わねば、フロルが内通者だったという動かぬ証拠になる。』
「あいつ、何考えているんだ!フロルがそんな事をするわけないだろう!」
一瞬、ユリウスの名を騙る者が偽の手紙を送って来たのでは?とアレクは思ったが、筆跡は間違いなくユリウスのものだった。
本気で怒るアレクの事を興味深げにエーデルガルトは見ていた。
「カイト殿。フロレントというのはどういう男なのだ?」
「何故それを聞かれるのですか?」
「好奇心を刺激されているからに決まっているだろう。そもそも、ローゼンリール家の別荘が焼かれて、中にいた三人のうち一人が毒に倒れ一人が焼け死んだ。となると怪しいのは残りの一人ではないか?」
「フロルは卑劣な真似のできるような者ではありません。ちょっと驚くくらいお人好しな人間なんです。」
「うらやましいねえ。」
と言ってエーデルガルトは笑った。
「僕の事をそこまで信頼してくれている人はいないからな。」
「・・・・。」
「そこは嘘でも『自分はあなた様の事を信頼しております』というところだぞ。」
「嘘はつかない主義ですので。」
「あー、そうかよ。では、嘘をつかない主義のカイト殿に聞きたい?そのフロレントという男はグリューネバルト伯爵夫人と近しい間柄なのか?」
アレクがきょとんとした表情をした。
「無論、フロルはグリューネバルトの者ですので伯爵夫人には忠誠を誓っていると思いますが、何故そんな事を?」
「字がそっくりだったんだよ。」
とエーデルガルトは言った。
「昨日ポーポーが運んで来た手紙の文字と、グリューネバルト伯爵夫人に一筆書かせた書類の文字がよく似ていたんだ。そういう場合考えられるケースは二つだ。一つは、フロレントという男と伯爵夫人が血縁関係にあって手の形や指の長さなどの比率がよく似ている場合。もう一つは、同じ人間に師事し、同じ手本を元に字の学習を繰り返した場合だ。」
「ああ、その可能性はあると思います。フロルはグリューネバルト大学の言語学科に通っていました。そして伯爵夫人も同じ大学の言語学科に通っておられたそうです。」
「なるほど。腑に落ちた。ところで、これからカイト殿はどうする?」
「ユーリに会って『この馬鹿!』と怒鳴りつけてやります。」
「ははは。ならば彼らに合流しなくてはならないな。フェルトブルク領からこちらの領都に来るには大きく二つの道がある。山沿いの道と川に沿った道だ。山沿いの道を通ると嘘をついたのなら、お仲間は川沿いの道で来るだろう。明日になったら迎えに行こうか。」
「なりません、エーデルガルト様!危険ですわ。こちらに向かっているというのならここで待っていればいいのです。」
とイルムヒルトが言ったがエーデルガルトは首を傾げた。
「何故だ?フロレントという男が裏切り者なら、もう襲撃は起こらないだろう。本当にその男が『白葡萄荘』を焼いた犯人なのだとしたら、こちらからフェルトブルクに乗り込んで縛り上げるくらいしないと、亡命の許可が降りないんだ。」
「お言葉ですが、フロルが犯人のはずはありません。」
アレクは憮然として言ったが、エーデルガルトは皮肉げに笑っただけだった。
「いや、僕はフロレントが内通者なのだと思う。僕は結構人を見る目があるつもりだが、あのユリウスという男は確信のない事を言ったり書いたりはしないタイプだ。そもそもユリウスはフロレントの上官なのだからカイト殿よりはるかにフロレントがどういう人間か知っているはずではないのか?そんな事はない。自分の方がフロレントの事をわかっている。フロレントは犯人じゃない。と言い張るなら。」
エーデルガルトは首から下げていた、ペリドットのペンダントをアレクに見せた。
「賭けをしないか?フロレントが内通者でなかったらこの母上の形見のペンダントをおまえにやろう。だけど、おまえが間違っていたら・・・。」
「無理です。私はそのペンダントと同じくらい価値があるものを持っていません。」
「物はいらん。それより、僕が亡命できるよう口添えをしてくれ。おまえ達は亡き伯爵の大切な友人だったのだろう。おまえの言う事なら伯爵夫人も耳を貸すはずだ。」
「申し訳ありませんが、私どもと亡き伯爵様は友人と呼べるほどの関係では・・・。」
「おまえがどう思っているかではなくて、伯爵夫人が何を信じているかが重要なんだ。だいたい、おまえが賭けに勝てば口添えの必要はないだろう?どうした?本当は自分の発言に自信がないのか?」
「自信はあります。わかりました。賭けをしましょう。」
とアレクは言った。
「・・そのペンダント、御母上の形見だったのですね?」
「母上は緑色の瞳をしておられたそうだからな。」
「姫君の目は青色ですよね。」
「クソ親父の遺伝でな。」
とエーデルガルトは言った後。
「さあ、明日に備えて今日はゆっくり休もう。僕はおまえの友達が襲撃に遭わない事を、おまえは襲撃に遭う事をお互い神に祈りながらな。」
アレクが微妙な顔をすると、エーデルガルトはアレクの耳元に口を寄せて来た。
「明日になればたぶん全てが明らかになるだろう。」
アレクにだけ聞こえる声でそう言った。
そして翌日。アレクとエーデルガルトは川沿いの道を進んで行った。
そして、襲撃に遭っているユリウス達に遭遇した。




