国王の花園(1)
王宮の大広間では音楽会の真っ最中だった。
おかしいでしょ!
とフロルは内心でつっこみを入れた。
今王都では感染力の高い、致死率もまあまあ高い伝染病が流行っているんだよ。三密を避けて家の中で自主避難してなきゃならないのではないの⁉︎
みんな自分が伝染病に罹るわけないってタカを括っているんですかね?それとも私みたいに王様に呼び出されて断れなかったとか?
それにしても、テーブルには料理や酒が大量に準備されているし、集まっている紳士淑女は豪華なドレスを着て宝石をピカピカ光らせているし、あまりにも不謹慎というものではないだろうか?この贅沢ぶり。中の島の人達の事を餓死させようとしておいて。現実に何人もの人を死に追いやっておいて。
ちなみに。フロル自身は今日も喪服を着て来ている。黒い帽子を被り顔をヴェールで隠してはいるが宝石は一切身につけていない。亡き伯爵様もだが、中の島で亡くなられた人達を悼む為だ。正直言ってこの場ではものすごく浮いている。
王様はアリーナ席の一番豪華な椅子に座っていた。隣には繊細なレースをふんだんに使った豪奢なドレスを着たローゼンリール夫人が座っている。
夫人はフロルの姿を見るなり憤怒の表情で睨みつけて来た。凶器になりそうなほど大きな扇子を持った手が、甲状腺の病気になったんですか?と聞きたくなるくらい震えている。
対して王様の方は気色悪いほどの笑顔だった。
「よく来てくれた、伯爵夫人。」
と音楽が止まったタイミングで王様自ら立ち上がり、フロルを出迎えてくれたのである。
「いけませんわ、陛下!」
とローゼンリール夫人が国王を引き止める。
「伯爵夫人は、はしかを持ち込んでいるかもしれません。近づくのは危険ですわ。」
「伯爵夫人はずっと館の中にいて中の島には行っていないのだから大丈夫だよ。」
と王様は言った。
つい数日前まで、いたんですけどね。フロルは内心で舌を出した。
それにしても。
てっきりローゼンリール夫人が王様に頼んで自分を呼びつけたのだと思っていたが違ったようだ。フロルに会いたがっていたのは王様の方らしい。ローゼンリール夫人はそれを明らかに不愉快がっている。
「伯爵夫人。そなたに礼が言いたくてそなたを呼んだのだ。我が国民を助けてくれて本当にありがとう。わしも気になってはいたのだが、他の民への影響を考えると動く事ができなかったのだ。そなたが手を差し伸べてくれて本当に良かった。」
嫌味ではなさそうだ。
心底嬉しそうにそう言っている。
ようするに。
自分がなんか行動して、それが裏目に出て誰かに責められるのは嫌だから、私が行動してくれて良かった。って事?
私が介入して良い方に働いたら口先だけでお礼を言って、悪い方に傾いたら私を責任者扱いして処刑するつもりだったって暗に言ってる?
「伯爵夫人。なんでも望みを言うがいい。宝石の山でも再婚相手でもそなたが望むものならなんでも用意しよう。」
国王と愛妾達にはべっていた貴族達がざわっ!とした。
嫉妬の視線が体中に突き刺さってハリネズミのようになりそうだ。とフロルは思った。
「そうですか。では。」
とフロルは言った。
「命をかけて伝染病患者達の治療にあたっているお医者様達に褒美の品を与えてください。」
再び貴族達がざわっとした。
「なんと!そんな事でよいのか⁉︎そなた自身の望みはないのか?」
と王様は再び聞いて来た。
「私の望みは今言った事だけでございます。」
本音を言えば、中の島の周りで騒いでいた人達とそれを扇動した人間に罰を与えて欲しい。だけど、今王様の後ろでぷるぷると震えている女に罰を与える事など現実には不可能だろう。
「なんと無欲な!」
と言って王様は笑顔をパワーアップさせた。
「グリューネバルト伯爵夫人。わしはそなたを気に入ったぞ。そなたをわしの花園に招待しよう。」
ざわざわざわ!
ざわめきがますます大きくなった。
「さあ、行こう!」
と言って腕をフロルに向けて出して来る。
判断に迷い、フロルは背後に控えていたウィンクラー夫婦とルーカスとクリスを振り返った。
「どうか、お供をさせて頂けませんでしょうか?」
とウィンクラー夫人が言った。しかし王様は
「いや、グリューネバルト伯爵夫人と二人で行きたいのだ。そのほうらは控えよ。」
と言った。
どうやら私はどこかへ連れて行かれるらしい。そしてそれに、ウィンクラー夫人達は連れて行ってもらえないらしい。
なんかこれ、違う意味でヤバくない?
想像していなかった展開にフロルは少し蒼ざめた。
だが、嫌だとは言えないようだ。フロルはローゼンリール夫人とは違う理由で震えながら王様の腕に手を回した。
『花園』というのは何かの隠語かと思ったが、本当に花園だった。
鍵のかけられた門の向こうに美しく手入れされた庭園があった。季節が季節なので花はほとんど咲いていないが、色ガラスで作られたランプが大量に置いてあって、それが淡く美しい光を放っている。
「ここはわしが招待した者しか入れない庭園だ。勝手に入り込んだ者は死刑にされることになっておる。だから伯爵夫人。勝手には入り込んではならぬぞ。」
と王様は笑いながら言う。やはり王宮は魔窟だ。ローゼンリール夫人あたりに罠にかけられて誘い込まれないよう気をつけよう。とフロルは思った。
「この花は今が満開なのだ。」
と王様は一本の木を見上げて言った。確かに薄紅色の花が満開に咲いていた。ランプが何個も枝にかけられていて花は幻想的に美しかった。
けれど、何の花だ?
とフロルは悩んだ。アーモンドかアプリコットかさくらんぼのどれかであろう。だけど、フロルはその三種の見分けがつかない人間なのである。
フロルと王様の背後には『護衛官』と呼ばれる護衛がいて、厳密に言うとフロルと王様は二人きりではない。その護衛官がナインハルト・ツヴァイクでなくてフロルはほっとしていた。マクスの父親とヴェルの父親は王宮勤務の護衛官なのだそうだ。なのでマクスとヴェルは幼い頃から仲が良かったらしい。
正直フロルは、花を楽しむような心理状態になかった。この王様、セクハラとかしてこないだろうなあ。と内心ビクビクしている。もし何か変な事をして来たら、さっきの『お願い』を使って逃げるしかない。と思っていた。
その時だった。
何の花が咲いているのかもわからぬ木の陰から、人が現れた。




