王宮からの呼び出し
一週間が経過した。
まだ10代だし、元々基礎体力もあったからだろう。マクシミリアンはみるみる回復した。薬や食べ物が届いた事も勿論だが、リーリアが駆けつけて来てくれた事の心理的効果も大きかったのではないかとフロルは思う。
リーリアも内心ではどう思っているのかはわからないが、病人であるマクシミリアンに一応優しい態度をとっている。知らない人が見たら、いい感じの恋人同士に二人は見えない事もなかった。
だが、その間にユリウスが中の島に連れて来た二人の部下とマクシミリアンが連れて来ていた二人の部下がはしかを発症した。
今現在、高熱にうめいている真っ最中だ。ユリウスとアレクサンデルが駆け回って介護をしている。無論フロルもだ。
それだけ患者達と濃厚に接触していても、ユリウスははしかを発症しなかった。おそらく本人の記憶も残っていないほど幼い頃にはしかに罹った事があるのだろう。という事はユリウスは、王都育ちではないのだろうか?とフロルは疑問に思った。
ただ単に基礎体力が鬼高なのかもしれないが。
アレクは、10歳の時故郷の大学都市ではしかに罹った事があるという。
マクスは無事治ったが、治らなかった人も勿論いた。
おもに高齢者、持病があった人、そして極端に栄養状態が悪かった人達だ。
『コマドリの家』の入院患者達も結局、はしかに感染した。発症した人は7人で5人が亡くなった。
元々貧相な胸が更に潰れそうなほど悲しかったが、それでもフロルは涙を拭いて患者達の看護に懸命にあたった。
一週間経ったその日、更なる救援の船が到着した。グリューネバルト家の旗を掲げたその船はグリューネバルト領から来たものだった。
その船には、ラングーンに残して来た新緑騎士団員だけでなく、グリューネバルト領で医者をしているアリーセとその夫のイザークが乗っていた。
食料と薬はまだ余剰があったが、燃料の薪や炭が不足しかけていたので救援は本当にありがたかった。
その三日後。
橋のバリケードが急に解けた。
後からわかった事だが、王都の他の場所でも次々とはしかに罹患した患者が現れ、中の島だけを封鎖しておく事に意味がなくなったのである。
橋を越えてウィンクラー夫妻が駆けつけて来たと聞いて、フロルはウィンクラー氏に怒鳴り飛ばされるのを覚悟した。
しかし、ウィンクラー氏はフロルの姿を見るなり号泣してフロルを抱きしめた。フロルはじーんときたが、それと同時に周囲の目が気になって気になって仕方がなかった。
結局ウィンクラー夫人に引っぺがされるまで抱きつかれていたのが、その後はウィンクラー夫人に抱きつかれ解放されるまで一時間近くかかったのだった。
石屋のオトフリートさんをはじめたくさんの商人達も救援物資を持って来てくれて、中の島は急に活気づいた。
良かった。
とフロルは思った。
現実には王都中に、はしかが広まっていっていてこれっぽっちも良くはなかったのだが、マクスは回復したし他の団員達も順調に回復していっている。飢え死にの危機も脱した。
このまま、何事もなく日々が過ぎていってくれると良いけれど。と思った。
そして勿論。そんなわけはなかったのである。
「王宮からの呼び出し?」
私室のベッドの上でゴロゴロしながらクッキーをかじりつつ本を読んでいたフロルはそう聞き返した。
ちなみ読んでいる本は『愛のギャラクシー』だ。
皆さま覚えていらっしゃるだろうか?この作品の二章に出て来た、腐ったリンゴ蒐集家の作家が書いた本である。
フロルがこの本を読み返すのはもう三度目なのだが、事件の犯人は新郎の叔父だったのだが、犯人がわかっていても尚何度読み返してみても面白いのだ。
「フロル様、ベッドの上で菓子を食べないでください。もう春なのですから。夜眠っている間に蟻に集られますよ。」
とウィンクラー夫人にお小言を言われた。
中の島の騒動から三週間。今現在、フロルはグリューネバルト邸に戻って来ている。
「グリューネバルト伯爵夫人が詳しい話を聞きたいと言ってフロルをお呼びです。」
とウィンクラー夫人が言ったら、全新緑騎士団員に喜んでグリューネバルト邸に送り返されてしまったのである。
おかげでこの数日、自室でのんびりまったり過ごせているのだ。
「何の用?」
とフロルは質問した。
「それはまあ、ローゼンリール夫人の『新緑騎士団隊長を飢え死にさせてやろう計画』をぶっ潰したわけですからね。難癖の一つもつけたいのでしょう。」
「ふーん。」
とフロルは低い声で応じた。
「それならそれで、こっちも言いたい事ぶち撒けてやろうじゃないの!」
とフロルは闘志に燃えたのだが、リーリアやアリーセにはものすごく心配された。
「大丈夫でしょうか?いきなり反逆罪とか言われて首を刎ねられたりとか・・・。」
「そうなったら、故郷に三倍くらい美化した私の銅像をたててよ。」
今更、逃げも隠れもする気はない。
新緑騎士団員とグリューネバルト家が助けてくれなければフロルはとっくに餓死していたのだ。それを思うと今更命が惜しいなんて思わなかった。
命が惜しいなどと思っていたら、死んでいったコマドリの家の少女に顔向けできない。
王様のせいで、中の島の住人が何人も死んだ。そしてリーリアやアレク達の判断と行動でたくさんの命が助かったのだ。その責任をと言うのならそれはフロルがとるべきだ。リーリアとアレクは命をかけた。コマドリの家の少女は他人を救う為命をかけて命を失った。
今度はフロルが命をかける番だった。
「すぐ行くわ!」
「呼び出されている時間は今夜です。」
とウィンクラー夫人に言われた。
そして夕暮れの逢魔時。
フロルは馬車に乗ってグリューネバルト邸の門を出た。
・・二度と戻って来る事はないのかもしれない。そう思うと、ユーリやアレク、マクスとヴェルにもう一度会いたかったな。という気持ちになった。
そんなフロルの目に飛び込んで来たのは!
「グリューネバルト伯爵夫人。ありがとうございます!」
と口々に叫ぶ群衆の姿だった。中の島の人達だ。彼らが門の側の道に左右に分かれ口々に叫びながら手を振ってくれている。
そしてその群衆の最前列にいるのは新緑騎士団員達だった。ユーリの姿もアレクの姿もマクスとヴェルの姿もあった。
それを見た時、フロルは涙がこぼれそうになった。本当は怖かった。だけど、皆の姿に勇気をもらえた。私は負けない。決して謝らない。卑屈にもならない。何があっても堂々としてみせる。
厚いヴェールで顔を隠したフロルが手を振りかえすと群衆は更に大きな声で湧き立った。その声を聞きながら、フロルは王宮へ向かって行った。




