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第52話:修行&逃避行(4)

 突然現れた見知った顔に瞬は衝撃を受け、それと同時に落胆する。

やはり、自分を殺そうとしたのは姫だったのか、と。

何か理由があったとしてもそう考えるだけで瞬は姫から見放された感覚に陥り、まるで意識が無いかのように茫然と隠者の顔を見つめていた。

生気が抜けているかのような抜け殻の表情が顔に浮かぶ。

瞬の落胆ぶりに伴って体中から起きているのでさえ気だるく感じるほど力が抜け、自分を抑えつける力の緩みに気づいた隠者は抜いた手を瞬の服の下、腹の辺りへと滑り込ませた。


 『死ね』


隠者の手に集中した魔力が変質していき、手から腕が陶磁器の様な白色から毒々しい紫色へと変容していく。

完全に紫色に染まった手を隠者は瞬の皮膚に密着させる。

すると、まるで水の上を垂らした油が広がっていくように瞬の皮膚を肌色から紫色へと徐々に染め広がっていく。


 「・・・っ!?こ、これは!」


得体の知れない感覚が腹から広がっていくのに気づいた瞬は、素早く腹から隠者の手を放す。

どうにか手を放したものの既に腹の感覚が無いばかりか、手を放すために掴んだ腕にも紫色の変化は現れていた。

一体何が起こっているのか、皆目見当のつかない瞬に次の変化が現れた。


 「な、にがっ!?ゴフッ!ゲホッ!」


口から血を吐き出し、変色した部分から激痛が体中に広がっていく。

剣で斬られたのとは違う内部の痛みはつい最近受けた毒と似ていたが、痛みはそれの比ではなかった。

たまらず瞬は腹や口を抑えながら倒れ込み、隠者の拘束は無くなる。

その隙に隠者は立ちあがり、落ちていたナイフを手に持つと苦しみに転がる瞬の前へと立つ。


 『貴様は毒に耐性がある。確実なとどめを』


振り上げたナイフを息も絶え絶えで血を吐く瞬へと隠者は振り下ろした。


 『まぁ、待てよ』


声が隠者の耳に届くと同時に、振り下ろしたはずのナイフは瞬の目前で止まり、隠者がどれだけの力を込めようとも動きはしなかった。

振り下ろしたはずの腕を横から伸びる手が掴んで止めており、その腕の先には当然止めた人物が立っていた。

いつの間にか小屋から隠者の隣に移動していたロビンだった。

まるで瞬間移動でもしたかのように隣へ現れたロビンに何度目かの驚きをした隠者だが、逆に隠者は小さく笑った。

獲物がわざわざ飛び込んできてくれた、と言わんばかりに掴んだ腕をまた変化させる。

手を放そうにもナイフは瞬へと突き刺さり、放さなければロビンも毒の餌食となる。

どちらにしても確実に一人は仕留められると隠者は考えていた。

ところが、次のロビンの行動はそんな隠者の考えを吹き飛ばす様なものだった。


 『フン』


腕を掴んだままのロビンは『旅人』の強力で隠者を引っ張り、空中へと持ち上げるとたった腕一本で隠者を振りまわす。


 『な、何!?』


 『ほらよ』


あり得ない様な力で何度か振り回された隠者は放り投げだされ、小屋へと叩きつけられた。

一度小屋から放り出されて大穴をあけた小屋は、隠者が叩きつけられた事で大きく揺れると脆くなった部分が折れて崩れ落ちていく。

幸い、その崩壊に巻き込まれずに済んだ隠者だが、事態は最悪だった。

視界はロビンをまともに捉えきれないほど歪み、体中の節々から悲鳴が上がっている。

更に前には隠者からすれば得体の知れないロビンが立っているのだ。

絶望的な状況に死を覚悟する隠者だが、ロビンは苦しむ瞬の様子を確かめると見下ろしまま話しかけた。


 『毒の魔法か。お前みたいな奴にはお似合いだな』


 『・・・』


 『まぁ、そう睨むな。お前に聞きたい事がある。分かっているとは思うが、黙秘は無しだ』


そう言うロビンの手には弓矢が握られ、その弦は引き絞られていた。

逃げようものなら即座に放つという警告に加え、答えなくても放つという脅迫の意味も含んでいた。

一方、隠者は逃げようにも体中が痛みで言う事を聞かず、回復にもまだ時間がかかるのを把握していた。

出来るだけ会話を引きのばしさえすればまだ逃げ切れる、と質問を待ち、緊張からか唾を呑みこんだ。

その隠者の様子を静かに見ていたロビンは口を開く。


 『じゃ、聞くがお前は誰だ?』


 『・・・見ての通りだ』


 『嬢ちゃん、いやヴァネッサ・イーグランドだと言っているのか?』


 『・・・』


 『ふ~ん、なるほどな』


沈黙を肯定と受け取ったロビンは隠者から顔を背ける。

その行為が、ロビンも困惑しているのだと隠者は確信する。

何せ、まだ数日とはいえ、鍛え上げているはずの一国の姫が自分を殺そうとしてきたのだ。

理由も意図も理解できないであろう状況の中、思惑通りに事が進みそうなのを隠者は期待していた。

だが、その期待はロビンの一言によってすぐに打ち消される事となる。


 『まぁ、偽物にしては頑張った方だな。お疲れさん』


 『っ!?・・・に、偽物?何を言って』


 『お前と嬢ちゃんじゃ全然別人だろ?暗がりだから分かりにくかったが、いくつも違う点がある』


 『・・・』


何時もの沈黙ではなく、純粋に驚きから声が出ない隠者。

今までエドガーに使われてきた隠者だが、任務の中で対象の人物にヴァネッサと間違えさせて仕事を行う事などよくある事だった。

長年使い続けてきた中で一度も見破られた事のない隠者も自信を持っていた手段だったが、この暗がりの中でロビンにはあっさりと見破られてしまったのでは信じられない気持でで胸一杯なのも無理はない。

顔の表情すらも固まった隠者に、ロビンは笑いながら続けた。


 『それにだ』


 『?』


 『本物がそこにいるじゃないか』


ロビンの指示した方に隠者が顔を向けると、そこには木の陰から誰かが覗く様に体を出している影があった。

隠者のいる位置からでは正確に誰がいるかは分からないものの、見覚えのある白い練習着に隠者が思い当たる人物は一人のみだった。


 『っ!』


半ば反射的に隠者は痛みに耐えながらナイフを投げつけ、ナイフは頭へと吸い込まれていくように飛んでいく。

刃の切っ先がめり込むように頭へと突き刺さるものの、次に聞こえたのは悲鳴ではない。

木が割れた様な乾いた音だけだった。


 『こんな中でも狙いは正確だな。だ~が~、残念ながら外れだ』


いやらしく笑いながら見ていたロビンの背後で、ナイフの突き刺さった影がカンテラの光の前に倒れる。

それは人ではない。

ただの服を着せられただけの粗末な木製の人形だった。


 『ちぃっ!』


 『そこまで露骨に反応してくれるんだ。仕込んでおいた甲斐があるってもんだな。さて、俺の用件は終わりだ。後は好きにやれ』


 『何だと!?』


何を言っているのか隠者には理解できず、痛みを伴って立ちあがるものの、その表情は困惑に満ちていた。

疑惑の視線に何処までも余裕ぶったロビンは意味ありげに笑ってみせる。


 『好きにしろと言ったんだ。さっきの続きをやるもよし。逃げかえって報告するもよしだ。俺はお前の正体が嬢ちゃんに似ただけの暗殺者って事が分かって満足だ。もう手出しする気もない。例え、そこに毒を食らって転がっている無様な奴が殺されようと、だ』


 『・・・そうか』


ロビンの言葉に加え、今の状況と自らの状態から取るべき行動を判断した隠者はすかさず実行へと移す。

言葉では助けないと言っても素直に信じられないロビンを警戒しつつ、歩くたびに体が軋むような音を上げる中で人形に刺さったナイフを抜き取る。

ナイフを逆手に構えた隠者は、その足取りを毒に苦しむ瞬へと向ける。

そして、側に立つとナイフを振りあげ、一息にナイフを振り下ろした。

ところが、瞬の心臓目がけて振り下ろされたナイフの軌道上に、突然、腕が現れ、刃は腕に突き刺さって動きを止めた。


 「ぐっ!」


 『!こいつ、まだ意識が!?』


まだ毒に喘ぎながらも反応した瞬に驚愕しながらも、あくまで冷静に隠者はナイフを引き抜き、再度攻撃を仕掛ける。

だが、振り上げたナイフが振り下ろされる前に、瞬は隠者の腹へと手を押しあてた。

そして、力を振り絞り、出せるだけの力で隠者を突き飛ばす。


 『な、にっ!?』


まるで馬にでも跳ね飛ばされたかのように後ろへと吹き飛んだ隠者は、バランスを取ってどうにかうまく着地する。

毒に侵されながらも防ぐばかりか、反撃してみせた事は隠者にとって信じられない事態だったが、目の前ではもっと信じられない事態が起こっていた。


 「あああぁぁっ!っはぁっ!はぁっ!」


日本刀を支えとし、瞬は立ったのだ。

更には体は位置が安定せずにぶれ続けているものの、隠者を見る目には最早ヴァネッサに裏切られたと落胆した色はない。

完全に隠者を敵として捉え、そして倒そうとする意思が宿っていた。

毒に侵されただけで激痛に意識も遠のく自身の毒を食らい、ここまで反抗出来る者は隠者の過去の任務で誰一人としていなかった。

幽霊でも見るかのような驚愕を通り越して恐怖が顔に浮かぶ隠者。

こいつもまた化け物か!?

心の中でそう思うのも無理はなかった。

ただ、驚いた中で隠者の冷静な部分は殺すのも今しかないと判断していた。


 『殺す!』


普段は殺しの時には喋る事など必要はない。

だが、あり得ない現状に気後れしているのを振り払い、そして必ず殺すと言う意思表示として隠者は叫んだ。

そして、魔法で腕を毒の腕へと変化させ、更には握ったナイフにまで紫色の毒がまとわりついていく。


 『死ね』


お互いに体がままならない中、隠者は毒のついたナイフを投げつけた。

闇夜に紛れたナイフは回転しながら息も絶え絶えな瞬の胸へと飛んでいく。


 「くぁっ!」


カンテラの灯りでは見えないナイフを瞬は隠者の手元から予測し、咄嗟に支える力を抜いて体を沈めた。

間一髪のところでナイフは瞬の上を通過し、闇の中へと消えていく。

隠者は攻撃が外れた事には動じる事もなく、体勢を崩して地面に片膝をつく瞬へと詰め寄った。

隠者の接近に瞬が気づいた時、既に隠者の腕が瞬に届く位置まで来ていた。

走った勢いそのままに隠者は振りかぶった毒の腕で瞬の首を狙う。

隠者の狙いは瞬の首筋だった。

首を掴み、毒を浸透させれば頭や心臓にまで毒は及ぶ。

さすがに耐性があるといっても、そうなれば死ぬと隠者は確信していた。

なぜなら、毒自体に完全な耐性があれば、血を吐く事もないし、喘ぐような痛みもない。

瞬がそうなったのなら毒で殺せない事はないはずだろう。

もらった!

残りの魔力を全て出し切り、触れただけで体を破壊して回る濃密な毒の腕が瞬へと迫る。

後数cm、ほんの一押し程度の距離。

そこで不意に隠者の眼と瞬の眼が重なり合った。

不屈な意志を秘めた瞳に隠者は怯みそうになるものの、腕は止まる事はない。

既に隠者の意思で止めても間に合わない所まで腕は迫っていたのだから。

ただ、隠者には瞬の眼を見てから嫌な予感が走っていた。

彼が何かをやろうとしている、と。

隠者が疑問を覚えたのと、その体に衝撃が走ったのはほぼ同時だった。

強烈な衝撃と痛みが腹のある一点から起こり、槍にでも貫かれたかのような力に後ろへと飛ばされる。


 『グフッ!?』


 「ぜっ!はぁっ!はぁっ!・・・危な、い」


立つことすらできない程の痛みに隠者は顔を歪め、何が起こったのかを理解した。

瞬が日本刀の鞘を前に突き出していたからだ。

つまり、瞬は隠者の腕が迫る瞬間、首へと届くよりも先に鞘で隠者を突いていた。

それが隠者に槍で突かれたと思わせるほどの力があり、体を後ろへと飛ばした事で毒手も回避できた。


 「やれやれ、泥臭い戦いだな。さっさと終わらせろ」


 「は、はい・・・」


立ちあがる気力さえ、一撃でへし折られた隠者の前に、再び瞬は立ち上がった。

手には鞘が握られ、武器も魔力も体力も出し尽くした隠者へと振りかぶった。


 『ごめんなさい』


 『・・・』


なぜそんな顔をしているんだ?

自分に対して本当に申し訳なさそうな顔をする瞬を不思議に思いながら、隠者は瞬の一撃に意識を刈り取られた。





 そこら中から聞こえる小鳥達の鳴き声が朝の到来を告げる。

日の光も少ししか差し込まない森の中では、それが朝を知る方法だ。

ベッドの上で訓練の疲れから深く眠りこんでいたヴァネッサも、その朝の知らせに体は動かずとも目は開ける。


 『朝か・・・』


何処となく疲れた様な顔をした彼女だが、どちらにしても体はまともに動かないので、再び目を閉じる。

願わくば、もう一度お兄様の夢を。

完全に二度寝しようとした彼女だが、その目論見はドアをノックする来訪者によって脆くも打ち砕かれる。

仕方なく目を開いた彼女は、多少不機嫌そうに言う。


 『誰だ?』


 『瞬です、入っても』


 『あ、ああ、構わん』


瞬が来たというだけでさっきまで抱えていた不機嫌は消えていた。

ドアから姿を覗かせた瞬の手には昨日も飲んだ赤い液体の薬瓶があった。

それを見た途端、露骨に嫌な顔をするヴァネッサ。


 『嫌なのは分かりますけど、飲まないと動けないのでは?』


 『それはそうだが・・・。瞬は飲んだのか?』


 『あ、いえ、僕は飲んでいません。姫と違って体を鍛える事が主ではないみたいなので』


 『ぬぅ、ずるい』


 『ずるいと言われても』


 『分かっている。ただの冗談だ。にしても、その薬はもう少し飲みやすく出来ないのか?せめて、甘みがあれば飲みやすくなるんだがな』


 『難しいとは思いますけど・・・。あっ、それならケーキを食べている合間に飲むと言うのはどうですか?』


 『それなら多少は紛れるが、こんな場所にケーキなどって、おい』


ヴァネッサの言葉が終わらないうちに瞬は部屋から出ていった。

無視された様な気がしたヴァネッサは寂しげに顔を伏せ、ふとなぜ寂しく感じるのかと気になった。

人が全然いない環境だからというのもあるだろうが、例えば、今の瞬の行動をロビンがしていたならどうだっただろうか。

彼女は寂しいなどとは思ってもいなかったかもしれない。

それほどに彼女の中で瞬の存在は大きくなっていた。


 『瞬、か。不思議な奴だ』


考えてみれば、裸を見られて斬り捨てようとして逆に命を助けられ、出会ってから一週間程しか立っていない。

ヴァネッサは日本から来たと言う情報しか知らず、他は何も知りはしない。

にも関わらず、ヴァネッサにとって数少ない信頼できる者の一人となっていた。


 『日本から来たと言ったが、何時か帰ってしまうんだろうな。・・・出来ればこの国に残っていてくれないものか』


瞬がいなくなった時の事を考えた彼女の胸に小さく痛みが走る。

その痛みに戸惑いを覚える彼女の前に、パウンドケーキやクッキーなどの菓子を片手に瞬が戻ってきた。


 『ありましたよ~』


 『こんな場所によくあったな?』


 『ロビンさんがたまたま持っていたみたいです』


笑みを浮かべて返す瞬だが、勿論、この菓子はロビンの記憶から作ってもらったものだ。

ヴァネッサの側で瞬はパウンドケーキを一口サイズに切ると、フォークに突き刺して姫の前へと差し出す。


 『はい、アーン』


 『クッ!』


子供のころにやってもらった様な行為に抗議の声を上げようとするヴァネッサ。

ただ、体が動かない以上は食べさせてもらうしかなく、寸前の所で押し留まって顔を真っ赤にしながら口を開けた。

瞬はゆっくりと口の中にケーキを運び、ヴァネッサが口を閉じるとフォークを引き抜く。

途端に彼女の口の中に気分も晴れ渡る甘味が溢れ、自然と顔もほころぶ。

その顔に瞬も頬を赤くしながら、今度は薬を飲ませた。


 『んぐっ!?に、苦い~~~っ!ケーキで多少紛れても、やっぱり苦いぞ、瞬!』


 『じゃ、もう一度、はい、アーン』


 『や、やめ。もういい、自分で食べれるから』


今までの事が嘘のように体を起こしたヴァネッサは瞬から強引にケーキの乗った皿を奪った。

口の中にケーキを頬張りながらも、いまだに顔は赤い。


 『そ、その、なんだ。介抱してくれるのは嬉しいんだが、やっぱり、恥ずかしいと言うか・・・』


 『気にしないでください』


 『気にする!』


 『でも、闘技大会まではこうするしか方法が・・・』


 『う、ううん・・・』


毎朝、今の事をやると考えただけでヴァネッサは気恥ずかしさを覚え、たまたま瞬と目が会うと反射的に目を逸らしてしまう。


 『姫が恥ずかしくないよう目隠しでも』


 『いい、・・・今のままで』


 『いいんですか?本当に?』


 『いいから、今朝と同じようにやれ!我慢する。これを食べたら朝御飯を食べに行くからお前は先に行け』


 『はぁ、そうですか?では、お先に』


そっぽを向いてケーキを食べ続けて誤魔化していたが、ヴァネッサの顔どころか耳まで真っ赤であり、心臓の鼓動は普段よりも早い。


 『・・・もしや、私は』


何かに気付いたような彼女だが、その後の言葉は続く事はなかった。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。

出来れば文法や書き方、ストーリー展開で意見を頂けるとありがたいです。

お気に入り登録いただけるともっとありがたいです。


 雪で運転しづらくてしょうがない毎日です。

早く雪が消えてくれないものか('A')

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