第54話:修行&逃避行(6)
上から糸の様な細い光が差し込む薄暗い空間に隠者は横たわっていた。
意識はあるようだが、体には絶対に身動きできないほどの鎖が巻かれ、口には猿轡がされているため喋る事も出来ない。
『モガッ』
芋虫のように動く彼女はどこかの中にいるらしく、積み上げられた石の壁で出来た部屋の中はそう広くはない。
その中央には鉄でできた奴隷用の檻が設置され、その中に隠者はいた。
体を縛られ、その周りを檻に囲まれ、更にその外には石の壁が立ちはだかる。
ここから自力で抜け出す事など到底不可能に見える。
見る者が見れば、姫が囚われていると誤解を招く光景だが、人通りなどあろうはずがないためにその心配はなかった。
『ウ・・・』
彼女は今の状況に絶望していた。
なにしろ、殺害対象に捕えられるなど、これから先は拷問と質問攻めにあうとしか思えないからだ。
体の鎖が少しだけ身動きする事しか許さず、目の前の檻を破る手段も思いつかない。
どうあがいても生還などできそうにないし、仮に戻れたとしてもエドガーから殺されかねない失態だった。
だが、それでも彼女は体を揺すり、どうにかして体の鎖を外そうともがく。
ここから抜け出す。
体を自由にするため幾度となく体を動かし、次第に体を覆うほど巻かれていた鎖に緩みが出てきた。
それに気付いた隠者は溜息をついて一度動きを止める。
顔には粒となった汗が無数に浮かび、他の粒と合わさって大粒へと変わり下へと垂れていく。
落ちた所に汗が沸き、呼吸は整ったが汗が鉄の檻に垂れ落ちるリズムは変わらない。
昨日の戦いの疲れも残っているのために体力は極めて低いのに合わせ、ロビンに叩きつけられたのと瞬に気絶させられた一撃分の痛みは体から抜け切りはしないほどに響いていた。
彼女は口にはしないが本来なら体中の痛みは体を動かすのさえためらうほどだ。
それでも、彼女は息が整ってくると痛みに耐えながら体を動かす。
何時戻ってくるとも知れない化け物達への恐怖は痛みなど気にはしていられなかった。
狭い空間に鎖がこすれあう音と、隠者のくぐもった声だけが木霊する。
『フグッ!フゥフゥフゥ!』
しばらくして、彼女の根気が奏をなして体に巻き付いた鎖に外せるだけの緩みが出る。
その隙間から腕を出した彼女は口を塞いでいた猿轡を外し、大きく息をすると吸い込んだ大量の空気に思わずむせた。
『ゲホッゲホッ!』
鎖から体を引きずって這い出た彼女は、久しぶりに思える体の軽さに若干気が休まりつつ、檻にもたれながら次の行動を考えていた。
鎖は解けたものの檻と壁はまだ健在でそう簡単には逃げれそうにもない。
彼女はうっすらと差し込む光を頼りに手探りである物を探し、すぐに目的の物を見つけた。
彼女の眼前にある物、それは檻を閉じている鍵穴であり、そこに特定の鍵を差し込む事でこの檻は開くだろう。
中からは外の鍵穴が見えないものの彼女は手探りで鍵穴の幅や大きさを確かめ、一本だけ髪の根元に隠していた針金を差し込んだ。
目をつぶって意識を見えない鍵穴に集中させ、構造を頭の中で描きながら正解の解除法を探る。
隠者は暗殺者として訓練されていたが、その過程で大概の鍵は開けられるように教わっていた。
主に忍び込む時のために習得した技術だったものの、今では自分が逃げるために使っているというのは皮肉な話だ。
ただ、その腕は確からしく、ものの数分で彼女を閉じ込めていた檻は鈍い音を上げながら開いた。
後は石壁の中から抜け出すだけだが、入口らしいものは壁や床には見当たらない。
彼女は試しに土壁を何ヶ所か叩いてみたが、強固な作りらしい壁はまるで崩れる事はなく、ここから出る事は今の彼女では無理そうだった。
『・・・』
無言で天井を見上げた隠者は差し込む光に注目し、その光の元に穴が開いているのが見えた。
そこから細身である隠者は外に出る事ができそうだった。
今まで自分が入っていた檻を足場に隠者は立ちあがり、天井の穴へと手を伸ばした。
だが、手は穴にまで届かず、彼女がつま先立ちをするほど体を伸ばしてもまだ届きはしない。
覚悟を決めて体を沈めてから思い切り飛び上がった彼女は、体中の至る所で走る激痛に耐えながら手を穴へと伸ばす。
『くっ!』
彼女は穴の縁に指が触れると、下に落ちていこうとする体を咄嗟に縁を掴んで止め、伸ばした腕にかかる負担がそのまま腕の悲鳴へと変わっていく。
痛みに苦痛の表情を浮かべた彼女だが、その目線は上を向き、穴の外を見ていた。
もう少しで抜けられる。
そんな希望を胸に痛みを無視して両手で縁を掴んで体を引き上げる隠者。
体に残っていた力を振り絞り、震える両腕もそのままに頭を穴から出しにかかったが、もう少しで届くと思われた所で本人の思いとは逆に体は沈んだ。
支えていた腕の力が限界に達して抜けてしまい、意思とは真逆に手は縁から離れて落ちていく。
そこで彼女にとって予想外の事が起こった。
突然、腕を掴まれ、体が落ちるのはそこで止まった。
『大丈夫か?』
彼女が声の主を見ようと顔を上げると、穴の中に手を差し入れながら腕一本で隠者を支える男と目があった。
瞬でもロビンでもなかった事に隠者は安心したが、それでも気は緩めるわけにはいかない。
こいつが仲間だとも限らない。
怪物達とヴァネッサ以外いないはずの場所で出会ったとなれば、その懸念を抱くのは至極当然だった。
『大丈夫か、と聞いているんだが?』
『・・・』
『なんだ?喋れないのか?まぁいい、とりあえず引き上げてやる』
そう言うと男は力を入れ、隠者を常人離れした筋力で一息にひっぱりあげる。
外へと飛び出た隠者は地面の上へと放り出され、動いた痛みに言葉も出さずに耐え続ける。
そして、今までいたのが実は地面の下に造られた空間である事に気付いた。
土壁だと思っていたのは本物の土が積み重なった地層であり、壊すのに躍起になっていれば長い間掘り続ける羽目になっただろう。
次に隠者は男の方へと目を向けた。
男は体中を鉄の鎧で覆った兵士のようで、無精ひげを生やした体格のいい男だった。
起き上がろうとしない隠者の前にひっぱりあげた男が屈んだ。
『なんだ、お前。怪我だらけじゃねぇか。下には檻があるし、ひょっとして奴隷か?いや、それだけ綺麗なら捕えられた貴族とか?』
『・・・』
『おいおい、だんまりかよ。助けてやったんだからそれぐらい言ってもいいと思うがな。・・・と言っても、それを知った所でお前に構ってる暇もないんだが』
『どういうことだ?』
『喋ったと思ったらそれか。・・・悪い事は言わん、さっさとここから逃げろ』
男の真剣な態度に隠者もこれから何かが起こる事を予感した。
こんな場所で起こる事など間違いなくあの二人絡みの件でしかない。
男の正体が気にかかった隠者はふと目線を男の顔から下に下げ、鎧の胸に付いていた赤い虎の紋章に目を奪われた。
『ラウジ国・・・!?』
『っち、見られたか。2度は言わん、見なかった事にしてさっさと家に帰れ。でないと・・・殺すぞ?』
胸の紋章を隠しつつ、目を細めた男から殺意が溢れだす。
言っている事が冗談ではないと雰囲気や表情から読み取るのは子供でも出来るだろう。
だが、子供にはここに隣国であるはずのラウジ国がいる事の重大さまでは分からない。
イーグランド国領域内にラウジ国が無断で入っている、つまりは領地侵犯であり、表面上では友好を保っているはずの関係をぶち壊す行為だった。
何の目的があるにせよ、イーグランド国としては友好を裏切る戦争にも発展しかねない事態だ。
更に隠者は感じ取っていた。
目の前にいる男はロビンほどではないにしろ、かなりの使い手であるのを。
元々、暗殺が得意である隠者が仮に正面からぶつかれば、間違いなく隠者は殺されるのが明白に感じられるほど力の開きがある。
暗殺であればそれはどうなるかは分からないだろうが、あくまでそれは彼一人ならば、の話だ。
『・・・っ!?』
突然、周囲から感じる殺意の感覚が隠者を押しつぶすように押し寄せ、訓練され、何人もの人間を殺めてきた隠者でさえ、その場にいる事に精神は悲鳴を上げていた。
全員がかなりの手練であるのを、隠者は肌に突き刺さる殺意の感覚から感じ取っていた。
余りの息苦しさに隠者の意識が朦朧としてきた所で、今までの事が嘘のように不意に重圧が消えた。
楽になって男を見上げた隠者は、男が手を上げたまま止まっているのに気づく。
おそらく、合図によって周囲にいた者達が気配を弱めたのだろう。
男自身からも殺意は消えてはいたが、その睨みつける様な表情は変わらずに口を開く。
『冗談じゃないのは分かったか。今すぐ去れ』
『・・・』
余りの分の悪さに仕方なく隠者は黙って立ちあがり、ふらつく体でその場を後にした。
幸い、正体がバレていなかったために助かったが、もしも隠者の正体が知れていたならば、即刻殺されていたかもしれない。
絶望的な状況から綱渡りで命を拾った様なものだ。
そこで普通であればエドガーの元に逃げかえるべき所だが、彼女の眼はまだ死んではいなかった。
彼女はラウジ国の連中から目視できる限界にまで距離を取り、気配を消して息を潜め、人影が動いたのを確認して後を追う。
本来であれば、ここまでの距離を取る必要はなかったが、彼女にはある事が引っ掛かっていた。
どうして、自分が捕まっている場所に彼らが来たのか。
それを考えると彼女には答えが一つしか分からない、と言うよりもそれしかあり得ないという答えが浮かんでくる。
彼らの中にも魔法使いが存在し、魔力探知を行っているからに違いない。
毒の魔法を使う隠者は当然、魔力探知にも引っ掛かってしまう。
捕えられていた彼女を訪れたラウジ国の一人が探知し、たまたま外に出ようとしてた隠者に出くわしたという事なのだろう。
そうして成り立った推論から彼女はどうしても魔力探知には引っ掛からない距離を取る必要があった。
痛みに堪えながらも彼女を徹底した追跡に駆り立てるのは、エドガーの下した命令をこなすという一心のみだ。
殺意を強固な意志の中に持った連中が瞬達と仲間だとは思えず、いずれ戦闘が発生するのではないかと彼女は予測していた。
あれだけの連中であれば、瞬やロビンもただでは済まない。
連中が倒す、もしくは全滅した後に自らの手を下す事になろうが、彼女には結果が全てだった。
『・・・』
相変わらず黙っている彼女だが、その口元には笑みが浮かんでいた。
瞬がロビンの短剣を弾いた直後、斬り返した刀で斬りかかる。
それをもう片方の短剣で受け止めたロビンだが、力で押し込もうとした所で動きが止まった。
動きが見えていた瞬も力押しに対抗しようとしたが、肩透かしを食らった様にロビンから受け流されて数歩歩いてしまう。
まずい!
大きな隙が出来てしまったと痛みを覚悟しながらロビンへ振り返った瞬だが、当の本人は瞬とは全然違う方法を向いていた。
「・・・えっと、どうかしたんですか?」
「あれを見ろ」
ロビンが楽しげに言いながら指差す先には、独りでに揺れている木の枝があった。
よく見ると、木の枝の先端には細い糸が結んであり、その先は森の奥へと消えていた。
「あれは一体?」
「餌で釣れたんだよ。お前らの練習相手がな」
「・・・え?それはどういう」
『ハァハァッ!・・・つ、着いた』
意味が分からないといった顔の瞬が更に問い詰めようとした時、そこにちょうどヴァネッサが戻ってきた。
息も絶え絶えで、まともな会話などできそうにもない程疲労していた彼女は倒れこむように地面の上へと寝転がった。
『ゲホッゲホッ!・・・ハァッハァッ!』
「よし、いいタイミングだ。嬢ちゃんにこいつを飲ませておけ。お前らの武器も出しておいてやる」
「え?え?ええ?」
手際良く物を作り出していくロビンに何が起こるのか戸惑うだけで付いていけない瞬。
あっという間に赤い薬と瞬の使う新しい日本刀、それにヴァネッサの使用するロングソードと身につける軽鎧を出し終える。
「さっさと準備しろ。さもなくば殺されちゃうかもな」
「一体、何が?」
とにかく準備するべきなのだろうと赤い薬をヴァネッサに飲ませながら、瞬はロビンへと問いかける。
ただ、ロビンは質問には答えず、また楽しげな笑みを浮かべて笑うだけだった。
その顔を見ただけで瞬も、回復したヴァネッサも良い予感どころか、最悪な予感しかしない。
急いで装備を整えた二人は、周囲に渦巻く雰囲気の変化に気づく。
「これは・・・」
『何かがいるな』
二人はそれぞれの視界で周囲を探ろうと辺りを見回す。
すぐさま瞬の視界に小さく光る物が幾つも映り、無数の殺意を感じ取った瞬は咄嗟にヴァネッサへと腕を伸ばした。
「姫!危ない!」
『おわっ!?』
ヴァネッサを捕まえた瞬は力任せに彼女を地面へと倒し、自身もその上に覆いかぶさるように倒れた。
するとその直後、放たれた大量の矢が伏せた瞬の上を通過し、ロビン目がけて飛ぶ。
矢はもう少しでニヤついたロビンの顔に突き刺さる所だったが、途中から全ての矢の軌道が逸れて1本も彼に当たる事はなかった。
『挨拶代りのつもりか?だったら、俺には挨拶など不要だ』
どうやら攻撃は止まったらしく、ロビンは落ち着いた様子で矢の飛んできた先に叫ぶ。
瞬とヴァネッサも体を起こし、ロビンの向いた先を見るとそこには隠者を助けた男が、何人もの仲間を従えて立っていた。
『『旅人』!今日こそ殺された仲間の恨みを晴らさせてもらおうか!』
大剣を構えた男を先頭に剣や斧を持った戦士が横に広がり、その後ろには弓兵や杖を持った者達がいる。
皆が皆、ロビンに対しての尋常ではない殺意を持ち、話程度では止まりはしないだろう。
対して、その標的であるはずのロビンは欠伸を掻きながら呑気に何人いるかを数えていた。
『28、29、30か。よし、瞬は20、嬢ちゃんは10だ』
『「はい?」』
何を言っているのか二人は理解が追い付かない。
呆れた顔でロビンはため息交じりに説明する。
『倒せって事だよ、あいつらを。言っとくが奴らは強いぞ。1対1なら勝てても連携して襲ってくればその力は倍増される。どう戦うかによって次の瞬間には死んでいる事もあり得』
「いや、あのそうじゃなくて、何で彼らと僕達が戦わないといけないんですか!?」
「そーだな、俺の力を狙ってきた連中なんだが、修行にちょうどいいだろ?わざわざ譲ってやるんだからな」
『・・・なにやら、ロビン殿を殺す気のようだが、恨みでもかったのか?』
『火の粉を振り払ったら色々と起きちまっただけだ。言っとくが俺からは手出ししてないからな。おい!お前ら!まずは俺の弟子を倒してからにしろ!そうしたらまともに相手してやるよ』
唖然とした二人を余所にロビンは飛び上がると、姿を木の枝が密集した中に消す。
残された二人の動揺はでかいがそれは相手方も同じの様で、何度も戦ってきた『旅人』にまさか弟子がいるとは思いもしておらず、更にただの若者二人が相手となるとあまりにも自分達が大人げない様に思えてくる。
どうするのかを大剣使いの男の判断に任せようと命令を待つ兵士達だったが、先に動いたのはヴァネッサだった。
『私はイーグランド王国、ヴァネッサ・イーグランドだ!お前達は何者だ!なぜ、ロビン殿を殺そうとする!』
『ッ!?ヴァネッサ姫だと!?』
兵士達の間に衝撃が走った。
二人が『旅人』の仲間なのだから、気紛れか何かで助けられたただの農民だとでも思っていたからだ。
まさか、不法侵入している国の王族、それも姫が出てくるとは夢にも思ってはいない。
ただ、各々が動揺する中、大剣使いは落ち着いた様子でヴァネッサの顔を眺め、そして叫ぶ。
『お前はさっき俺が助けた奴じゃないか!俺達を追いぬいて何時の間に戻った?いや、それより恩を仇で返すつもりかね?』
『助けた?何を言っている?お前と会ったのは初めてだ』
『・・・惚けるのか?さっき穴から出てきたお前を助けただろう?』
『惚けてなどいない!私はさっきまでずっと走り続けていた。お前達に助けられた覚えもなければ、会った覚えもない。さぁ、さっさと名を名乗れ!』
どうにも腑に落ちない男だったが、目を細めて少しばかり考え込むとヴァネッサの強い視線を真っ向から見返した。
強気な態度で視線を強めた男は口を開く。
『偽物の姫に名乗る名など持ってはいない』
『な!?偽物、だと!』
『仮にも一国の姫ならこんな場所にいるはずがない。おまけにあの重罪人が傍らにいるなら、お前も同じ重罪人の可能性が高い』
『ロビン殿が重罪人!?そ、そうなのか、瞬?』
知らない話に思わず、瞬に振り向くヴァネッサ。
どう答えるべきか・・・。
事情を知っている瞬からすれば、おおよその事は見当がつく。
ただ、それを何も知らないヴァネッサに説明するとなれば、うまく説明するのは難しい上に破天荒な性格のロビンが今までに何をやったかなど見当もつかない。
言いかえればロビンが本当に何もやっていないとは今の瞬には言えないと言う事だ。
不安げな顔で見つめてくるヴァネッサから瞬は自然と目を逸らして答える。
『彼は何もしていない・・・』
『本当か?』
『と、思います』
『・・・おい』
ジト目で睨む彼女の視線に耐えきれず、瞬は慌てて補足した。
『い、いや、僕も朝言った通り詳しく知らないんです』
『そうか・・・』
『ただ』
『え?』
『ただ、僕から言えるのは・・・彼を、ロビンさんを信じて欲しいというだけです』
一度は落胆したヴァネッサだったが力強く言い切った瞬の言葉に顔を上げ、決意を固めたらしく吹っ切れた顔へと変わる。
『信じよう』
瞬と目線が合うとその顔は緩み、柔らかい笑顔へとまた変わる。
やっぱり姫だ。
瞬は彼女の顔の変化に現代で出会った姫との繋がりを確信すると同時に、戦闘とは違う心の昂りが彼の心を沸き立てる。
『あ・・・、ありがとうございます』
『い、言っておくがロビン殿を信じたと言うよりは、お前が・・・その、信じて欲しいと言うからだ。そこは、勘違いするな』
『それでも嬉しいです』
今度は瞬が笑顔を浮かべ、目にしたヴァネッサは赤面しながら目を逸らした。
『むぅ、お前は本当に』
『え?』
『いや、いい。多分行っても無駄だろう。それよりもあっちだ』
振り向いた先には律義に待ってくれていた男達がいた。
待ちくたびれたような感じはなく、何時でも襲いかかれるようずっと武器を構え、皆が皆、不動のままだった。
『結論は出たか?アイツを引き渡せばお前達は見逃してやるが、どうだ?』
『お断りだ!私は彼を信じてみる!』
『そうか、ならば死んでもらうぞ、偽物の姫よ!』
前衛となる剣を持った男達が一斉に走り出した。
と同時に、その後方では引き絞られた弓から矢が放たれ、更に杖を持った者達は意識を深く集中し始め、杖の先端に付いた水晶が怪しく光り出す。
鈍く光る宝玉から炎の球が幾つも生み出され、空中に浮かんだそれは一斉に二人へと向かう。
二人は飛んでくる矢を剣で叩き落とし、迫る炎の球を左右に分かれてかわす。
『死ね!』
それを読んでいたらしく、待ち構えていた男達の剣や斧が振り下ろされた。
瞬はその全てを受け切り、ヴァネッサは俊敏に全てをかわしきる。
すれ違いざまにヴァネッサは流れる様に何人かを斬りつけ、男達の間を走り抜けた時には本人は無傷にもかかわらず、男達は致命傷こそないものの傷を負わされていた。
今まで出会った事もない程素早く動く女に、男達は本日何度目かの衝撃を受け、動揺と警戒からすぐには仕掛けられずに動きが止まる。
だが、一番の動揺を受けていたのは他ならぬ、本人だった。
『これは・・・、まだ数日しかやっていないのにここまで・・・』
本来ならば長い年月をかけて行うべき鍛錬を日ごとに凝縮して行い続け、薬を使って強制的に回復させる。
まだ数回にも関わらず、その密度は彼女が3,4年はかけて行うべきものに匹敵していた。
元々、自国の兵士など相手にならないほどの力量だったヴァネッサだが、更にその力量は増し、自国内では今の彼女に勝てる者は誰もいなくなってしまった。
最も、瞬とロビンを除いての話ではあるが。
これならば!
己の変化に戸惑いつつもいつの間にか手にした力に、彼女は屈強な男達に勝機を見出していた。
『いくぞ!』
攻めてこない男達にヴァネッサは自ら突っ込んで行く。
次々と振るわれる攻撃の嵐の中を軽やかに駆け抜け、見つけた隙を逃さずに斬りつける。
まるで風でも相手にしているかのように男達はヴァネッサを捉えきれず、なす術もない。
『嬢ちゃんはやっぱり心配なさそうだ』
木の陰に隠れながらロビンはヴァネッサの成長ぶりに口元を緩めていた。
他の者なら一日と持たずに投げだしそうな訓練を類まれなる精神力で続けた結果、今の彼女が出来上がった。
本人は実感できていなかったようだが、手合わせしていたロビンは日に日に変わっていく彼女の強さにそれなりに期待を抱いていた。
『世間知らずのお嬢ちゃんだと思っていたが、中々・・・。それよりも、問題はあっちか』
ロビンが見た先には瞬が戦っている姿があったが、その体には浅い傷が何筋も着いていた。
ただ、相手も無傷と言う訳ではなく、何人も倒されて地面の上に転がり、更に武器を構えた者達は精神的にも体力的にも疲弊しているのが目に見えてよく分かる。
一人を除いては。
『お前も強いが奴までとはいかないようだ。1対1ならこの俺でも負けていただろうが、仲間がいる限り俺は負けん!』
大剣使いの男だけは気力も十分に瞬と対峙していた。
実際に何度かの攻防があったが、確実に総合的な力としては瞬の方が上であり、何人もの男達を倒している。
だが、その中で大剣使いの男は長年鍛えた技や勘で攻撃を防いでは切り返し、逆に攻撃を仕掛けてきても反撃する隙が無かった。
『はぁはぁっ・・・』
『どうやら、お前も疲れてきたらしいな!まずはお前を仕留めてから彼女、最後に奴だ!さっさと死んでもらうぞ!』
男が手を上げると弓が引かれ、炎の球が幾つも浮き上がり、男達が武器を構える。
次の攻撃で仕留めるつもりなのだろう。
一方、瞬は呼吸を整えつつ、眼の中に全ての敵を見据え、日本刀を正眼に構える。
『殺される訳にはいかない』
その一言が終わると瞬の体から男達へと威圧感が放たれた。
熟練した兵士である男たちでさえ、たじろぐ程のそれに乗じて瞬は走り、無理やり作り出した隙を日本刀で叩きつける。
『っちぃ!放て!』
大剣使いの号令に従い、瞬へと次々に矢と炎の球が迫る。
ところが、矢と炎の球は誰もいない地面へと突き刺さり、空しく炎が矢を燃やしていく。
『消えた!?馬鹿な!』
瞬の姿を全員が見失い、辺りを見回すもののどこにもその姿はない。
『警戒しろ!奴は』
『ここにいます』
『!?』
突然の上から聞こえた声に全員の視線が大剣使いの男の上に集まる中、瞬は木を蹴りつけた反動で素早く木の上から飛び降り、予想外の行動に眼を見開く大剣使いの男を捉えた。
男はすかさず大剣を上に構えようとしたが、体に痛みと衝撃が走り、そのまま意識はなくなってしまう。
地面の上へと倒れる大剣使いの男。
「ふぅ、ようやく倒せた。後は」
瞬が振り返った先にはリーダー格を失い、司令系統が破壊されて混乱する男達がいるのみだった。
瞬の視線に気づいた男達は、恐怖で萎縮し、最早倒す気力はない。
「残念ですけど、眠ってもらいます!」
『ひぃっ!?』
その後、走りだした瞬の動きは止まらず、止まった時にはヴァネッサと瞬だけが立っていた。
さすがに疲労困憊の二人だが、そこに拍手をしながらロビンが降りてくる。
『よしよし、よくやった。修業の成果が出てるじゃないか、二人とも』
楽しげに笑みを浮かべながら寄ってくるロビンに、ヴァネッサは逆に詰め寄った。
ロビンの胸元を彼女は掴み、無理やり顔を近寄らせて尋ねる。
『どういう事か説明してもらおうか?』
『はて、何のことやら?』
『惚けるな!少なくとも奴らは貴方を重罪人と言い、本気で殺す気だった!おまけに彼らの胸にある紋章、あれはラウジ国の物だ!友好関係にあるはずの彼らがわざわざ、我が国にまで不法侵入し、貴方を殺そうとした理由は何だ!』
冗談は通じないであろう真剣な彼女に、ロビンは面倒くさそうな顔で瞬を見るが、瞬も困った顔しかしない。
『あ~、しょうがない。その内話してや』
『い・ま・だ!今すぐに』
『っ!伏せろ!』
強引な力でロビン自身がしゃがむと同時にヴァネッサの体も下へと沈める。
二人がいた場所をナイフが通過し、そのまま奥へと飛んで行った。
瞬がナイフの飛んできた元を見た先には、かわされた事に口惜しそうな顔の隠者の姿があった。
失敗してすぐさま逃げだした隠者を、瞬はすかさず追いかけようとした所でヴァネッサの異変に気付いて足を止めた。
『姫?どうしました!?』
『グァッ・・・、か、体が・・・動か、ない』
地面に横たわる彼女は息も荒く、ロビンを掴んでいた腕からも力が抜けていた。
ロビンはヴァネッサの体を見て回り、腕に着いた傷を見つけた。
『ッチ、奴のナイフなら毒が塗ってあっただろうな。そのせいだ』
『アァッ!』
一際大きな声を上げ、意識を失ったヴァネッサ。
汗を浮かべて苦しげな彼女に、瞬もロビンもなす術はない。
「俺かお前なら毒にも耐えられただろうが、ただの人間である嬢ちゃんはどうか分からん」
「そんなっ!?姫!姫ぇっ!」
瞬の叫びは辺り一帯に届きはしても、意識のなくなったヴァネッサに届きはしなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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