第七話 アイリス
翌日。
カーテンの隙間から入ってくる朝日で僕は目を覚ました。
.........相変わらずすごい部屋。
部屋を見渡して僕はそう思った。
部屋も僕が泊まっていた宿よりはるかに広いし、家具もベッドも一級品で、平民育ちの僕には「壊したらどうしよう」と思い怖くなってしまった。
目を擦りながら布団を出て身支度を整えていると、アイリスさんがドアの影からチラッと顔を出してこちらを見ていた。
エイト「.......アイリスさん?」
そう呼ぶと彼女は肩を跳ねさせ、小動物のように身を縮めた。
.......怖がらせてしまったのだろうか。
アイリス「あ、あのっ........あ、朝ごはんができたので......その.........」
........なるほど。
どうやら朝食の準備ができたことを教えにきてくれたみたいだ。
エイト「ありがとうございます。
準備ができたら向かうとエルリックさんに伝えてください!」
僕はできるだけ怖がらせないように笑顔で返事をした。
すると、アイリスさんは顔を真っ赤にして、すぐドアの裏に完全に隠れてしまった。
何か粗相をしてしまったのだろうか?
そんな不安に駆られていると、アイリスさんは消え入りそうなほど小さくか細い声でこう言った。
アイリス「あ、あの.......服は着ないのですか........?」
..................あ。
そう言えば僕、まだシャツ着てなかった。
エイト「す、すみません!すぐ着ます!!」
僕は慌てて用意されたシャツを着た。
........あれ?
昨日お昼ご飯と晩ご飯を食べた時は、ギデオンさんが呼びにきてくれたはず、、、
なんで今日はアイリスさんなんだろう?
エイト「あの、、、アイリスさん?」
アイリス「は、はい!!」
...........どうやら相当人付き合いが苦手のようだ。
エイト「昨日ご飯食べる時はギデオンさんがきてくれたと思うんですけど、、、なんで今日はアイリスさんが?」
すると、アイリスさんはポツポツ話し始めた。
アイリス「え、えっと......私、人見知りで.....
公爵令嬢だから.......その........ど、同年代の子達にも避けられて.......と、友達がいなかったから..........
ご飯で呼びに行ったら......その.....一緒に食堂まで行けるかなって.......思って.......」
そうか......友達がいなかったのか.......
貴族令嬢というのも意外と不便なのかもしれない。
エイト「もちろんです!一緒にいきましょう!」
アイリス「ーーーーはい!」
そう言って、彼女は陽だまりのような笑みを浮かべた。
食堂について席に座ると、セレスティアさんはもう席に座っていた。
セレスティアさんは姿勢良く、落ち着いた様子で座っており、僕は思わず見惚れてしまった。
アイリス「ーーーーーさん、エイトさん?」
エイト「ハッ......すみません!」
エルリ「オイオイ、娘よりセレスティア嬢か〜?」
僕がアイリスさんに謝ると、エルリックさんは笑いながらそう言った。
エイト「す、すみません.......」
僕はとりあえず謝った。
アイリス「も、もうっ!お父様!
私は大丈夫ですから!」
エルリ「ハッハッハ、冗談だよ。」
アイリスさんは少し怒り気味にそう言った。
やはり家族にはあまり緊張しないようだ。
そんなこんなで僕たちは食事を始めた。
最初はお茶を飲むようだ。
昨日も飲んだが、ほのかに花の香りがして絶品だった。
次に、僕の目の前にはパンと思われるものが出された。
エイト「.......あ、このパン美味しい」
僕が今食べているパンは一般的に食卓に出される黒パンとは違って色が白く、柔らかかった。
ほのかにバターと蜂蜜の香りがした。
癖がなくあっさりした味で、黒パンより遥かに食べやすい。
こんなパンがあるなんて.....全然知らなかった......
セレス「宿屋で出るのは黒パンが多いですからね。
こう言った白パンはエイトさんは初めてでしょうか?」
エイト「え?セレスティアさんは食べたことがあるのですか?」
セレス「えぇ、ちょっと。」
そんな話をセレスティアさんとしていると、どこからか視線を感じた。
視線の方向を辿ると、アイリスさんがこちらをじっと見つめていた。
エイト「ア、アイリスさん?」
僕がそう聞くと、彼女はビクッと肩を振るわせた。
.........本当に人見知りなんだな。
そう思っていると、アイリスさんは遠慮がちに僕たちにこう言った。
アイリス「あ、あの.....お、お二人は恋人なのですか.....?」
エイト「!?」
あまりに唐突な質問に、僕はむせて咳が出た。
エイト「ち、違っ..........僕たちはーーーーーーー」
セレス「違いますよ。ただの冒険者仲間です。」
セレスティアさんは困ったように笑いながらそう言った。
............ですよね。
僕は少し悲しくなった。
僕は不意に窓に映る建物が気になった。
まるで物語に出てくるお城のように立派な屋敷で、この本邸よりも豪奢に感じられた。
エイト「.......アイリスさん、あのお屋敷には誰が住んでいるのですか?」
そう言うと、アイリスさんは少し目を伏せて言った。
アイリス「.......大国から来た皇太子殿下がこの国にいらっしゃる時に建てられたもので.......」
エイト「大国?」
アイリス「ぐ、軍事国家フォルティトゥード・イプサ・ユースティティア皇帝国。
世界最強の軍事力を誇る超大国です。」
へぇ、そんなすごい人がこの国に来ていたのか。
国外のことなど考えたこともなかった僕にとっては未知の世界だった。
エイト「今もいるんですか?」
アイリス「は、はい。朝から鍛錬をして.........今はあの別館でそのまま食事を摂っていらっしゃると思います。」
エイト「へぇ、すごいですね!
そんな国があったなんて僕初めて知りました!
ねぇセレスティアさーーーーー」
僕がセレスティアさんの方を見ると、彼女は黙ったまま窓を見つめていた。
僕が話しかけてもまるで心ここに在らずといった様子でずっと別邸の方を見続けていた。
その顔は少しだけ寂しそうだった。
どうしたんだろう.......あの別館に行きたいのかな?
まぁ正直僕もあんなところに住んでみたいけど........
エイト「セレスティアさん?」
セレス「........あ、すみません、なんでしょうか?」
彼女の名を呼ぶと、彼女はやっとこちらの方を向いてくれた。
エイト「どうしたんですか?
別邸に興味あるんですか?」
セレス「い、いえ....そういうわけでは.......
すみません、ぼうっとしてしまって。」
エイト「すごいですよね〜あのお城。
今度行ってみます?」
“アイリスさん、案内していただけますか?”
そう言おうとして僕は口をつぐんだ。
彼女を見ると何かに怯えている様子だった。
空色の瞳にはうっすら涙が浮かび、手足が小刻みに震えている。
顔色も悪く、肌は青白かった。
.........もしかして、大国から来た皇太子様というのは怖い人なのだろうか。
そんなことを考えているうちに食事は終わり、僕とセレスティアさんは客室に戻った。
だが、僕はあの時見たひどく怯えた様子のアイリスさんの姿が頭に焼き付いて離れなかった
大丈夫かな......もしかして酷いことをされたのかな?
いや、断定するにはまだ早いだろう。
彼女は極度の人見知りだ。
名前を呼ばれただけで怯えて縮こまってしまうほど。
もっと彼女が苦手そうな........そう、きっと大柄で、声が大きい人なのかもしれない。
色々な考えが頭の中を駆け巡ったがどれも納得できず、結局本人に聞くことにした。
僕はアイリスさんの部屋に行き、扉を叩いた
エイト「アイリスさん、今大丈夫ですか?」
だが、返事はなかった。
どうしたんだろう........寝てるのかな?
そう思っていたら不意に背後から話しかけられた。
ギデオン「お嬢様なら今庭園で花を愛でていらっしゃいます。」
エイト「うわっ!!」
びっくりした........いつの間に後ろにいたんだろう?
全然足音が聞こえなかった......
エイト「あ、ありがとうございます!
僕ちょっと行ってきます!」
そう言って僕は走り出した。
ギデオン「........ご案内しようと思ったのですが。」
屋敷を出て庭を走り続けていると、溢れんばかりの花が咲き誇る場所に出た。
ピンク、水色、黄色、白........色とりどりの花が咲いていた。
そして通路の向こうに、座り込んで花を眺めているアイリスさんの姿があった。
僕はアイリスさんに声をかけた。
エイト「アイリスさん!」
僕が話しかけると、彼女は驚いたような顔でこちらを向いた。
アイリス「エ、エイトさん!?
きゃあっ!」
慌てて立ち上がり、僕に近づこうとしたところで、
彼女はドレスに足を引っかけて転びそうになる。
エイト「ーーー危ない!!」
僕は咄嗟に前に出てアイリスさんを受け止めた。
.........あ。思ったより重いかも。
ヤバい.......倒れそう!
彼女は細くて小柄だ。
おそらく普通よりは体重が軽い方なのだろう。
だがしかし非力な僕はのしかかる彼女の体重に耐えきれず上半身が傾いてしまった。
だが転倒する一歩手前でなんとか踏ん張り、僕はアイリスさんに声をかけた。
エイト「大丈夫ですか!?」
アイリス「は、はい........」
そう言うアイリスさんの声は弱々しかった。
見下ろすと、アイリスさんは耳まで真っ赤になっている。
どうしたんだろう.......熱でもあるのかな?
僕はアイリスさんから離れながらそう思った。
しばらく沈黙が流れる。
な、何か言わなきゃ.......
そう思い、僕は口を開いた。
エイト「.....花が、好きなんですか?」
そう言うとアイリスさんは朗らかに笑った。
アイリス「は、はい......!
あの、良かったら見ていきますか?」
エイト「是非!よろしくお願いします!」
そう言った瞬間、彼女は花が咲いたように笑った。
薄桃色のまつ毛に縁取られた空色の瞳はキラキラと輝き、まるで瞳の中に無数の星が瞬いているようだった。
その笑顔に、僕は一瞬我を忘れて魅入ってしまっていた。
その後僕はアイリスさんに連れられて庭園を見て回った。
アイリスさんはとても嬉しそうに色々な花の名前や花言葉を教えてくれた。
本当に、花が好きなんだな。
そうやって花を見て回っていると、1輪の青い花が目に留まった。
三枚の花弁が天に向かって真っ直ぐに伸び、残る三枚の花弁がふわっと末広がりに下に向かって垂れ下がる独特の形をしていてまるで瑠璃色のドレスを来た女性を象ったような花だった。
エイト「アイリスさん、あの花はなんですか?」
するとアイリスさんはゆっくり花に近づいた。
愛おしそうな目で花を見つめながらアイリスさんは静かに話し始める。
アイリス「これは.........”アイリス”という花です。」
エイト「アイリスさんと同じ名前ですね!」
アイリスさんは寂しそうに微笑んだ。
アイリス「花言葉は色によって違うんです。
青色の場合は”強い希望”、”大きな志”、”信念”。
........”シルヴェール家の一員として、確固たる意志を持って行動する気高く強い女性になるように”と、亡くなった祖母が私につけてくれた名前です。」
エイト「ご、ごめんなさい!」
僕は慌てて謝った。
まさかそんなことがあったなんて......
アイリスさんは首を横に振った。
アイリス「いいんです、もう何年も前のことなので。」
エイト「でも......」
アイリス「..............」
アイリスさんはしばらく黙ったあと、アイリスさんはぽつりぽつりと話し始めた。
アイリス「.......この花は、私のお気に入りなんです。
シルヴェール家は代々文官を輩出する家で、体を鍛える習慣がないから、、、
他の貴族や他国の王族に舐められないようせめて心だけは気高く強くあれと幼い時から教えられてきました。」
なるほど........どうりで。
エルリックさんも、特別大柄という訳でもないのに妙な迫力があった。
アイリス「姉様達はもうみんな結婚していて、兄様たちは王宮に呼ばれているので今はいません。
でもみんな強くて堂々としていて、どんなに怖い人にも毅然と対応していて.....私の自慢の兄様達と姉様達なんです。」
そうなんだ。
折角だから会ってみたかったな。
そんなことを考える僕をよそにアイリスさんは続けた。
アイリス「でも、私は兄や姉たちと違い気が弱く小心者で.......果物ナイフにすら怖がる始末で........
皇太子殿下が来訪した時も一言も喋れなくて......
殿下は笑って許してくださったけれど、すごく情けなくて..........
自分でもわかってるんです、このままじゃダメだって。
私も姉様や兄様たちのように強くなりたい。
だから、勇気が欲しい時は花を見によくここに来るんです。
風が吹き、豪雨が降り注いでも決して折れず耐え抜くこの子達を見ていたら、私も”頑張ろう”って思えるから。」
そう言ってアイリスさんは慈しむように茎を撫でた。
アイリス「でも......全然ダメですね。
エイトさん達に会った時も、私緊張してしまって.......
自分が、、情けないです。」
悲しそうに微笑む彼女の姿に、僕は自分の姿を重ねた。
僕も同じだった。
”赤い獅子”を追い出された時も何も言えず、エクリプスと戦った時も僕は途中で力尽きてしまった。
でも.........それが僕だ。
エイト「別にいいんじゃないですか?」
アイリス「.......え?」
エイト「誰にだって得意不得意はありますよ。
どんなに弱くても、
どんなに情けなくても、間違いなくそれはアイリスさんの一部なんだと思います。
僕はアイリスさんの優しいところ、好きですよ。」
アイリス「エイトさん......」
そう言うと、彼女の瞳から涙が零れ落ちた。
え、泣かせちゃった.......?
そう思ったら、彼女は顔を上げた。
アイリス「ーーーーーーありがとうございます......!」
彼女は春の陽だまりのような暖かな笑顔でそう言った。
風で舞い上がった髪を抑えながら微笑む彼女は、彼女の周囲に咲き誇る満開の花々よりも、ずっと綺麗だった。
ーーーーーだが、そんな穏やかな日々は、ある日突然終わりを告げた。
作者です!
次回は久しぶりのアクション回!
庭園で笑い合うアイリスとエイト。
そんな二人に魔の手が、、、
そして思わぬ増援が?
次回「第八話 襲撃者」お楽しみに!!




