ヴェルギールの家族(2)
クローゼ邸は王都の郊外にあった。
ここは当主であるレオン・クローゼが、商人だった母方の祖父から受け継いだ屋敷なのだという。
門から歩いて50歩くらいの場所に『本館』と呼ばれる建物があり、その他に『東館』と『西館』と『北館』がある。それぞれの館は本館と渡り廊下で繋がっているそうだ。そしてヴェルは養母と共に西館に住んでいるらしい。なんというか。愛人を住まわせやすい構造になっているな。とフロルは思った。
案の定、と言っては何だが、東館と西館と北館にはそれぞれ一人ずつヴェルの父親の愛人が住んでいるそうだ。仙人のような雰囲気の執事に
「ヴェルギール坊っちゃまは、エミリアーナお嬢様に馬に乗せて欲しいと頼まれて今東館を訪ねておられます。ですので東館に御案内致しましょうか?」
と尋ねられた。
「いや、せっかくの兄妹の触れ合いの時間を邪魔したらエミリアーナ嬢に恨まれそうだ。ヴェルは西館に帰るのに本館を必ず通るだろう。ここで待たせてもらうよ。」
とマクスは言った。東館から西館へは直で帰る事はできず必ず本館を通過する造りになっているという。
フロルはうっかり失言をしないよう最低限のヴェルギールの家庭の情報をマクスに教えてもらった。
「東館に住んでおられるのはアデルリーナ様だ。アデルリーナ様はヴェルの姉妹達の養母になっておられるんだ。でも、もう二人お嫁に行っているので今アデルリーナ様と一緒に暮らしているのは8歳のエミリアーナ嬢だけだ。
西館に住んでいるのはハンネローレ様で、ハンネローレ様がヴェルをはじめ男共の養母になっておられるんだ。長男のヨハネスさんは大学生で、次男のルドルフは王宮で文官をしている。ヴェルとシュテファンは、はてどっちが年上だったかな?あと、6歳になるクヌート君が西館に住んでいるはずだ。
北館に住んでいるのはイーディケ様で、イーディケ様は実の娘のビアンカ嬢と住んでいる。
あと、この屋敷外に住んでいる子供が一人いて・・・。」
「どうして、男の子と女の子で養母が違うんですか?」
とフロルは質問した。
「アデルリーナ様は絶世の美女なんだ。息子達がその美貌にポーッとなって過ちを犯さないようにって事らしいよ。」
・・という事はハンネローレ様の方は美女ではないと暗に言っている?
質問したから答えてくれたのだろうけれど、ほんとマクスは天然に無礼者だよな。
「そんな家庭環境で兄弟仲はいいのか?」
とアレクが聞いた。
「仲いいよー。そりゃあケンカを時々はするみたいだけど。アデルリーナ様とハンネローレ様とイーディケ様も仲いいし。」
それはそれで怖い気がするのは何故だろう?フロルは腕をさすった。
「それにしても、女性の名前を覚えるのが苦手なおまえがよく人の家の家族構成覚えているな。」
とアレクが言うとマクスは胸をはった。
「頑張って覚えたのさ。父上に絶対に名前を呼び間違えるなよ!と子供の頃から言い含められていたからね。」
・・それ、たぶん愛人の方々はそんなに仲良くないよ。とフロルは思った。
そもそもマクスに女性の心の機微が察せられるわけがない。マクスの「仲いいよー」という言葉ほどこの世にあてにならないものはなかった。
そこまで話したところで、ヴェルギールが本館にやって来た。びっくりしたのはものすごい美女と幼い美少女も一緒だった事だ。
おそらくこの女性が東館の女主人アデルリーナ様だろう。美少女はエミリアーナちゃんだと思われる。フロル達は立ち上がり騎士としての礼をとった。
「マクシミリアン殿、お久しぶりですね。他の方々ははじめまして。一度皆様にご挨拶させて頂きたいと思い同行させて頂きました。さあ、あなたもご挨拶なさい。」
と少女に言う。だけど少女は、キッ!とフロル達の事を睨んだあと養母のスカートの陰に隠れてしまった。
「申し訳ありません。ヴェルギールさんの妹のエミリアーナです。人見知りな子なので恥ずかしいみたいですわ。ご無礼をお詫び致します。」
いや、人見知りで照れてるようには見えないけれど。たぶん執事さんが来客を伝えて、ヴェルギールは急いでこちらに来たのではないだろうか。そしてエミリアーナちゃんは大好きなお兄様との時間を邪魔されて怒っている。
微笑ましいな。とフロルは思った。普段、見ていると心が砂漠化しそうなほど仁義なき戦いを繰り広げている、ローザとリーリアの姉妹ばっか見てるからからこういう仲の良い兄妹はほんと微笑ましい。
ついフロルは笑顔になってしまい、ますますエミリアーナちゃんに睨まれた。
「見舞いに来てくれたって。ありがとう。」
「うん。お見舞いの品にブリューテが大好きなニンジンを持って来たよ。」
「マクスのその絶妙に気が利かないところ、俺は大好きだよ。」
・・・だから、ヴェル様本人にも花とお菓子を買って行こうと言ったのに。
ヴェルが一人暮らしだったら、花なんか持って来られても迷惑だろう。だけどヴェルは家族と住んでいるのだ。家族より馬の機嫌をとってどうするというのだろう。
軽く世間話をした後、アデルリーナ様達が東館へ戻って行ったので、フロル達は西館へ向かった。
「実のところ、フロルの兄弟探しの為にここへ来たんだ。レオン様に何か話が聞けたらと思ったんだけど、ご在宅ではないらしいね。」
「いろいろ忙しいらしい。親父は王太子様付きだからな。あの発表以来さ。」
と言ってヴェルは肩をすくめた。
先日、ローゼンリール侯爵夫人が懐妊した事が社交界で発表されたのだ。
「生まれて来る子が男だったら・・まあ、めんどくさい事になるもんな。」
その辺りの事が田舎者のフロルにはよくわからない。この国では庶子には相続権が無い。相続権を持つのは実子と養子だけだ。ローゼンリール夫人が子供を生んだら子供は王族ではなく、ローゼンリール家の子供として扱われるはずだ。
フロルの疑問を、マクスの百倍勘の良いヴェルは気がついたようだ。
「ローゼンリール侯は国王陛下の従弟だ。だから王位継承権を持っておられる。当然その子供も継承権を持つ事になる。継承順位は下の方だが、すっ飛ばす方法なんていくらでもある。それこそ。」
と言ってヴェルは笑った。
「上の人間がみんな死んでくれればな。」




