不倫の代償(2)
警察署に着くと清田はすぐに取調室に連れて行かれた。清田の取り調べは引き続き立花が行った。取調室では、立花と清田は机を挟んで向かい合って座り、橋本は出入り口付近の椅子に座った。取り調べは第一会議室での話の続きから始まった。
「先ほどの話では清田さんと白石さんのお二人が話をしている途中に、白石さんが、何の前触れもなくベランダに飛び出し、そのまま飛び降りてしまった、という事でしたが、間違いないですか?」
清田は無言で頷いた。
「前触れもなくですかー、不思議ですよね」立花は少し考えてから、また質問を始めた。
「それじゃあ、その直前にどんな話をしていたのか教えてもらえますか」
「いや、それは―」清田は返事に窮した。
「言い辛そうですね。私が代わりに言って上げましょうか。あなたは別れ話を切り出した。彼女はそれを拒否した。彼女は拒否しただけでなく不倫の事を奥さんにばらすと言った。逆上したあなたは白石さんをベランダから突き落とした。違いますか?」
「違います。私は本当にやっていません。」清田は必死に否定し、やっと白状し始めた。「分かりました。正直に言います。彼女はいつ奥さんと分かれてくれるの?と聞いてきたんです。元々、私には妻と分かれる気などありませんから、私はいつも通りはぐらかしました。もう少し待ってくれ―私はいつもの決まり文句を言いました。その瞬間です、彼女は急に立ち上がってベランダに飛び出していったんです。本当です。信じて下さい。」
「じゃあ何か、君は彼女が自分の意志でベランダに飛び出して自分の意志でベランダから飛び降りた。そう言うんだな」
「そうです。本当にそうなんです。あっという間の出来事に止める暇もなかったんです。お願いです、信じて下さい」
「うーん」と言ったまま立花は黙ってしまった。
「分かった。とりあえず、先に進めましょう。では、その後のあなたの行動についてお伺いしましょうか」立花は話を進めた。
「恐くなって逃げ出しました」清田は恥ずかしげもなく堂々と答えた。立花はこの男の身勝手さにすっかり呆れてしまった。
「清田さん、あなたは愛人が飛び降りたというのに、心配する事もなく逃げ出したというんですか」立花は少し怒った声を出した。清田は下を向いて黙ってしまった。
「普通、付き合っている女性が事故に遭ったら110番をしたり、救急車を呼んだりすると思うんですがね。それをあなたは何もせずに彼女を見殺しにしたんですか」立花は清田を責めた。
「見殺しって、それは少し言いすぎじゃないですか。だいたい、彼女の部屋は五階ですよ。あの高さから落ちたらもう助からないと思うじゃないですか」
立花は清田のあまりにも自分勝手な理屈に心底腹を立てていた。
「ほう、どうせ救急車など呼んでも無駄だから、放っておいて逃げた、そういう事ですね」立花の声はますます大きくなっていた。
「いや、そういう事じゃなくて、私もパニック状態でしたし、それに―」
「それに何ですか」
「妻にばれるとマズイじゃないですか」清田はぬけぬけと本音をしゃべった。立花にはこの男の神経が信じられなかった。
「ふー」立花は大きな息を一つ吐くと、清田を睨みつけながら話を続けた。
「ただね、清田さん、あなたは非常にまずい事をしたんですよ」
「何がですか?」
「いいですか、あの状況下であなたには保護責任者としての義務があったんです。あなたはその義務を怠り、白石さんを死なせてしまった。あなたは保護責任者遺棄致死という罪に問われる可能性があります」
「保護責任者遺棄致死?」清田には言葉の意味が分からなかった。
「ええ、もし保護責任者遺棄致死で有罪になった場合、最長二十年の懲役刑ですからね。覚悟しておいてください」
「懲役二十年ってどういう事ですか。そんなの意味分かんないですよ」
「今日のところはもう帰っていただいて結構です」立花は清田の質問を遮り、任意の取り調べを終わらせた。この男の無神経さに立花は腹の中が煮えくり返る思いだったのだ。
清田を帰した後、立花と橋本は喫煙室にいた。
「立花さんはどう思います?」
「まあ、清田の言っていることは本当なんだろうな。だいたい、今どきの女がそんな事で自殺なんかしねえだろ。」
「ええ、私もそう思います」
「例えば、白石美佳は清田を脅すつもりでベランダに出た。ところが何かのはずみで転落してしまった。まあそんなところなんじゃないか」
「そうですね、やっぱり殺人での立件は難しいでしょうね」
「まあ、清田が殺人で立件されるのか、保護責任者遺棄致死罪で立件されるのかは検事さん次第だな」立花はそう言ってタバコの火を消した。
つづく




