閑話 アーサーとセレスティア
ーーーーーーー王国歴183年秋。
プエルグラトゥス王国で、ある催しが行われていた。
一般席だけでも収容可能人数は5000人を超える闘技場が人で溢れかえった。
剣と剣がぶつかる音がする。
凄まじい熱気と興奮で空気が激しく震え、耳を劈くほどの声援が闘技場を満たす。
だがーーーーー各国の王族や皇族達のために用意された貴賓席がある最上階だけは違った。
永久凍土に包まれたかのように冷たく、一階にいる選手ですら一瞬気圧されるほど重々しい沈黙が流れる。
見定めるかのような視線が、全身が無数の針に刺されたように選手に鋭く突き刺さる。
今日はグラディオス武闘会の日。
大国の皇族や王族たちも来るということで、プエルグラトゥス王国最大の目玉行事とも言われている。
去年まで成人しか参加できなかったが、ユースティティア皇族の提案で子供部門が最近設けられた。
だがーーーーー
観衆A「いやぁ.........子供部門....ねぇ...........」
観衆B「親は......見に来るんじゃないか?」
観衆C「まぁ.......うん、別にわざわざ見に行くほどじゃないよな.........」
この有様だった。
無理もない。
ヴァレンティア公爵家やユースティティア皇家のような例外を除き、ほとんどの場合幼い頃から剣術を習わせるような習慣はない。
そこに身分の貴賤は関係なく、特に貴族達は怪我を恐れて武術の鍛錬を忌避する傾向が強かった。
故に子供の武闘会など、開いたところで見るに耐えないチャンバラごっこを見せられるだけ。
故に、人気は無かった。
だがーーーーー今日は違った。
ヴァレンティア公爵家の神童セレスティア・エペ・ヴァレンティア公爵令嬢が大会に参加するからである。
王国始まって以来初の剣術適正SS判定を叩き出した天才児。
聴衆の関心は、ただ一人の少女に集まっていた。
セレスティアの一回戦は、一番最初の試合だった。
故に、グラディオス武闘会子供部門第一試合には、多くの観客が集まった。
だがーーーーーーーーーセレスティアの対戦相手を見た瞬間、闘技場は静寂に包まれた。
しばらく、重々しい沈黙が流れる。
その後、小さくどよめき、そのまま大きくなった。
観衆A「オ、オイ.......あの黒髪......!」
観衆B「遠くからじゃなんとも言えないが........いや、あの美貌は第四の......」
観衆C「あ、あの余裕がありながら隙のない佇まい......無警戒に見えて一切油断の見えない目.........只者ではない........!!」
(※コイツらは平民じゃありません。)
そう、侵略せずして世界を恐怖に陥れた伝説の軍事大国にして生きる超古代帝国
フォルティトゥード・イプサ・ユースティティア皇帝国の第四皇子アーサー・フォルティトゥード・ユースティティアが何故か名前を偽って参加していたのだ。
尚、当時は皇太子ではない。
だが、セレスティアはそんなこと知る由もなかった。
剣すら構えず飄々とした態度。
剣ダコが一つもない綺麗な手。
日焼けの跡が見えない真っ白な肌。
セレスティアから見れば彼は美貌以外はそんじょそこいらの貴族と変わらない、剣術を舐め腐った子供に見えていたのだろう。
幼く、ヴァレンティア家の剣術に誇りを持っていたセレスティアが嫌いなタイプだった。
不快そうに眉を顰め、低い声で言う。
セレスティア「.......棄権するなら今のうちです。
私は、あなたのように武の道を甘く見るような輩に手加減するほど優しくありません。」
その瞳には、真っ直ぐな意志と芯の強さが見える。
大人でも気圧されるほど強い瞳。
だがーーーーーーアーサーは欠片も怯まなかった。
鐚一文の敵意すら滲ませず、ただただ純真無垢な笑顔で無邪気に返す。
アーサー「戦いとは戦い以上の意味は持たん!!
戦いたい奴は戦い、逃げたい奴は逃げるのだ!!!
俺は戦いたいから戦う!!
そこに舐めるも何もない!!」
その笑顔は、あまりに純粋だった。
まるで生まれたばかりの赤子の如く、鐚一文の悪意も雑念も煩悩も一切見えない。
ガラスのように透明な瞳に宿る眩いほどの光は、欠片も歪んでおらず、定規を引いたかの如く真っ直ぐだった。
そのあまりに純粋すぎる瞳に、セレスティアは一瞬気圧された。
だが、次の瞬間、言い返せない悔しさとアーサーへの苛立ちがマグマのように燃え上がった。
セレスティア「そ、そんなの詭弁ですっ!」
審判「ーーーー第一試合、はじめ!!」
セレスティアは地面を蹴る。
左右に大きく横移動しながらアーサーの様子を窺う。
しばらくアーサーはセレスティアの動きに合わせて目を動かしていたものの、突如、セレスティアと目が合わなくなる。
セレスティア(ーーーーーここだっ!!)
セレスティア「セァァァァッ!!!」
地面を蹴り、彗星の如く突進しながら刺突する。
普通の人間であれば反応できぬ、稲妻の如き速さ。
だがーーーー間合に入った瞬間、笑顔のアーサーと目が合った。
直後、アーサーが消えた。
セレスティア(嘘......!!どこッ.......!?)
アーサー「ーーーーーあはははは!!すごいすごい!!すっごく速いぞ!!
面白いのだ!!!」
突如、背後から何の混じりっ気もない無邪気な笑い声が響いた。
振り返ると、先程まで正面にいたはずの黒髪の少年が、後ろで嬉しそうにはしゃいでいた。
その笑顔には、勝ち誇る感情も、セレスティアを見下すような気配も、何もない。
ただただおもちゃで遊ぶ幼子のようにキラキラとした眼差しで、遊園地に来た子供のようにはしゃいでいた。
ーーーーー試合中に、である。
セレスティアは歯軋りした。
生まれてこの方、ここまでムキになったことはない。
セレスティア「........ッ!!それならッ.........避けられないくらい浴びせてやります!!」
セレスティアは踏み込む。
闘技場の観客席の前の壁と地面を足場に縦横無尽に飛び回る。
その速さは流星の如く。
普通の人間の目には無数の白銀の閃光が武舞台を覆い尽くしたようにしか見えなかっただろう。
アーサーに一泡吹かせたかったのか、あえて正面から踏み込み、連撃を浴びせる。
その速さはまさに流星群の如く。
剣筋を追うことすら許されない神速の無数の銀閃がアーサーに襲いかかった。
だが、
ーーーーーーーーヴンッ
セレスティアの目にはアーサーの姿が小さく細かく振動し、一瞬だけ何重にも重なっているように見えた。
セレスティアの剣は全て空を切る。
まるで幻に攻撃したかのような不可解な現象に、セレスティアは呆然とアーサーを見つめた。
アーサー「わぁーーーーーい!!
すっごく面白いのだーーーーーーー!!
いい反復横跳びの練習になったぞ!!ありがと!!」
普通に考えれば挑発以外何ものでもない発言だろう。
しかし、目が。
目が途轍もなく輝いていた。
まるで瞳の中に無数の星が瞬いているかの如く、周囲をパッと明るくするような眩い光を湛えていた。
声にも鐚一文の悪意も他意も感じられない。
動きの速さも、鋭さも、セレスティアには想像もつかないほど凄まじい。
佇まいの隙のなさ、無駄がなく洗練された動き.......どれを取っても数十年前から戦場に出て技を磨いてきた歴戦の猛者にしか見えない。
それなのに、精神年齢はまるで幼児そのものだ。
”なんなのだ、この男。“
セレスティアはそう思った。
うん。
その気持ちはすごくわかる。
アーサー「よーし!!今度はこっちの番だな!!」
ーーーーーーードガァァァァァァァンッ!!!
あまりに一瞬だった。
何をされたか、理解すらできなかった。
アーサーの声を聞き終えた瞬間、既にセレスティアの体は闘技場の壁に強く打ち付けられていた。
時を飛ばされたかのような、あまりに不可解すぎる現象。
セレスティアはあまりの不可解さに頭が真っ白になるような感覚を覚えた。
闘技場の中央で、彼は不思議そうに首を傾げ、キョトンとしていた。
まるで、0歳児のように。
アーサー「............?避けないのか?」
無理に決まってるだろ!!!
何なんだ今の!!
審判「じょ、場外!!勝者、フォルティトゥード・イプサ・ユースティティア皇帝国第四皇子アーサー・フォルティトゥード・ユースティティア殿下!!」
試合を終わらせる声が試合場に響き渡る。
アーサーは頭の上から何かが落ちてきたみたいな衝撃を受けたような顔で言った。
アーサー「えぇ!?何で俺の本名知ってるんだ!?
ちゃんと偽名使ったのに!!」
髪色でバレてんだよなぁ.............
あと、貴賓席の人間なら普通にリストが手元にあるだろうし。
アーサーは嬉しそうに目を輝かせ、元気に飛び跳ねながら言った。
アーサー「お前もしや只者じゃないな!?
俺と戦えっ!!」
.............変わらないねぇ..........
しばらくキャッキャと審判の周りを飛び跳ねたあと、アーサーはセレスティアのところまで突進した。
雷の如く速く走り抜けたにも関わらず、欠片も息が上がってない。
アーサーはセレスティアに手を差し伸べながら、キラキラした笑顔で言った。
アーサー「お前強いな!!
他国でお前ほど速い奴に会ったのは初めてだ!!
頑張れよっ!!」
だが、セレスティアは反応しない。
ーーーーーいや、反応できなかった。
セレスティアは、背中に走る激しい痛みに耐えるのに必死だった。
呻き声を上げながらプルプル小刻みに震えている。
息も荒い。
アーサーの周囲に無数の魔法陣が出現する。
突如ーーーーーーセレスティアの体が黄金の光に包まれた。
徐々に背中の痛みが消える。
黄金の光が消え、セレスティアが顔を上げると、アーサーは相も変わらず無垢な笑顔を浮かべていた。
アーサー「これでもう痛くないのだ!!
俺はアーサー・フォルティトゥード・ユースティティア!!
フォルティトゥード・イプサ・ユースティティア皇帝国の第四皇子だ!!
よろしくなっ!!」
そう言ってアーサーは再度手を差し伸べる。
あまりに邪念が無さすぎる瞳に、セレスティアは胸の内にあった怒りが失せていく感覚を覚える。
その代わりにセレスティアの口元から笑みが溢れる。
セレスティア「..........私はセレスティア・エペ・ヴァレンティア。
プエルグラトゥス王国ヴァレンティア公爵家の次女です。
........よろしくお願いします。」
そう言って、セレスティアはアーサーの手に触れる。
その手は羽毛のように柔らかく、そして暖かかった。
深緋色の瞳と、黄金の瞳が交差する。
ーーーーーーーこれが、アーサーとセレスティアの関係の始まりの瞬間である。




