04.知覚(中編)
まずい、まずいまずいまずい!
「皆さん手元に1冊届きましたか?それでは始めます。」
読めない!
「第1章1節。初めに言葉があった。繰り返してください。」
一生懸命に復唱する。一生懸命に言葉を覚える。一生懸命に文字をなぞる。
周りの子供たちは既に眠りについていたり後ろの方で友達同士で遊んでいたりだとかそもそも何しに来たんだ?って奴らばかりだが、そんなことはどうでもいい。
(油断した!無駄に舌が回るから、文字も大丈夫だと思ってた!)
前世から勉強、特に外国語は得意な方ではなかったが、これほど真剣に勉強したのは免許の学科試験以来だ。いや、工事担任者……そんなこと考えている余裕はない。
(ええっと、これは神っていう単語で、これが言葉って単語とセットだったら……違う!これは人に掛かってる!)
(1~9までは文字の形がわかった。けどこれほんとに10進数?わかったこれ6の倍数だけ表記が違うんだ!)
あっという間に時刻は昼前に差し掛かっていた。
「今日はここまでにしましょう。お相手は教区長エレーミアスでした。聖書は席に置くか、近くのシスターに渡して、安全に気をつけて。それでは。」
「質問いいですか!」
「元気のいい子。あまりこの辺では見かけないわね。ああ、ハズレにある大きなお家の子供ね。何かあったかしら。」
「ミサ?礼拝?どっちでもいいけど、これっていつも何曜日にやってますか?」
「まず一つ。私共の教義に基づくと、これは礼拝に当たります。2つ。基本的には日曜日にやっていますが、もし興味があるならいつでも歓迎するわ。」
「ありがとうございます!ついでなんですが、第3章20節の神と精霊の契約って……。」
──────。
「随分遅かったな。」
「ごめん父さん。思っていた以上に面白くてさ。」
「寝なかったのか?俺はてっきり、中で誰にも起こされず眠りこけてるのかと。」
「父さんって文字読めるの?」
「……多少はな。父さんも母さんも昔は全く読めなかったが、うちの団長がやってた講座で叩き込まれたからな。本当に団長には感謝してる。もしかしなくても、中で配られた聖書、全く読めなかっただろ?」
「初めはね。最初から最後まで地獄だったけど、文型がSVOとかだって分かったら、あとは目的語か補語かを見分けたりしてちょっとずつ読めるようにはなったよ。表音文字特有のむかつく変化もいっぱいあったけど。」
「は?もしかしてこの3時間で文字を覚えたってのか?」
「うん。それに……。」
「それに?」
「なんでもない。お腹がすいちゃった。早く帰ろう。」
「ああ、そうだな。」
(それに、右目が推測した文を記憶して、推測通りにルビを振ってくれるのと、1度覚えた単語を勝手に暗記してくれるから、あとは正誤を耳で聞いて判定して、修正するのを3時間繰り返したから。そりゃ普通の人より文字を覚えるのは早いよねって言う。)
「ご馳走様!」
「お皿はちゃんとあらってからお部屋においで。お母さんその間に準備しておくから。」
「うん!期待して待ってる!」
「お母さん人に魔法とか教えるの初めてだから、あんまり期待されても……。」
「大きさとかかっこよさとかじゃないんだ。見たいんだ。」
「昔魔法を怖がってたお父さんとは真逆ね。いいわ。お母さん張り切っちゃう。」
(ktkr!今日のメインイベント!)
「ってあれ?ルミエ。熱は下がったの?もう起きてこれる?」
お母さんはいつの間にかリビングにいたルミエに駆け寄って、額に手をかざす。
今気付いたが、さすがに会話している時に何かに集中していると、左目が正面以外を受け付けないらしい。何気に早いうちに気づけて良かった。自分の体の特徴を発見するとかいう不思議な感覚……小学生以来だ。
案外、人間は何かに集中している時、自分が集中しているということに気づきにくい。
「お熱は下がったみたいね。どうして起きてきたの?お暇だった?呼んでくれれば駆けつけるのに。」
「だって、お兄がワクワクしてる声が聞こえてきて、ずるかったんだもん。」
「だって、お兄ちゃん。ルミエも一緒に魔法見せてあげてもいい?」
「もちろん。面白そうなこと独り占めするようなお兄ちゃんじゃないよ?僕は。」
「それなら良かった。ルミエお昼まだでしょう?ルー、お昼ご飯食べるまで見ててあげて。」
「分かった。」
正直な所、妹に流れを妨げられて業腹に思うところもあるけれど、これで邪魔だと怒ったりするようなガキでは無い。
よく見ると可愛い顔してんなこいつ。
もきゅもきゅとサンドイッチを頬張る姿を見て、自分はこの子の兄だという実感が湧いてくる。
「お兄、私の顔になんか着いてる?」
「いや?美味しそうに頬張るなって、お皿は洗っておくから、先にお母さんのとこ行っといで。」
「ありがとお兄。」
トテトテと駆け出す様子が心を暖かくする。
心の中にシスコンという単語がよぎったが、そっとそれに蓋をした。
兄弟姉妹というのは不思議な縁があるものです。




