救援(2)
フロルとユリウスは、百花楼の外に飛び出した。
船はゆっくりと減速し、中の島の船着場に着岸した。階段が降ろされるとリーリアとアレクが船から飛び降りるように降りて来た。
「ユーリ、フロル。無事だったか⁉︎」
アレクがユーリの肩をガシッと掴む。リーリアは人目も憚らずフロルに抱きついて来た。
「良かった、フロル。生きていてくれて。」
「リーリアーー!」
フロルの涙腺が崩壊し、フロルはリーリアに抱きついてわあわあと泣き出してしまった。他の騎士団員達や、まだはしかを発症していない娼婦のお姉さんとかも次々と船着場に集まって来ている。見た目が男のフロルが女の子のリーリアに抱きついて泣いているのだから、はっきり言って異様な光景だろう。だけど涙を止める事ができなかった。
実は今までも、新緑騎士団の団長さん達が貸船屋さんのボートを借りて、中の島に近づこうとしたりはしてくれていたのだ。だが、そうするとボートに弓矢や槍で攻撃を加える暴徒がいたうえ
「国王陛下の判断に逆らう気か!」
と叫んで群衆がますます火を持って暴れ出したので、団長さん達は上陸を諦めたのである。
リーリア達の乗って来た船が着岸できたのは、たぶんグリューネバルト伯爵家の旗を高々と掲げていたからだ。
リーリアはフロルを抱きしめながらも、首をきょろきょろと動かして周囲を見回し誰かを探している。
「ねえ。・・あの人は?」
「あの人とは?」
「だ、だからその・・第五隊の隊長よ。」
「マクス様は、はしかを発症して高熱が出て危篤状態なの。」
「早く言いなさいよ!」
リーリアはフロルを引き剥がして駆け出そうとし
「・・どこにいるのよ?」
と聞いた。
フロルは百花楼にリーリアを案内した。
リーリアは躊躇する事なく病人だらけの部屋に入り、マクスの枕元に駆け寄った。口の中にまで湿疹が出ているマクスは喉が炎症を起こしているのか呼吸するのも辛そうだった。人の気配を感じたのかマクスは細く目を開けた。
「リ・・リアさん。」
「しっかりしなさい。薬と食べ物持って来たから。喉渇いていない?経口補水液をすぐ作るからね。」
「優しいね。・・すごく嬉しい。最後に君の幻が見れて。」
「幻じゃないし。」
「幻だよ。リーリアさんがこんなに優しいわけないもの。」
「殴るわよ、あんた!」
「落ち着いて、リーリア。病人だから!病人のうわ言だから!」
フロルは焦って言った。
「僕・・君が好きだよ。大好きだよ。だから・・良かった。リーリアさん。どうか、ずっと幸せに・・。」
「あんた、脳炎を起こしてるの?」
「リーリア、お願いだから優しくしてあげて!」
マクスはゆっくりと目を閉じた。恋愛物の演劇だったら御臨終のシーンである。
フロルはびっくりしてマクスの首に手を当て、脈を確認した。脈はまだあったし呼吸もしていた。
「経口補水液を作るにはお湯がいるのだけど、厨房を借りれるかしら?」
「問題無いと思う。」
リーリアの問いにフロルは答えた。フロルの案内で二人は厨房に向かった。
「フロル。あなたに大事な話があるの。」
「リーリア、私も伝えたい事があるんだ。」
「何?」
「いや、リーリアが先に言い出したんだから先に言ってよ。」
「私の話は絶対に人がいない所でないと話せない。そっちが先に言って。」
フロルはかつてアレクから聞いた話を話した。
騎士団のデイムの話だ。騎士団のデイムは騎士団を辞めても騎士団員とは結婚できない事。だから、マクスはリーリアをデイムにしたくなかったのだ。という話を。
「マクス様の口から聞くべきだと思って、今まで言わなかったんだけど。でも、マクス様あんな状態だから。だから、誤解を解いておきたくて。」
「・・悪いけど。」
「えっ⁉︎」
「今、そんな事言われても考えてるゆとりがないって言うか。下手したら、私死刑にされるかもだし。」
「何で⁉︎」
リーリアは前後左右、天井に足元まで見て声をひそめて言った。
「グリューネバルト伯爵夫人の手紙を偽造した。」
「え?」
リーリアはウィスパーボイスでこの五日間の説明をした。
「・・・というわけ。」
「そんな、全然構わないよ。というかよくやってくれたよ。してくれなかったら飢え死にしてたよ。ありがとう。本当にありがとう。」
「ウィンクラー夫婦もあんたがここにいるって知って真っ青だったわよ。あんたが後継者を指名しないで死んだらグリューネバルト家は滅門するんだから。年寄りはちょっとの刺激で心臓発作を起こしたり脳の血管が切れたりするんだからあんまり心配させてはダメよ。」
リーリアはそう言って「私も心配したんだから」と言った。
話が終わってしばらくした頃、ロイスとロイスの病院の看護婦達が厨房にやって来た。経口補水液作りはプロにお任せし、フロルとリーリアは外に出た。道の真ん中では新緑騎士団団員達がどこかから拾って来た石でかまどを作り、ものすごく大きな鍋を置いて炊き出し用の料理を作ろうとしていた。
「隊長。野菜はどうしましょう?」
アレクが答えた。
「綺麗に洗って皮ごと鍋に放り込め。」
野菜は芋やニンジン、カブなどの根菜だ。冬の終わりなので葉物野菜や果実野菜などは手に入らない。
「干し肉は?」
「鍋に入れろ。」
「米は」
「簡単に洗って鍋に入れるんだ。」
「小麦粉は?」
「水で練って団子にして鍋に入れろ。」
「卵は。」
「殻付きでいいから放り込んでおけ。」
「ちょーっと、待ってください!」
フロルは声を張った。
このままでは、貴重な食材が大惨事になる未来しか見えない。
「アレク様。食べるのは鋼鉄の胃袋を持つ騎士団員達ではなく、体の弱った病人達です。どうか、料理は私に作らせてください。リーリア手伝ってくれる?」
「何をすればいいかしら?」
「野菜はみじん切り、肉も小さく。卵は割って溶き入れて、小麦団子はなし。」
「小麦粉と卵があればパンケーキが作れますよ。あたしに作らせてくれませんかね?」
と言って来たのは『百花楼』の料理人だ。
病気に感染していない元気なお姉様方も、野菜を切るのを手伝ってくれた。
そうして、ものすごくおいしそうではないがまずそうでもない料理が出来上がった。
マクスに食べさせるのはリーリアに頼み、フロルは小鍋に移した料理と焼きたてのパンケーキを持って『コマドリの家』に走った。自分以上にお腹が空いているはずの入院患者達に早く食べさせてあげたかった。
「待て!フロル。一人で行くな!」
ユリウスも料理を持ってフロルについて来る。
「忘れているようだが、ここは治安の悪い場所なんだ。特に裏島は。」
だが別に特段の危険もなく、二人はコマドリの家にたどり着いた。きっと、裏島の住人達も食料をもらいに表島へ行っているのだろう。
「皆さん!ご飯持って来ましたよ。」
と叫びながらフロルは廊下を走った。一番奥のドアを開けると泣き声と小さな歌声とが聞こえて来た。
入院患者達が一つのベッドの側に集まっていた。そのベッドで。病気で鼻の欠落した若い患者が安らかな顔で眠っていた。
・・・違う。死んでいた。
歌われていた歌は有名な。鎮魂歌だった。その側で他の患者達が泣いていた。
フロルは足から力が抜けて座り込んでしまった。頬に一筋涙が流れた。
『可哀想なコマドリの為、森のみんなはため息をついてすすり泣いた』




