第07話 手がかりが見つかったロースターで
「さぁ、次が本番よ」
ロリータ服専門店を後にしたふたりが辿り着いたのは、街の中心部から少し外れた工場地帯だった。
倉庫や作業場が立ち並ぶ一角に、それはあった。看板もなければ、ショーウィンドウもない。ガレージを改装したような無骨な建物が、ただそこに構えている。
「ロースターよ」
「おぉ〜……なんかお店っていうか、工場みたい〜」
「業者向けだからね。普通の豆屋には置いていない品種まで揃ってるの」
レントが先導し、ごめんください、と扉を開けた。
その瞬間、ルウの耳がピクリと動いた。くんくん、と鼻が動き出す。それからじわりと表情が解けて、
「おわ〜! いろんなコーヒーの匂いがする〜!」
店の奥には、重厚な金属でできた焙煎機が鎮座していた。そのかたわらに立っていた店員が気づき、「いらっしゃいませ」と静かに頭を下げる。
「レント様よりお伺いしております。豆のご用意ができておりますので、こちらへどうぞ」
くるりと向きを変え、奥の部屋へと案内される。
「わーい!」と駆け出しそうになるルウの首根っこを、レントがさっと制した。
「こら、走らない」
「は〜い」
お姉さん気分でそう言いながら、レントはルウと並んで部屋へと入った。
*
扉の向こうには、ずらりと瓶が並んでいた。それぞれの瓶の中に、色も粒もわずかに違うコーヒー豆が詰まっている。
「見て見て、レンちゃん! コーヒー豆がたくさん!」
「この前、あの喫茶店のコーヒーの匂いに近いって言ってたでしょう」
「うん〜」
「だからセーロ系の豆を中心に揃えてもらったの。セーロも産地によって全然違うから、パオ港から入ってくる豆以外の品種もピックアップしてもらったわ」
「おお〜!」
「ほら、嗅いでみなさい」
レントがそう言い終わる前に、ルウはすでに瓶の蓋をパカッと開けていた。
くん……くん……。
ひとつひとつ、丁寧に。ルウはただ黙って嗅いでいる。
「どうかしら」とレントが声をかけても、返事がない。くん……くん……と、ただ嗅ぎ続けている。
「ルウ……?」
少し心配になって顔を覗き込んで、レントは息を呑んだ。
目を閉じて、眉をかすかに寄せて、唇をきゅっと結んでいる。普段のふわふわとした表情からは想像もできない、研ぎ澄まされた集中の顔だった。
(……はじめて見る、ルウの表情だ)
本気で、探しているのだ。お父さんのコーヒーを。
レントは黙って、その横顔を見つめていた。
しばらくして、ルウがぱっと目を開いた。
「あっ……」
小さな声が漏れる。
「……これ」
「あったの!?」
「これが……一番近い、かも」
ルウの表情がふにゃりと、いつものものに戻っていく。けれどその奥に、うっすらと残念そうな色が混じっていた。
「でも、ぴったり一緒じゃなかった〜」
「……そう、よね。そんなに簡単に見つかるわけないか」
レントも、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。それから気持ちを切り替えるように瓶を手に取り、ラベルをじっと確認する。
「これ、セーロの中でもかなり山奥で作られている品種ね」
「うん」
「次はもっと産地を絞って探してみましょう。方向は間違ってないわ」
「うん! レンちゃんありがとぉ〜」
ルウの表情に、じわじわと元気が戻ってくる。
「こんな探し方、ルウだけじゃ絶対できなかったよ〜。さすがレンちゃん〜」
「べ、別に……これぐらい、商社にいれば当然よ」
プいっと横を向きながら、レントはそう言った。
*
ルウはきょろきょろと部屋を見回しながら、また鼻を動かし始めた。
「それにしても、ここいろんな豆の匂いがするね〜。ホワイトエボニーとか、コラ・ラピスとか、ニア・ルビーとか〜」
どんどんと豆の名前が出てくる。レントはわずかに目を細めた。
「……どれもケモノのフンから作る、高級コーヒーばかりね」
ちなみにレントは、そういった類のコーヒーが少しだけ苦手だ。嫌いというほどではないが、積極的には近づかない。
「え〜、だってすごくいい匂いだもん〜」
「というか」レントは少し首を傾けた。「よくそんな高級豆の匂いを知ってるわね。普通、出回らない豆よ」
ルウはきょとんとした顔で答えた。
「うん、だって家にあるし〜」
「……え?」
「家にって……そんなの、喫茶店のバイトだけで買えるような豆じゃないわよ?」
その瞬間、ルウの顔が変わった。
ふわふわとした普段の表情ではなく、どこか譲らないような、真剣な目だった。
「ホントだもん!」
きっぱりと、そう言い放つ。
レントは言葉を失った。ルウがこんな顔をするのを、見たことがなかった。
「……見せるから、お家来て!」
気づいたときには、ルウがレントの手をぐいぐいと引っ張りながら歩き出していた。
「来てって……うわぁ!?」
振り解くわけにもいかず、引きずられながらレントは振り返り、店員に向かって叫んだ。
「また来るからよろしくね!!」
「え……は、はあ……ありがとうございました」
店員は呆然と、そのふたりの背中を見送った。




