ヴェルギールの家族(4)
「聞いてないけど。」
とヴェルは眉間にシワを寄せて呟いた。
「旦那様が『偽物に決まっている』と言って、手紙を破り捨ててしまったの。」
「えーー!」
と言ってヴェルはソファーから立ち上がった。
「何を勝手な!」
「勝手なのは手紙の相手だろう。偽物ならふざけているし、本物ならもっとふざけている!生後数日の状態で捨てておいて、街の人気者になった途端連絡して来るとか、自分勝手なのにもほどがあるだろう!」
とルドルフは怒鳴った。
ヴェルが反論できずに、黙り込みソファーにまた腰をおろした。
「・・母上も何もされなかったわけではないんだ。」
とシュテファンが言った。
「母上は、手紙を見て待ち合わせ場所を記憶していた。それで、ヴェルの代わりに僕に待ち合わせの時刻に待ち合わせ場所に行って来て欲しい。と頼まれたんだ。」
「それで、どうなったの?」
とマクシミリアンが質問した。
「ごめん。」
「何を謝っているんだ?」
とヴェルギールが聞く。
「僕、待ち合わせの時間に間に合わなかったんだ。」
「・・どこで、待ち合わせしてたんだ?」
「・・・トラオームリヒトの『白葡萄荘』っていう屋敷。別荘地のトラオームリヒトの街は王都から馬で二時間はかかるから、余裕を持って四時間前に家を出たのだけど、途中で産気づいている妊婦さんと出会って、無視できなくて近くの街に連れて行って、それからトラオームリヒトに行こうとしたら産婆さんに『父親がどこへ行く気だ!』って誤解されて怒られちゃって、結局生まれるまでそこにいてそれから『白葡萄荘』に行ったら、白葡萄荘には人がいなかったんだ。」
そんなコントみたいな事って現実にあるの?
と心の中でフロルは突っ込んだ。
だいたい、そんなひと気のない田舎道で一人でその妊婦は何をしていたんだ⁉︎
「ごめん、ヴェル。」
「いや、おまえは悪くない。というか、悪いのは親父だろ!勝手に手紙を破るなんて。でも、何で今まで誰も教えてくれなかったんだ?」
「お父さんに口止めされてて。」
「クソ親父め!」
とヴェルが言って、一気にシードルをあおった。
『トラオームリヒト』
『白葡萄荘』
その二つの単語をフロルは記憶した。
そこに行けば何かの手がかりがつかめるかもしれない。そう思うと期待で胸が熱くなった。
「ヴェル様。私、明日トラオームリヒトという街に行って来たいと思います。行っても構いませんか?」
帰り際、門の外でフロルはヴェルにそう尋ねた。
ヴェルは無言で門をじっと見ていた。ここに赤ん坊だったヴェルは置かれていたのだという。ヴェルはフロルを見て「ふっ」と笑った。
「俺も行くよ。一緒に行こう。」
「おい、待て!」
とアレクが割って入った。
「二人旅はまずいだろう。一応フロルは女子なのだから。明日は王太子殿下が団舎にお越しになるから隊長の私達は休暇がとれないんだ。」
「どこかに泊まるわけじゃない。片道二時間の半日旅だぜ。だいたいおまえだって、この前リーリアとラングーンまで一緒に行ったじゃん。」
「私とリーリアは二人旅じゃない。騎士団の人間が一緒だった。」
「帰りは二人旅じゃないか。」
「・・・・。」
「僕は、フロルにヴェルと一緒に行ってもらいたいな。ヴェル一人というのは・・心配だよ。第三者がいてくれた方が冷静になれるものだから。」
とマクスが言った。そう言ってからマクスもアレクもユーリを見つめた。フロルはユーリの直属の部下だ。決定権はユーリにある。
「ヴェル。」
「何だよ、ユーリ。」
「私はおまえが紳士であるという事を信じていいんだな。」
「真顔で言うな!」
結局、明日の午前中にヴェルとフロルは二人でトラオームリヒトの街に向かう事になった。
そして翌日である。
ヴェルとフロルは騎馬でトラオームリヒトに向かっていた。
騎士となった後、フロルも洗濯や掃除ばっかりしていたわけではない。一応、護身術や乗馬の訓練もやっていた。護身術の方はまださっぱりだが、馬には何とか乗れるようになったのだ。
「トラオームリヒトは、温泉も湧いている保養地なんだ。風光明媚な場所らしいから貴族の別荘もたくさんあるらしい。」
「という事は、ヴェル様のお母様は貴族なのでしょうか?」
「どうだろうな?『白葡萄荘』が宿屋って可能性もあるぜ。」
途中、産気づいた妊婦にも熊にも出会う事はなく、二人は無事トラオームリヒトに辿り着いた。街で立ち寄った食堂で『白葡萄荘』の場所を聞くと、ヴェルの美貌にぽーっとなった若い女の子の店員が喜んで教えてくれた。親切にも地図まで書いてくれたので、迷わず『白葡萄荘』にたどり着いた。
「ここか。」
『白葡萄荘』は、周囲に人家が無い広い庭のついた瀟洒な邸宅だった。すごく大きいわけではないが優美な館で間違いなく貴族の屋敷だろう。庭に葡萄の木が生えているのが館の名前の由来だと思われる。
フロルはドキドキしていたが、ヴェルは躊躇する事なくノッカーを叩いた。
すぐに中から人が出てきた。
白髪の執事と思われる男性だった。
「ここは白葡萄荘で間違いないだろうか?」
「はい。・・・お待ちしておりました。ずっと・・お待ちしておりました。クローゼ様。」
感極まったような声で執事は言った。
「どうぞ、中にお入りください。」
『白葡萄荘』の内装は贅を尽くしているわけではないが、上品で非常に感じが良かった。二階にある応接室に通されたが、家具も調度品も全てシックで趣味が良い。だが、何となく暗い雰囲気の屋敷だった。人の気配がしないんだ。という事にフロルは気がついた。
執事がすぐにお茶を持って来てくれた。そして
「奥様をお呼びして来ますので、お待ちください。」
と言って出て行った。
フロルは嫌な気分になった。
生き別れた息子が会いに来てくれたのだ。すぐさま駆けつけて来て我が子を抱きしめる。とかが普通じゃないのだろうか?
庶民の感覚と貴族の感覚の違いかなあ?と思いつつもフロルは良い気分がしなかった。
もう一つ嫌な気分になったのは、出されたお茶がハーブティーだった事だ。フロルはハーブティーが飲めない人なのである。
「フロル!」
ヴェルギールが突然鋭い声をあげて、飲んでいたお茶の入ったカップを叩き割った。
「飲むな!毒が入っている。」
「え!」
フロルはまだ一滴も飲んでいなかった。しかし、ヴェルは飲んでしまったようだ。ローテーブルの上に突っ伏してしまった。体がガクガクと痙攣を起こし始めている。
「え?え!えっ⁉︎」
その時フロルは更に気がついた。
廊下に面したドアの隙間から煙が迫って来る。ドアノブを触ると火傷しそうに熱かった。
火事が起きていたのである。
どうしてフロルがハーブティーを飲めないかは、第二章の『新緑騎士団のデイム』という話で紹介しています
もう忘れた、という方
ぜひ読み返して頂けますとpvが増えて作者はとても嬉しいです^_^
フロル、絶体絶命です!
誰が助けに来てくれるかは次話にて




