第55話:将軍の思惑
耳障りなほど地面をたたきつける雨音はでかく、落ちた雨水は切れ間無く石畳の地面を流れ続ける。
夕方といえど、人通りはほぼ皆無な道を巨体の男、アンガスが走っていた。
体には鎧を纏い、ただでさえ重い体が重さを増して走るたびに雨水が足の周りに巻き上がる。
アンガスの顔にも当然ながら大量の雨水が流れ、口を覆うほどの髭も水でしぼんだように見える。
息を切らすほど必死に走る彼は飛び込むように家へと入った。
降り続く雨が止まった事でアンガスは一息ついたものの、体から滴り落ちる雨水は床板を容赦なく濡らす。
『ふぅ、全く。仕事が終わったと思ったらこれか』
鎧を取り外して床に置いた彼は、棚から取り出した布で自分の水を拭い取る。
一通り拭き取り終わり、続けて鎧も拭おうと身をかがめた時だった。
『よう』
『!!』
突然した声の方向に目を向けると同時に入ってきたドアへと飛びのき、更に腰の剣を抜くアンガス。
声はちょうど彼の位置からは見えない角の奥から聞こえてきた。
『な、何者だ!』
彼は家主の知らぬうちに侵入した者へと敵意を露にする。
いつ襲ってきても対処できるよう構えを取り、緊張した面持ちで待ち構える。
姿が見えないだけに緊張が高まるのも尚更だ。
『出て来い!』
『はいはい、言われずとも出るから剣はしまえよ』
『・・・ん?この声はどこかで』
どこと無く聞き覚えのある声に疑問を浮かべるアンガスの前へ、角からゆっくりと現れたのは黒い衣服の上にマントを纏ったロビンだった。
その顔を見た途端、アンガスは剣を落として思わず叫んだ。
『ああっ!お前は!あの時の!』
『そうだな、あの時のだな』
面倒くさそうなロビンへともの凄い剣幕でアンガスは詰め寄る。
その勢いはロビンも思わず下がるほどだった。
『茶化すな!よくも俺を気絶させて、姫様を連れ去ったな!』
『それは誤解だ』
『何だと?』
『お前が勝手に眠って、お前の大事な姫様とやらは勝手についてきただけだ。俺は何もしていない』
悪びれた様子などまるでなくロビンは言い切った。
そのロビンの返答はアンガスの怒りに火をつけるには十分だった。
『ふざけるなぁ!!そんな言い訳が通るか!!』
『あー、めんどくせぇ。さっさと言う事言って帰るか。瞬の奴、帰ったら覚えてろよ』
ロビンがわざわざここにいる理由、それは瞬が倒れたヴァネッサの看病をする代わりに事情を知っているアンガスへ連絡するよう彼が頼んだ為だった。
自分が楽しむ事を第一に考えるロビンだが、どういう風の吹き回しか珍しく承諾し、街で遊びまわったついでにアンガスの家へと忍び込み、そして今に至る。
その結果、引き受けるんじゃなかったと後悔する羽目になったようだが・・・。
『何をごちゃごちゃと言っている!貴様は・・・!ふん、まぁいい。姫様も無事に戻ってきたんだ、無かったことにしてやるからさっさと』
『あん?戻ってきた、だと?』
怒りを納めたアンガスだが、今度はロビンがその言葉に引っ掛かりを覚えた。
伝える内容と間逆のことをヴァネッサの側近であるアンガスが言ったからだ。
怪訝な顔をするロビンにアンガスも戸惑う。
『何だ?お前が姫様を帰したんだろ?』
『何時だ?』
『え?』
『帰ってきたのは何時だ?』
今までのふざけた態度など嘘のように真剣な顔で問い詰めるロビン。
まるで上司に尋問でもされているかのような圧迫感に、アンガスは思わず唾を飲み込んでから答えた。
『ひ、姫様なら今日の朝方に戻られたと女中から聞いた』
『今朝か。なら、おかしな様子はなかったか?』
『知らん。戻られてからはずっと部屋に篭っておられる。お前達に付き合ったせいでお疲れなのだろう』
負けじと高圧的な態度で言い放ったアンガスだが、ロビンはまるで意に介してはおらず、静かに考え込んでいた。
『・・・なるほどな』
おおよその状況を推理したロビンは楽しげに口を歪めて笑いを浮かべる。
楽しいことになってきたかもな。
こうなるのを望んでいたかのように彼の心は沸き立ち、興味だけで動く彼はアンガスの前から身を翻した。
『お、おい、帰るのか?お前は何のために俺のところに?瞬のことか?』
『違う。伝言を伝えに来るつもりだったが、止めた。お前が入ってくるとぶち壊しになりかねない』
『??なんだそりゃ?』
『わからなくていい。お前は日々の仕事を全うしてな。じゃあな』
そういうとロビンは開けた窓から外へと飛び出し、豪雨の中へと身を晒す。
後を追ってアンガスが窓から外をのぞいたものの、そこにはロビンの姿は無かった。
『一体なんだったんだ?』
後には意味の分からない行動に呆けるアンガスだけが残っていた。
何もかもが寝静まる深夜になっても雨はまだ降り続いていた。
街中や城内では見張りの兵士が灯りを手に移動しながら警戒をしているが、足元を照らす程度の灯りと雨による視界不良では見える範囲も狭い。
それは仮に誰かが物陰に潜んでいたとしても、気づかれること無く通り過ぎてしまうかもしれないほどだ。
今まさに、城を徘徊する二人組みの兵士が隠れた者の前を通り過ぎたところだった。
兵士が通り過ぎると同時に積み上げられた箱の物陰から隠れていたエドガーが姿を現した。
『今の二人組みは職務怠慢で賃金を下げるとしよう。さて・・・』
エドガーは誰もいない廊下を進み、あるドアの前で止まった。
そして、小さくノックを五回すると、自動的にドアは開いてエドガーを中へと招き入れる。
それなりの広さを持った室内には巨大なベッドが一つあり、家具や小物もいくつかあるが、基本的に装飾が無いシンプルな内装だった。
中へ入ったエドガーの前には、白一色のシンプルな寝間着を着たヴァネッサが立っていた。
普段から仲が悪く言われている二人は、まるで対峙しているかのようにお互いの目から視線をずらさない。
ただ、嫌悪して睨み付けているではないらしく、二人の様子も落ち着いている。
先にエドガーが口を開いた。
『どうだ?問題ないか?』
『・・・尋ねてくる騎士と女中は追い返し、傷も癒えてきました。問題はありません』
『ふむ、ならばこのまま進めるとしよう。ただ、何時までも篭っているばかりではおかしいのに気づく者も出てくる。明日一日はいいが、明後日からは表に出ろ。姫様がいつもこなしていた事をお前もこなせ』
『分かりました』
『お前なら剣の訓練や舞踏など問題ないだろうが、接触した者に気づかれぬよう接しろ。私が側にいる時はできる限りフォローはしてやる』
『はい』
そう言ってヴァネッサ、いや、彼女にそっくりである隠者は、本物同然に柔らかい笑みを浮かべてエドガーに返事をする。
心配はなさそうだ、さすがに幼少から育てただけのことはある。
その対応にエドガーは安心を覚え、隠者から視線を外した時だった。
『ん!?』
不意に感じ取った隠者以外の視線に反応して、エドガーは感覚任せに窓の外へと目を向ける。
『誰だ!』
エドガーが剣を抜いて構えたのに合わせ、隠者も腰からナイフを抜いて構えた。
敵意を露にする二人だが、その先にある窓とバルコニーには誰の姿もない。
隠者は敵らしい姿も見えないことに気を緩めだしたが、隣のエドガーはまるで気を抜かず、見えない相手に対して今にも切りかかりそうな勢いだった。
『そこにいるのは分かっている。さっさと出て来い!』
『ほ~、中々鋭い奴もいたもんだ』
『っ!?』
誰もいない場所から聞こえる声に隠者は慌ててナイフの柄を握りなおした。
その直後、バルコニーの上へと着地する影があった。
暗い中では見えない侵入者の姿だが、中へと入ってきた所で蝋燭の灯りがその姿や顔を照らし出す。
隠者は見た顔に思わず息を呑んだ。
『お前は!』
『知っているのか、この男を?』
不思議そうに尋ねるエドガーだが、よもや目の前にいるのが自分が命令した暗殺の対象だった事を彼は知る由もなかった。
『瞬を治療した医者です』
『こいつが?本当か?』
どこか腑に落ちないといった感じのエドガーだが、それも無理はない。
今のロビンの姿は『旅人』として着る黒い衣服に身を包み、見た目からすれば怪しさ満点の泥棒以外の何者でもない。
ロビンの格好から医者という高潔なイメージを浮かべるのは至難の業と言える。
『本当に医者か?』
『別に医者ってわけじゃない。ただ単に長生きしているおかげで色々と覚えちまっただけだ』
『長生きだと?私よりも若いじゃないか』
エドガーは鼻で笑い、ロビンの言葉を冗談だと一蹴した。
『とある事情があってね。まぁ、信じる信じないはお前次第だ。俺にとっちゃどうでもいい話でしかない。それと俺を呼ぶなら医者じゃなく、ロビンと呼べ』
面倒くさそうに軽口をたたくロビンだが、その余裕ある態度にエドガーはどことなく嫌な感覚を覚える。
状況的に見れば、剣とナイフが心得のある者に握られ、さらに狭い室内には逃げ場などない。
斬りかかればすぐにでもその肉体に刃をめり込ませられそうではある。
ただ、エドガーは迂闊に攻めず、膠着を保った。
わざわざ一人で城に忍び込み、その姿を堂々と晒してくるであれば、その行為自体が自信の表れであるとエドガーは判断していた。
『・・・ならばロビンよ、もうひとつ聞いておこう。お前は何をしにここへ来た?場内へと無断で侵入した者には重い処罰が発生するのは知っているだろう?』
『知らないね。それに知っていたとしても変わりないさ』
『何だと?どういう意味だ』
『単純な話だ。俺に人間のルールは通用しない。俺を従わせる事は誰にもできないからな』
不敵な笑みを浮かべてロビンは強気に言い切り、その自信から来る威圧に二人は攻めあぐねていた。
何しろ、まるで嘘を言っているつもりがないのがわかるからだ。
そして、その自信の元を二人はすぐ思い知ることとなる。
『ああ、そうそう。俺が何をしに来たか、だったな。何のことはない、偽者を確かめに来ただけだ。嬢ちゃんが毒に倒れてその席に座っているのが、俺と馬鹿の命を狙った奴かどうかをな!』
途端に部屋の空気が一変し、ロビンの体から殺気が溢れ出る。
二人は過去に何度か他の者が放つ殺気を受けた事はある。
しかし、彼らがここで生きているという事はそれを全て叩き潰したということに他ならず、更に言えば殺気への耐性どころか彼ら自身も殺気を放つことができる。
そんな彼らには熟練の暗殺者が放つ殺気程度なら耐えうる事もできた。
ただ、目の前のロビンが放つ明確な殺すという気配、過去に受けた物とは次元の違う殺気が二人を襲う。
『『ぐっ!?』』
目に見えないがハッキリと感じられる殺す気配から、二人の体を無数の剣が貫いたような衝撃が走り、隠者は耐え切れずにナイフを落とす。
エドガーはどうにか握って対峙しているものの、至る所から流れ出る冷や汗は止まらず、目の焦点もぶれていた。
二人はどうにか立ってはいるものの、最早、畑の案山子と同じく何もできはしない。
『し、信じ、・・・られ、ん』
『ば、化物・・・』
『どうした?わざわざ目標が目の前に来ているんだぞ?ナイフを拾え、魔法を使え、剣を振り抜いて見せろ!』
体全体で向かってくるように挑発するロビン。
ところが、二人は動くこともままならず、襲うどころか逃げることすらままならなかった。
『・・・所詮、そんなものか。つまらん』
興味をなくしたロビンは二人に背を向けてバルコニーへと出る。
押し潰す様な殺気が消えた二人はたまらず、膝を突いて荒々しく息をする。
ロビンは体の感覚が狂ったかのようにうまく動けない二人を尻目に、手すりの上へ立つと二人へと振り返った。
『だが、お前たちがやろうとしている事は楽しめるかもしれん。俺の命を狙った奴は殺し返すのが俺の流儀だが、お前たちは見逃してやろう。運がよかったな』
『な、んだと!?』
圧倒的な高さから見下ろすかのような態度に屈辱からエドガーの怒りも跳ね上がり、怒りと気力で体を奮い立たせる。
体を支える腕も震えだす中で、エドガーは上半身のみを使ってナイフをロビンめがけて投げつけた。
『だ、黙れっ!』
ナイフは円を描きながら回転して飛び、その刃はロビンの頭へと吸い込まれるように飛んでいく。
怪我もないが、言うことを聞かない体で投げたとは思えないほど、ナイフは正確に飛び、今まさにロビンの頭に突き刺さらんとしていた。
殺った!
そう確信するエドガーだったが、次の瞬間にはそれが間違いであることに気づかされる。
ロビンの瞬時に出された右腕が回転するナイフを正面から掴み取り、刃を握ったその手からは一筋の血が流れていた。
目にも映らない程素早い動きに、エドガーは呆気にとられるしかなかった。
その目の前でロビンはナイフの刃を親指で折って放り投げ、エドガーへと向けて拍手を送る。
『よく反撃できたもんだ。そこは褒めてやろう』
『くっ!』
『ただし、今攻撃するのはよくなかったな。俺の機嫌を損ねてしまうぞ?・・・ははん、俺に見下されてプライドが傷ついたか?』
『チィッ!』
『ククッ、図星か。・・・それなら、見逃す交換条件として、俺の質問に答えろ。答えなければ殺す』
ロビンは冷たい視線でそう言い放つ。
無機質な視線でありながらも明確な殺意が宿り、答えなければ企みなど関係なしに殺すことをエドガーは察した。
何が言われるのか気が気でない二人の前でロビンは再び口を開いた。
『嬢ちゃんが食らった毒はなんだ?』
『・・・は?』
一瞬、エドガーは何を言っているのかわからなかった。
ロビンの言う嬢ちゃんがヴァネッサのことを指しているのは彼も分かるが、その質問の意図が分からなかった。
毒を知ってどうする、姫様を助けるつもりか?
そう頭の中で考えたエドガーは、自分が優位に立ったとしたり顔でロビンへと答えた。
『フ、フ、フハハッ!教えてやろう。あの毒はな、こいつが魔法で生成したものだが、その症状は通常の毒ではありえないものだ!食らった者の魔力の質により、臓器を破壊する、体中を痺れさせる、二度と覚めない眠りにつかせるなど症状は様々だ』
『ほう、それは面白い』
『そして、多少の差はあれど最後には必ず死に至る!解毒剤も存在しない!姫様が死ぬのは時間の問題と言う事だ!いや、もう死んでいるかもしれん!残念だったな!』
一矢報いた気分にエドガーの高笑いは止まらない。
『ハハハッ、ハ・・・ハッ?』
だが、目に映るロビンの反応に次第に笑いも止まっていく。
驚く様子もなく、まるでどうでもいいことの様に無関心であり、首筋のかゆみを掻いていた。
放っておけばその内、欠伸でもしていそうだ。
『お、お前?』
『大体分かった。まぁ、そういうことなら嬢ちゃんの事は惜しいが諦めるか』
『はっ?そんな簡単にっ!?』
子供が飽きたおもちゃを捨てるかのように、ロビンはあっさりとヴァネッサを切り捨てると言った。
ましてや、その相手は一国の姫だ。
将軍としての立場で色々と重い判断を常に迫られているエドガーからすれば、有り得ない程軽く決めた判断の割に内容はとても重い。
度肝を抜かれたエドガーの反応すらも興味なさげにロビンは視線をはずし、二人へと軽く手を振る。
『じゃあな、頑張れよ』
怪しい笑みを浮かべたロビンは手すりから飛び降り、その姿を二人の前から消した。
『なっ!?こ、ここから飛び降りた!?』
ここまで信じられない出来事の連続だが、エドガーは素直にロビンの行為に驚き、体を引きずってテラスの下を覗き込んだ。
薄暗い中でよくは見えないが下には誰の姿もない。
見回してみても濃い暗闇ではそう遠くを見ることはできず、また徘徊する警備兵達が騒ぐ様子もない。
『追いますか?』
『いや、無理だ。追うこともできないが、追いついた所でお前や私でも相手にはならん。底が見えない程高い力量を持つ相手だ、手を出せば無駄に命を散らすしかない』
冷静にそう答えるエドガーだったが、その顔には怒りが満ちていた。
腹の中に留めておける怒りの許容量も限度を超えているらしい。
『幸い、奴は邪魔をする気はないようだ。お前はこのまま姫様の代わりを務めろ。折を見てお前に指示を出す』
『・・・』
彼女はいつものように黙って頷き、それを見たエドガーは続ける。
『私は瞬を殺す算段を整える。現時点で姫様が毒で倒れたのを知っているのはロビンと瞬だけだ。奴さえいなくなれば邪魔をする者はいなくなる。そうなれば後は容易い!王は倒れたまま、ヴァネッサは毒で死に、オーウェンは戻り次第、事故に見せかけて暗殺する。ようやく私の計画が実行に移せるときが来た!この国を我が手中に収める!』
以前から胸に秘めていた考えをようやく放てると、エドガーの抱えた先ほどの怒りはどこかへ消えてしまっていた。
それほどに待ち望んだ瞬間だったのだろう。
自然と高笑いがこぼれる彼の様子を側に控えた隠者はただ静かに見守っていた。
雨が降っていた。
葉の上に溜まった雨の水滴を葉は支えきれず、その尖った先から下へと水滴は零れ落ちる。
水滴はちょうど真下にいた瞬の鼻先を掠めて地面へと吸い込まれていくが、瞬はまるで石像の様に微動だにしない。
静かに目を閉じながら腰に挿した日本刀に手をかけ、中腰のまま雨音を耳で受けて待つ。
頭の中はというと何も考えず、無心を保ち続けていた。
この状態になってから何分が経過したかも今の彼にはわからないほどの時が経っていた。
「よし、止めろ」
木の下で雨宿りをしながらロビンが言うと、瞬は静かに目を開いて構えを解いた。
その顔に終わったことへの安堵感から来る表情の緩和はなく、普段の瞬の温和な雰囲気とも違う雰囲気が彼の周りに漂っていた。
当然、気付いているロビンだが、あえて無視して先に進める。
「それなりに仕上がってきたか」
「ありがとうございます。・・・あの、姫は?」
不安げな顔で聞いてくる瞬にロビンは自然とため息をついた。
そして、忌々しげに瞬を睨みつける。
「言っとくが、そんなに気にした所で嬢ちゃんの容体は変わらん。それこそ奇跡でも起きない限りな。それと、その質問はウンザリしたからさっき止めろと言ったよな?訓練が終わるたびに言われ続けりゃ、俺もそろそろ腹が立ってきたぞ」
明らかにイラついた様子のロビンに瞬は慌てて謝った。
「す、すいません。でも、心配で」
「さっきの構えの最中もそうだ。たまに気が緩んでいただろ?嬢ちゃんの事を考えていたな?」
「いや、その、あの」
しどろもどろで眼を逸らす瞬。
まるでその通りですと体が言っているかの様にロビンには見えていた。
彼はさっきより一層深いため息をつく。
「あのな、お前がなぜそこまで彼女を心配する?お前からすれば彼女は過去の住人。既にお前にあって本来たどる道が変わったかもしれんが、それはお前の未来を壊す行動につながる可能性があるのを忘れたか?」
「忘れて、ないです」
「だったら!嬢ちゃんに関わるのは止めたらどうだ?どうせ、お前の事だ。闘技大会も嬢ちゃんが勝手に選手登録しちまって、否応なしに参加する羽目になったんだろ?えぇ?」
「よ、よく分かりましたね」
「そのぐらい誰だって想像つくわ!それに、もっと言えば・・・」
意味ありげにロビンは目を細めて瞬を見据えて続ける。
「お前、嬢ちゃんに惚れてるだろ」
その一言を聞いた途端、瞬は握っていた刀を落とし口を開いて固まった。
まるでそこだけ時が止まったのかのように驚愕したままピクリとも動かない瞬に、さすがのロビンも手で瞬の肩を揺すった。
「・・・おい?」
「っは!・・・ななななな、なっ、何をっ!?そ、そんなっ!?えぇっ!?いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!そ、そ、そ、そ、そんな事は!?だって、だって、だって、だって!!」
「うるせぇ!」
普段の瞬からは想像もできないほど慌てる彼に周りは見えておらず、石が投げつけられれば当然クリーンヒットする。
頭に軽く当たっただけだが、瞬を黙らせるのは十分だった。
「いたっ!」
「お前ほど分かりやすい奴ばっかりだったら世の中平和だな」
「ちょっ!?僕は、姫に惚れてなんて・・・」
顔を真っ赤にして否定しようとした瞬だが、どういう訳か言葉は聞こえなくなりそうなほど小さくなっていき、最後には聞こえなくなる。
僕が好きなのは花梨・・・だよな?
ロビンの言葉が引き金になり、自分自身の好きな人が誰なのかを瞬は自然と自問自答していた。
元来た時代には幼馴染でずっと好きだった花梨がいる。
瞬が『旅人』になった日からも度々思う事はあったが、逆にその前では考えもしなかった人物がその日から瞬の頭に浮かぶ事となる。
『旅人』へと誘った姫、ヴァネッサだ。
その事実に言われて気づいた瞬だが、気持ちの整理は簡単につかず、うろたえ続けて怪しい挙動をする。
「別にお前が惚れてよう惚れていなかろうがどうだっていい」
「・・・そ、そこまではっきり言わなくても」
「ただ、手を出すな、と言っている。わかるな?」
「・・・」
瞬は黙るしかなかった。
心に抱えるこれが恋だとしても、何一つすることを許さないとロビンは言っている。
例えば、彼女が本来であれば結婚して子供を生むはずだったとして、それが瞬の横槍のせいで生まれない。
その生まれるはずだった子供は子孫を増やすはずで、瞬の年代に深く影響する人物を数名輩出したはずなら、瞬がどうにかして未来に戻れば、そこは瞬の知っている日常ではなくなる。
それどころか、過去にいながらにして瞬の存在自体が消え去ってしまう可能性だってある。
生まれるはずだった瞬の先祖を生まれなくなってしまえば、瞬自体も生まれず、さらに過去に瞬が来ることもなかった。
何かをすることによりタイムパラドックスが発生すれば、次の瞬間には瞬自身が消えてなくなるかもしれない。
行動一つ取っても恐怖が付きまとうはずだった。
「姫の様子を見てきます」
「忠告したからな」
「・・・分かってます」
ただ、それでも瞬は何もしないということができなかった。
木の上にある小屋へと入った瞬は、ベッドに横たわるヴァネッサの前に立った。
「姫・・・」
彼が見下ろすヴァネッサは深く目を閉じ、呼吸はしているものの毒を食らった二日前より意識はなかった。
ロビンは瞬に目を覚まさない毒と説明したが、このまま眠らせておけば当然ながら死に至る。
姫のことを好き・・・か。
ロビンに言われた言葉が頭の中で響き続け、眠るヴァネッサを目にした瞬は顔を赤らめた。
「そ、そんな事は!?」
誰に言うでもなく慌てて否定の言葉を吐く瞬。
眠りにより物言わぬヴァネッサを再度、目で捉えると言葉は風船がしぼむように小さくなる。
まだ顔が赤いままの瞬はサイドテーブルに置かれた赤い液体の詰まった小瓶を手に取り、蓋を開けてヴァネッサの口へと少しだけ流し込む。
彼にできるのはヴァネッサの世話と、死なないように定期的に体力回復する秘薬を飲ませる事。
そして。
「姫、目を覚ましてください」
彼女の手を重ね合わせて握り、いつもと変わらぬ明るい彼女の姿が戻るよう祈るだけだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
出来れば文法や書き方、ストーリー展開で意見を頂けるとありがたいです。
お気に入り登録いただけるともっとありがたいです。
PCが壊れて余計な出費に憂鬱なGW。




