第56話:旅人の苦悩(1)
砂埃が風に乗って平地を飛び、それはまるで意思を持っているかのように不規則に、複雑に荒れ狂う。
視界をふさぐばかりか、軌道予測など到底不可能な砂埃では生物が息をするのさえ難しいかもしれない。
仮にそこに人が立てば、あまりの劣悪な環境にすぐに去ろうとするだろうが、逃げる方向もどこに逃げればいいのかと戸惑うだろう。
間違ってその一帯に入ろうものなら、通り過ぎるまで待つ方が得策かもしれない。
そんな砂埃が舞う様をオーウェンは遠くからただ眺めていた。
見渡す限りの平地に伸びる一本道。
その上を走る馬車の揺れに身を任せ、その瞳は確かに景色を映すものの、頭には入ってはいない。
無表情のまま、彼は口を開く。
『次までどのくらいだ?』
『そうですな、後2時間はかかるかと』
『そうか』
馬車の向かい側に座る執事服を着た老人は、オーウェンの問いに答えるとまた黙り込む。
会話が続かないというわけではない。
考え込んでいるオーウェンの邪魔をするまいと思っての行動だった。
側に控えてはいても意識はさせないよう、存在感を薄くした彼はしばらく口を噤んでいるつもりだった。
『・・・タリス』
『なんでしょうか?』
タリスと呼ばれた執事は主人の呼びかけにすかさず返答を返す。
だが、その顔には多少の驚きが浮かんでいた。
長年、従ってきた彼はオーウェンの癖をつかんでいるつもりだったが、無表情で考え事をしているままに自分を呼ぶなど珍しいことだったからだ。
そんな事を知らず、オーウェンは続けた。
『お前はもしも国が、イーグランドがなくなったらどうする?』
『な、なくなる、ですかっ!?まさか』
タリスは絶句した。
国の王子から国が無くなれば、などといわれてしまえば、頭の中で今の国の状態に結び付けないわけが無い。
色々な考えや予測、憶測がタリスの頭を満たしていく。
『勘繰るな、ただの仮定の話だ』
淡々とオーウェンは返す。
その、いつもと変わらぬ彼の冷静な態度に吊られ、タリスは徐々に感情を沈めていく。
『王子がそんな事を言われれば、周りの者は寿命が縮みますよ』
『悪かった。ただの暇つぶしのつもりだったんだがな』
『そうですか。・・・そうですな、私ならやはり王子の側でイーグランドの復興を手伝わせていただきたいですかな』
『私が生きていれば、またイーグランドを建国すると思っているのか?』
『違いますか?』
確信に満ちた目でタリスはオーウェンを見返す。
肩を竦めたオーウェンは、負けたといわんばかりに息をついた。
『私のことをよく分かっている。おそらくやろうとするだろうな。しかし、死んでいたらどうするんだ?』
『フフッ、王子の事ですから用意周到に如何なる脅威からも逃げ切りそうな気がします』
『そうか、逃げ切っているか』
『王子の事ですから』
自信を持って言い切るタリスに、オーウェンは苦笑いしかできない。
首を振ってタリスから視線を外したオーウェンは、再び目を窓の外へと向ける。
ふと、そんな彼の目に止まるものがあった。
『・・・止まれ』
『はい。おい、停車しろ』
馬車を操っていた男にタリスは指示を出すと、程なくして馬車は止まった。
その行動にタリスは疑問を持った時には、オーウェンは馬車の外へと出ていた。
『王子!?』
慌てて身を乗り出したタリスは砂埃舞う中、オーウェンの後を追いかける。
砂埃が壁のように層を成している手前でオーウェンは立ち止まっていた。
追いついたタリスは埃に咳き込みながら、彼が身を屈めた先にあるものを見た。
『王子、これは・・・』
『人だな。まだ生きてはいるようだ』
二人が見下ろす先に横たわっていたのは、白を基調とした軍服のような服を着た男だった。
小さく呻き声を上げているところから生きているようだが、意識も無いらしく起きようとしない。
タリスは男の顔を軽く叩いてみる。
『う・・・』
『生きているらしいな』
『そのようです。物盗りの類かと思いましたが、本当に気絶しているなら違いますね』
『ふむ、素性も分からんが、放っておくのもまずいか。馬車に乗せろ』
白髪交じりの金髪が乱れた男は二人に抱え上げられ、馬車の中へと乗せられる。
タリスが男を見回してみるが擦り傷はあっても命に関わるほどの外傷はなく、放っておけば目を覚ますだろうと判断したタリスは座席を一つつぶして窮屈ながらも男は横たわった。
必然的にタリスとオーウェンは同じ側に座ることとなったが、主であるオーウェンに許可を取った上での行動であるため、特に彼からの苦言は無い。
『出せ』
乗客が三人となった馬車はタリスの言葉に従って再び動き出す。
タリスは意識が無いにしても男に対して警戒を抱き続け、逆にオーウェンは見たことも無い服に興味を抱き、触ったり、めくったり、擦ったりと興味は尽きない。
退屈しのぎにもちょうどいいようだ。
『王子、止められた方がいいかと』
『・・・これは凄い。今まで着た服とは段違いに滑らかだ。お前も触ってみろ』
『私は結構ですってや、止めてくだっ!?・・・な、何ですか、この肌触りはっ!?絹?いや、絹でできた私の服とは全然感触が違います!』
『これほど高い技術は我が国でも、他の国々でもお目にかかったことは無い。ん?これは』
服の表面に浮き出るほど薄く硬い何か、それがちょうど胸の辺りにあるのをオーウェンは触感から感じ取った。
不思議に思って触り続けた結果、彼は服の中に裏ポケットがあるのに気づく。
手を挿し伸ばし、滑るほど表面が滑らかでありながらとても硬い1枚の小さい板を取り出した。
『何だこれは?』
『分かりません。一見するとプレートのようですが?・・・何で出来てるんでしょうか?』
オーウェンの手にあったのは、白い一枚のカードだった。
二人は精巧に出来たカード自体もさることながら、その材質にも興味を抱いていた。
無理も無い。
オーウェンの持つカードは、本来なら彼らの年代には存在しないはずのプラスチック製カードだったのだから。
『・・・この男何者だ?』
『これに刻印がありますね。・・・ええっと、グラン・ヴォルト?』
『聞かぬ名だな。その高価なプレートと身なりからすれば、どこかの王族のようだが、さて・・・』
新しく増えた不思議な乗客、グランに対し、オーウェンは口元だけの笑みを見せた。
未だ意識も戻らずに時折小さく呻く謎の男に、二人は色々な予測、憶測を自然と考えてしまう。
互いの考えは話の種となり、その後、道中の会話が尽きることは無かった。
『まさか、知りもしない人間を拾い上げるとはな』
そんな順調に進む三人の乗った馬車の後方2km程度の場所を、距離がひらかないように同じ速度で走る者がいた。
黒い衣装に身を包んだ顔の傷が特徴的な女『旅人』アイシアだった。
その顔には疲れから来る苦しみどころか、どこかに感情を置いてきたかのように些かの感情も伺えはしない。
冷静に目で馬車を捉え、後をつける事しか頭に無い。
彼女は『旅人』の力を活用し、馬車の後、正確に言えばオーウェンの後をずっとついて回っていた。
彼が各国を回る間もその行動の意味や内容を調べ、行動した先にも人知れず現れる。
なぜ、そんな事をするのか?
それはオーウェンが自信の持つ『旅人』の力を持つにふさわしい存在か判断するためだった。
当然、見ず知らずのグランを馬車に拾ったのも確認している。
『・・・あの男、ひっかかるな』
その行動についてアイシアはとやかく言う気もない。
ましてや、オーウェンの前に姿を現す気もない。
ただ、彼女は遠くから望遠鏡で見た男に何か釈然としない違和感を感じていた。
『あの感じは一体?』
魔力を感じるだとかいった話ではない。
彼女は男がそこに存在していること自体がおかしいという、直感から来る感覚があった。
それが何を意味するかということは、今の彼女は知る由も無かった。
木々が至る所に立ち、また元からの薄暗さも相まって視界の悪い中、瞬は木々を交わしながら走っていた。
その手には日本刀が握られ、普段の温和な瞬とは違う真剣な顔つきをしている。
『きたぞ!放て!』
瞬の向かう先から大量の矢が放たれ、瞬は地面を強く踏み込み、近くの木の後ろへと飛び込む。
次の瞬間、矢の雨が瞬のいた辺りに降り注ぎ、地面や木へと次々に突き刺さる。
木の陰で矢を回避した瞬は、木の陰から矢の飛んできた先を覗き込む。
だが、それを狙っていたかのように一本の矢が飛び、寸前の所で顔を引っ込めた瞬の鼻先を掠める。
「危ないっ」
『かわされたか。次だ!』
姿の見えない敵から怒号が飛ぶやいなや、瞬の四方から突然、短刀を持った者たちが現れ、瞬目掛けて飛び掛った。
前の二人を倒して逃げようとした瞬だが、男達は手に持った短刀とは別の短刀を瞬へと投げつけた。
手数が単純に多い攻めに、瞬は咄嗟に身をしゃがんで放たれた短刀を交わし、男達が直接刺そうとした短刀はしゃがんだ勢いを反動に、飛び掛っている一人に向かって瞬自らも跳んだ。
予想外の行動に男も反撃を試みる。
空中で二人が向かい合った瞬間、男は空中にいながらも短刀を正確に瞬の頭目掛けて突き出す。
ただ、次に手に感じるはずの肉に突き刺さる感触は無く、空しく短刀は空を切ったのに気づいた時、すでに瞬の日本刀は振り下ろされていた。
『ギャッ!』
男の肩口から腰にかけて鈍い痛みが走り、痛みと衝撃に耐え切れず男はバランスを崩して地面の上に落ちる。
瞬は着地するとそのまま走り、その後へ残った男達が続く。
先を行く瞬に短刀を投げつけようと男達が腕を振りかぶった途端、瞬はまるで狙ったかのように体を返し、男達へと向かってきた。
『っ!?』
突然のことに虚を突かれた男達はなす術無く、日本刀の一閃をその身に受ける。
意識は失わないまでも体が吹き飛ばされるほどの強烈な一撃は、男達をたった一発で戦闘不能へと追いやる。
「後は・・・」
再び、瞬は前を向いた。
さっきから命令を出している者達がその先にはいるのだろう。
刃を返した日本刀を持ち替え、瞬は走り出す。
迫り来る矢から自身に害のある物のみを斬り捨て、俊敏な動きで距離を詰めていく。
薄暗い中で弓を構え、剣を持った一団を瞬が捉えるのはすぐだった。
予想外の速さに慌しい動きを見せる一団へと瞬がたどり着くのはものの数秒だと思われた時だった。
「え?」
瞬が足元に違和感を感じ視線を下げると、瞬の足を中心に青白く光る紋様が地面に浮かび上がっていた。
「くっ!」
瞬は咄嗟の判断で体を後ろに倒すことで足を引き抜き、紋様から逃れる。
だが、離れたと思った次の瞬間、紋様が強く光ると青白い光りの膜が膨れ上がるように出来上がり、そこに瞬の足も入っていた。
途端に瞬は体の違和感を感じ取った。
「足が動かない!?」
何度も後ろへ引こうとするが、足が膜の中から抜けないために身動きが取れない。
焦りが見て取れる瞬に対し、一団の長である老人は間髪入れずに指示を出す。
『かかったぞ!放て!』
その指示に従い、矢が動けなくなった瞬めがけて放たれる。
襲い掛かる矢に対し、瞬は冷静に切り落として対処するものの、いまだに足は自由にならなかった。
老人には瞬がアリ地獄に獲物がかかったように見えていることだろう。
『放ち続けろ!槍兵、前へ!剣兵、後ろへ回れ!』
身の丈ほどありそうな槍を構えた兵士が並び、その後ろには両手剣を持った兵士が並ぶ。
数にして20も無い兵士たちだが、相手がただの一人であればこれでも多すぎるくらいだ。
『いけ!奴を殺せ!』
弓兵の攻撃がやむと同時に兵士たちは突撃し、身動きの取れない瞬へと向かう。
『うおおおおおぉぉぉっ!!』
相手を威圧する叫びを上げ、何度も行ってきた通りに各々が槍を突き出す。
瞬は苦し紛れに体をひねりながら一度だけ日本刀を振るう。
例え、1本止められようが残りの槍は間違いなく相手を串刺しにする。
誰もがそう思っていた。
実際、瞬へと突き出された槍は彼の体の至る所に突き刺さり、刃先も見えないほどに埋まっている。
誰の目にもそう見えた。
『やったか?』
後ろに控えた老人も言葉とは裏腹に仕留めたと確信を抱く。
ただ、それを一番実感できる者達、槍兵達は勝利の余韻ではなく、違和感を感じていた。
突き出した槍から手に伝わるはずの感触が誰にもなく、更には槍が軽くなっているようにすら思える。
『・・・なんだ?』
自然と槍兵達は互いに顔を見合わせる中、死んでいてもおかしくない瞬から息が漏れた。
それに気づいた槍兵達はすぐに瞬を見る。
すると、槍が刺さっているはずの瞬は笑みを浮かべ、血を吐き出しすらしない。
異常さを感じ取った槍兵達はもう一度よく瞬を見た。
『・・・刺さっていない!?いや、槍の刃先が無い!?』
瞬の体に突き刺さったはずの何本もの槍にはいつの間にか刃先が無く、それが軽さを感じた原因であることに槍兵達は気づく。
では、槍の刃はどこにいったのか?
その疑問は瞬の足元を見ることで解決した。
彼を捕らえて離さない紋様の辺りに本数分の槍の刃は転がっていた。
だが、そこで新たな疑問が生まれる。
どうして、刃が落ちている?
皆が皆、同じ疑問にいたり、刃の根元と瞬の行動を思い起こし、同じ回答へとたどり着いた。
『まさか、刺さる寸前で全ての刃を斬り落としたのか!?』
『信じられん!』
槍がただの棒切れと化した事に槍兵達の顔が驚愕に染まる中、剣兵達は槍兵達を押しのけて両手剣を振りかぶった。
『同時多方向からの剣撃ならかわせまい!』
一定方向から来た槍とは違い、いたる箇所から瞬へと両手で持つ大剣は迫る。
それぞれから迫る剣を全て視界に捉えた瞬は、頭の中で最良の対処法を思案し、即座に実行へと移す。
日本刀を握った右側から襲ってくる剣を全て日本刀で弾き返す中、がら空きとなった左側は左手を突き出した。
数本の剣に対し、左手のみで立ち向かうなど無謀以外の何ものでもない。
瞬やロビンを除けば、だが。
左手の届く範囲に入った大剣の腹へと手刀を叩き込み、軌道を強引に変えて叩き落す、あるいは上へと弾き飛ばす。
更には軌道を変えることで今の位置から別の大剣へと向かうよう軌道を変え、互いに弾き合うよう調整する。
全員の剣が振り終わったにも関わらず、瞬には傷一つつけることはできなかった。
すかさず、剣兵は連続で攻撃を仕掛けるものの、日本刀で弾かれ、手刀で弾かれ、体を捻ってからの蹴りで体ごと飛ばされるなど攻撃はせいぜい掠める程度の傷しかつけられはしない。
『化物・・・!』
一人がそう口走り、口に出さないでいたが心の中で恐怖していた全員の恐怖を倍増させる。
最早、彼らには瞬が動けないだけの獣から、動く必要の無い魔物に見えていた。
何しろ、彼らもそれなりに経験は積んできた方であり、老人を頭目とした傭兵団として何度か戦争にも参加していた。
その彼らが致命傷の傷を与えることすらできず、もっと言えば瞬にその気があれば何人かはすでに殺されている事実にも気づいていた。
日本刀の刃を彼らに向かうよう返せばいいのだから。
攻撃しても全て弾かれ、更には命を見逃されているという事実は、彼らの傭兵としてのプライドを根元からへし折った。
次第に攻撃の手も緩んでいき、瞬はその隙を見逃さずに日本刀を叩き込む。
『信じられん、あの若さであれだけの力を!?・・・っいかん、もう時間じゃ!』
老人が叫ぶと、剣兵と槍兵は青ざめた顔で攻撃の手を止め、瞬に向かいたくないという気持ちも手伝って即座に離れる。
「ん?何だ?」
瞬がその行動に疑問を抱いていると、足を捕らえて離さない膜の光が弱まっているのに気づく。
加えて、足を離さない力も弱まり、ある程度拘束力が弱まると瞬は足を引き抜いた。
「よかった。時間制限のある魔法でしたか」
ずっと捕まったままでなく安堵の息を漏らす瞬は、自由になった足の感覚を確かめる。
「問題なさそうですね。それでは」
傭兵団へと向き直り、日本刀を斜め下に構えて足元を見ながら走る。
再度、拘束する罠にかからないようにだ。
傭兵たちの恐怖の権化と化した瞬は間を詰め、萎縮した傭兵達を倒しながら老人との距離を縮めていく。
老人は焦りを通り越し、自分の認識の甘さに嫌気すら差していた。
まさか、ここまでの力量を持っているとは想定していなかったと。
とは言っても、事前に聞いていたおおよその年齢から考えても、これだけの力を保有しているとは誰しもが考えつかないだろう。
仕込んでいた罠や戦術は全て破られ、物量でも勝てないだけの腕を持つ瞬に後は無様に撤退するのが唯一の道だった。
続々と倒れていく仲間の傭兵達を前に、老人は声をあげる。
『撤退じゃ!退け!』
傭兵達は倒れた仲間を担ぎ、すぐさま瞬に背を向けて逃げ出す。
足を取られる地面の上ながら背を向けて一目散に逃げるのは、瞬が追いかけて来ないであろうということを全員が戦いの中で感じ取っていたためだ。
その予想通り、瞬は追いかける様子も無く、ただ彼らが見えなくなるまで動かずに構えを解きはしない。
見えなくなるほど遠くまで傭兵達が逃げると、瞬は一息ついた。
「ふう、逃げてくれましたか」
倒すべき敵がいなくなった瞬は、日本刀を鞘に納める。
「まぁ、危なっかしいがどうにかなったな~」
声とともに瞬の隣へと木の上からロビンが落ちてきた。
手にはぶどう酒が波々と注がれたジョッキとつまみであろうチーズがあった。
完全に娯楽の一つとして瞬の戦いを観戦していたのだろう。
軽く頬を赤くし、多少バランスがうまく取れていない所からして、すでにほろ酔いのようだ。
ただ、『旅人』にはずば抜けた自然治癒力があるため、酒を飲んで酔っ払っても一分もしないうちに回復してしまう。
常時飲み続けているロビンだが、本日何杯目になるのか分からないぶどう酒を瞬の前で流し込む。
「どうにかなりましたけど、もう少し魔法が仕掛けられたり、魔法使いがいれば危なかったですね」
「よく分かってるじゃねぇか。足を捕られたのは盛大に笑ったぞ。もう少し奴らに力があればお前は死んでたかもな、ププッ」
人の生き死にを笑い飛ばすロビン。
いつものことだとすでに諦めている瞬だが、言う事はさすがに長い年を生きているだけあって的を得ていることばかりだ。
酔っ払いの一意見として存外な扱いなど瞬にはできない話だった。
「ところで、今の人達はロビンさんより僕を狙ってきたようでしたね。ロビンさんを意識してなかったというか、なんと言うか・・・」
ここ何日間もの間、度々訪れる刺客の相手を全て行ってきた瞬。
戦いの最中、ロビンへと敵の意識が向いているのを感じていたが、今回に限ってはそれをまったく感じていなかった。
初めての事に瞬は腕組をして考える。
「当然だろ。あれはお前を殺しに来た連中だ」
「は?僕を、ですか?」
「おそらくな。大方、お前を城で殺そうとたくらんだ奴、もっと言えばあの嬢ちゃんの偽者を差し向けた奴の仕業だろ。偽者の暗殺が失敗に終わって傭兵団にでも依頼を出したんだろ」
「・・・ふむふむ」
「これがどういうことか分かるか?」
「え?」
突然の問いかけに瞬はすっ呆けた声が出る。
ロビンはジョッキのワインを仰ぐと、ため息混じりに言った。
「ブファ~ッ、相手側が隠す気がなくなったということだ。傭兵なんて外の連中に頼めば話は広がるからな。ただ、俺を狙ってきた連中がいるのはあの嬢ちゃんの偽者が見ている。それに紛れ込ませて殺すという算段くらいはあるかも知れん」
「なるほど、言われてみれば確かに。でも、偽者はロビンさんも殺そうとしていませんでしたっけ?」
「さぁな。ひよっ子のお前と違って俺には敵わないとでも思ってるんだろ?兵を差し向けただけ金の無駄だって事に気づいたから、お前だけに絞ってきたとしても不思議じゃない」
「そんなもんですか?」
「そんなもんだよ。余程の馬鹿じゃなけりゃ俺とやろうなんて思わん。『旅人』の力に目の眩んだ国々の王を除けばな」
頭を傾げる瞬にロビンは言い切った。
推測のような話でしかないが、実際、ロビンは忍び込んでその力の一端を当人に身をもって教え込んできたのだから、概ね間違いは無いだろう。
それにロビンは邪魔をする気はないとまで明言しているのだ。
触らぬ神に祟りなし、とエドガーも矛先を瞬にのみ向けたとしてもおかしくはない。
ただ、それはあくまでロビンが知っているからこそ出来る推測だ。
瞬の見る位置からすれば、ロビンがまさかそんな事をしているとは露知らず、裏づけのある予測もただの彼らしい予想だと内心で流していた。
「んで、これからどうするんだ?」
「どうするって言われても・・・、今までと変わりませんよ?三日後の闘技大会に参加します」
「その後は?」
「帰る手段と姫を治す方法を探します」
「フーン、仮に帰る手段だけが見つかったらお前は帰るんだろ?」
「まさか。姫を寝たままにして未来に帰る気はありません」
「・・・そうか」
「んっ?何か?」
「いや、何でもねぇ。お前がそういう風に考えていることは分かった、というだけだ」
「はぁ・・・?」
気の抜けた返事を返す瞬だが、それはお互い様だった。
ロビンからよもや相手のことを考えたような発言が出るとは予測していなかった瞬は呆気に取られる。
ロビンはというと、どこか誤魔化す様に新しく出したワインをあおり、つまみとしてチーズを食べる。
「姫の様子を見てきます」
そう考えた瞬は木の上へと飛び、姫が眠る小屋へと向かって消えていった。
「やれやれ、未来を壊すっての分かってるのかね?そんな事じゃ俺が始末を・・・!」
【・・・えるか?】
突然、ロビンは驚いた顔で言葉を止める。
チーズやジョッキも落としたが、そんな事でもどうでもいいことであるように視線すら下を向かない。
【私の声が聞こえるか?】
「またかよ・・・」
つい何日か前に聞いたのと同じ、中世的な声が耳を通さずに直接、頭へと響いてくる。
『旅人』になってから今まで命令などなかったというのに、この短い間隔で二度目が来るのはいかにロビンといえど想定外なことだった。
【私はガイア。お前達を統べる意思。アイシア・フェルゴートに命令を下す】
「今度はアイシアか。それなら俺は蚊帳の外に」
【未来からこの時代にやって来たグラン・ヴォルトに・・・】
一方的に命令を伝えると声は聞こえなくなった。
ただ、その内容にロビンは言葉も出ず、静かに口を開けて佇んでいた。
「・・・なんてこった。まさか、あの馬鹿を送り込んだ原因がやってきやがった!って、待てよ?アイシアの奴なら・・・まずい!おい、瞬!」
「何ですか~?」
瞬は小屋の中から顔も出さずに返事を返す。
おそらく、ヴァネッサの看病で手一杯なのだろう。
その間延びした声に苛立ちを覚えるロビンだが、今はそれどころではなかった。
「お前がこの時代に来たのはグランって奴のせいだったよな!」
「そうですよ~。その人の魔法が原因かもしれないってただの推測ですけどね」
「そいつが現れた!」
小屋の中から瓶が割れる音と慌しく走る音が聞こえ、次の瞬間にはロビンの前へと瞬は飛び降りていた。
帰れるかもしれないという期待に後押しされた瞬は、普段の彼からは感じられないほどの気概でロビンに迫る。
「どこにですか!?」
「分からんが、他の『旅人』にお前と同じ様に接触するよう命令があった。そいつは今頃、この国の王子を追いかけているはずだ」
「ええと、確か王子は一週間ほど前に他の国を巡るために出て行かれたと聞きました。闘技大会までには戻ると思いますが、誰も詳しい行き先を知らないだとか」
「・・・探しに行って入れ違いになるのも嫌だが、アイシアの事だ。命令に従って、すぐにグランを探しに行きかねん」
「ど、どうすれば!?」
「待つしかないだろ。お前はここで修行しながら王子が帰るのを待っていろ。運がよけりゃ、アイシアを見つけることが出来る。その間に俺は自分からアイシアを探しに行く」
ロビンは手を差し出し、赤い秘薬が入った瓶を何本も作り出し、日持ちする食料も大量に作り出す。
残される二人を考慮しての彼なりの気遣いだった。
「後のことは頼んだぞ!」
「え、あ、はいっ!」
ロビンは返事を聞き届けると、すばやい動きで瞬の前から消える。
目で捉えることも困難なほどのスピードで森の木々を交わし、あっという間に森から抜け出る。
更に足は止まらず、平原を土埃が巻き上がるほどの速度で先へと進む。
「アイシアの事だ。すぐに奴を殺しかねん!命令に従ってな」
珍しく人の心配をしつつ、苦い顔をするロビン。
その胸中に抱えている思い、考えからあふれ出る不安は尽きない。
「これが失敗すれば・・・俺はあの馬鹿、瞬を殺すしかない」
人の生死などまるで興味がないはずのロビンだが、今は曇った顔をしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
出来れば文法や書き方、ストーリー展開で意見を頂けるとありがたいです。
お気に入り登録いただけるともっとありがたいです。




