プロローグ 『 終わりの始まり』
「絶対に助ける。お前たちを、必ず全員――だから、もう少しだけ耐えてくれ……」
絶望に駆られたその若者は、そう吐き捨てた。
王都が燃えている。
炎の中に幾つもの骸が転がり、逃げ惑う人々が瓦礫と煙にまみれてよろめいていた。立ち込める黒煙が、視界を覆い尽くす。
その混沌の只中、彼だけが立ち尽くしていた。
見開かれた両目には、刃のような鋭さと、どこか幼さの残る無垢な光が同居している。目の前で起きていることの重さを、まだ受け止めきれていないのかもしれない。
灰の霧に紛れながら、ゆっくりと振り返る。見覚えのある場所を探すように。
ふと、鼻先を掠める匂いがあった。煙とは違う、もっと古い何か。それが何なのか、彼にはわからなかった。
風が短く乱れた髪を叩き、小さな火の粉を巻き上げる。地面に届く前に、それらは音もなく消えていった。
眉根を寄せ、唇の端にわずかな笑みが浮かぶ。
次の瞬間、王都の出口へ向かって駆け出していた。
そこには巨大な門がある。頂は煙に紛れて見えないほど高く、渡るには橋を越える必要があった。橋の下を流れる川面には、業火の橙色が揺らめきながら映り込んでいる。
ピタリと足を止め、上着のポケットから一枚の紙を取り出す。急いた指先で、それを開いた。
「……見せてもらおうか」
時間が経つほどに、風は冷たさを増していく。骨の髄まで凍らせるような、鋭い一陣。
紙をしまい、再び駆け出す。灰色の上着が風にはためき、まるで千切れかけた旗のように後ろへ靡いた。
歩みを速め、王都を後にする。やがて広がるのは、深い森だった。
あたりには虫の羽音が満ち、葉擦れのざわめきと混じり合う。さっきまでの地獄とは対照的な、どこか耳に優しい音――サワサワ、と。
「……塔に戻らないと」
呟きながら、歩を進める。落ちた枝を踏みしめ、倒れた木々の幹を避けながら、森の奥へと進んでいった。




