不倫の代償(3)
事情聴取を終え、警察署を後にした清田は会社には戻らなかった。皆からの冷たい視線、そして根拠のない陰口にはとても耐えれそうになかった。清田は牛丼チェーン店で昼食を済ませてから自宅のマンションに戻った。妻はパート、一人娘は幼稚園に行っていて家には誰もいなかった。清田はジャケット脱ぎ、誰もいないリビングのソファにゴロリと横になった。「あーあ、これからどうなっちまうんだろ」そう呟くと清田はそのまま眠ってしまった。
窓の外に見える空が夕焼けで赤く染まり始めた頃、清田は目を覚ました。それと同時に清田の妻道子と一人娘の愛菜が一緒に帰ってきた。妻はパートを終えると娘の幼稚園に迎えに行き、一緒に帰ってくるのが日課となっていた。
「あれ、どうしたの?こんなに早く」妻は清田を見て驚いていた。
「いや、こっち方面に仕事があってさ、会社に帰るのも面倒だから直帰させてもらったんだよ」
「へー、珍しいね」道子はあまり気にも留めていない様子だった。
夜七時を回り三人で夕飯を食べ始めると、すぐに清田の携帯電話が鳴った。部長からだった。清田は慌てて電話に出た。
「はい、すみません。えっ、ちょっと待ってください。はい、分かりました」そう言うと清田は電話を切った。ほんの一分ほどの会話だった。
「誰から?」道子が尋ねた。
「部長から」清田の手は震えていた。
「何だって?」
「うん―」清田は口ごもった。
「何よ、こんな時間にかけてきたんだから、急用なんでしょ」
「明日から自宅待機だって」
「何で?あなた何かしたの?」道子は清田を問い詰めた。
明日からも警察の事情聴取は続くだろう。事件は新聞にもテレビにも報じられだろう。もう誤魔化し切れない。観念した清田は全てを白状した。不倫をしていた事、不倫相手の白石美佳が昨日事故で死んだこと、今日警察で事情聴取された事、全てを道子に話した。道子は言葉を失った。「その女と何年続いてたの?」道子はようやく口を開いた。
「3年」
「じゃあ何、私が愛菜の育児で大変だった3年間、あなたは私をずっと裏切ってたの。私が愛菜にミルクを上げている時も、愛菜が熱を出して大変だった時も、あなたはその女とずっと一緒に居たってわけ」道子は大声で清田を責めた。娘の愛菜は道子の大きな声に驚いて泣き出してしまった。その夜、道子は愛菜を連れて家を出て行った。
三か月後、清田和也の初公判が開かれた。清田の中学、高校で悪友だった岩田と川村が傍聴席の最前列に陣取っていた。立花刑事と橋本刑事の姿もあった。そして、白石美佳の転落事故の際、マンションの近くにいた黒づくめの男も傍聴席の最後列に座っていた。裁判長の発声で第一回の公判が始まった。
「被告人は氏名、年齢、職業を述べて下さい」
「清田和也、三十五歳、職業は無職です」清田は既に会社を辞めていた。
争点は清田が保護責任者に相当するかどうかに絞られていった。続く第二回公判で検察側弁護側、双方からの意見は出尽くし、これで結審となった。黒づくめの男はこの裁判を二回とも傍聴席から真剣に聞いていた。
判決の日、第一回と同じく岩田、川村、立花刑事、橋本刑事の姿が傍聴席の最前列にあった。黒ずくめの男は最後列に座っていた。検察官、被告人、裁判官全員が揃い、いよいよ判決の時となった。
「主文、被告人を拘禁刑6年の刑に処する」裁判長は判決を言い渡した。
「理由、被告人は、保護責任者としての責任があったにもかかわらず、被害者を遺棄し、死亡させたものであり、その刑事責任は重大である。犯行の結果は極めて重大であり、被害者が死亡に至った結果は取り返しがつかない。よって、実刑は免れないと判断しました」
裁判長の判決を聞き、清田は泣き崩れた。この瞬間、清田は全てを失ったのだ。妻、一人娘、仕事、そして自由までも。しかしこの時、清田とは対照的にニヤリと笑みを浮かべている男がいた。黒ずくめの男だった。
「これで閉廷します」裁判長が宣言すると、裁判官、検察官、被告人は退廷し、傍聴人たちもゾロゾロと法廷を後にした。清田の悪友、岩田と川村も法廷から出ようとした時、川村が黒ずくめの男に気づいた。
「なあ、あの男どっかで見た事ないか?」川村は岩田に言った。
「いや、俺は覚えてないな」
「うーん、あの目、ずっと昔、どこかで見たことがあるような気がするんだよな」そんな川村の言葉を気にする様子もなく岩田は法廷から出て行った。
黒づくめの男は最後の一人になるまで法廷に残っていた。男は勝利に酔いしれているようだった。
つづく




