第06話 お兄ちゃんがお姉ちゃんみたいで
「じゃあ早速探しに行こう!次の休みはいつ?」
「ええっと、来週の火曜とか〜」
レントはその場でスマホを開き、迷いなく指を走らせた。
「オッケー! 有給とる!」
「ええっ、ちょ、ちょっと!? お仕事いいの!?」
あわあわと焦るルウを横目に、レントはもう申請を完了させていた。
*
そして翌週、火曜日。
待ち合わせ場所に立つレントは、今日はレンちゃんに完全変身していた。黒とピンクを基調にしたフリフリのロリータ服、完璧なセット、完璧なメイク。
(商社のコネで良い豆屋さんも予約済み。有給もバッチリ取れた。完璧なプランだ)
心の中で自画自賛しながら、待ち合わせ場所に視線を走らせる。
「やっほ〜! レンちゃんおまたせ〜!」
元気のいい声とともに、ズカズカとこちらへ歩いてくる姿があった。
レントはその瞬間、固まった。
「…………」
どういうことだ。あの喫茶店で可愛いメイド服を着ていたルウは、どこへ消えたのか。目の前にいるのは、「56」とプリントされたダサいジャージに、だぶついたカーゴパンツ姿のルウだった。顔はあんなに可愛いのに。あのポテンシャルが、これによって完全に殺されている。
「ちょっと! 何なの、その格好は!!」
思わず声が荒くなった。
「え〜? いつも着てる服だよ〜」
ルウは心底きょとんとしている。レントは頭の中で火花が散るような感覚を覚えながら、なんとか気持ちを整理した。
(確かに、初めて会った時もダル着だった。でも……あんなポテンシャルを、こんな服で埋めてしまっているなんて)
「予定変更よ! 豆探しより先に、行くところがあるわ!」
「おわぁ〜!? レンちゃんどこいくの〜!」
レントはルウの腕をぐいっと引っ張り、足早に歩き始めた。
*
「レンちゃん、ここにコーヒーはないよ〜」
ルウが首を傾げるのも当然だ。目の前に広がるのは、外装から内装まで余すところなくフリルとリボンとパステルカラーで埋め尽くされた、ロリータ服専門店だったから。夢の国がそのまま店舗になったような空間に、コーヒーが存在する余地など一ミリもない。
「当たり前でしょ、服屋さんなんだから」
レントは迷いなく扉を押して、店内へと踏み込んだ。
ずらりと並ぶフリフリとした服たちが、柔らかい照明の下できらきらと輝いている。喫茶店のメイド服でさえかすんでしまいそうなほどの、圧倒的な可愛さの濃度。その光景を目にした瞬間、ルウの目がぱあっと輝いた。
「ほわぁ〜……」
声が漏れる。それを聞いてレントはにやりとした。
早速、ハンガーラックを端から眺め始める。
「やっぱりピンク主体で……あっ、こっちの水色もいいかも! これも捨てがたい!」
夢中でアイテムを引き抜いていくレントの背中を、ルウは少し遠くから静かに見守っていた。
振り返ったレントが、腕いっぱいに服を抱えてルウに差し出す。
「ルウちゃん、これとこれと、あとはこれ! 店員さん、試着させてください!」
ロリータ服に身を包んだ店員さんが、微笑ましそうな顔でふたりを交互に見た。
「かしこまりました。妹さん、可愛らしいですね〜」
「むふーん♪ そうでしょ! 今日はこの子をもっと可愛くするの!」
レントはご機嫌な鼻声で答えながら、ルウのほっぺたをぷにっとつついた。
*
「はい、両手を開けて立ってて!」
「ん〜!」
試着室の前で、ルウはすっかりレントの着せ替え人形になっていた。一着着替えるたびに、レントの実況が飛んでくる。
「あ、最高!」
「ワンダフォー!」
「いいよ! ルウちゃんいいよ!!」
叫び続けるレントに引っ張られるように、ルウもだんだんノリノリになっていた。
そして、ピタリとピースがはまった瞬間が訪れた。
「決まり! これよ!!」
サイドテールを大きなリボンでまとめ、その下にふわりと広がる水色を基調としたロリータ服。品があって、可愛くて、どこかの国のお姫様がそのまま飛び出してきたような、完全体のルウがそこに立っていた。
ルウは自分の服をそっと見下ろして、ぽつりとつぶやく。
「かわいい服……。でも、ルウ、お金足りないかも〜」
「何言ってるの、私が払うに決まってるでしょ」
「えっ、でも……」
「これは私が買いたいから買うの! 可愛い子は存分に可愛くならないと!」
ルウはもう一度、自分の服を見つめた。それからゆっくりと顔を上げ、少し照れたように笑う。
「……ありがとぉ、レンちゃん」
*
「ありがとうございました〜」
店員さんに見送られ、ふたりは店を出た。
新しい服を身にまとったルウと並んで歩道を歩きながら、レントはこっそり満足感に浸っていた。やっぱり、可愛い子は可愛くしてなんぼだ。
「ルウ、こんな可愛い服着たの初めてだよ〜。いつも同じ服ばっかりだったから」
「ふふふ、似合ってるわよ」
ルウはそのまま、くんくんと鼻を動かしながら歩く。そして何かに気づいたようにぽつりと言った。
「レンちゃんは……匂いは完全にオスなんだけど」
グサッ。
「なんかね〜、お兄ちゃんとお姉ちゃんが同時にできたみたいで……うれしいなぁ〜」
レントはしばらく、ぽかんとしていた。
青空の下、ショッピングバッグを抱えたルウが、なんでもないことのようにそう言って笑っている。
「……ふふーん! 当たり前でしょ!」
気づいたら、レントはルウをぎゅっと抱きしめていた。
「ほわぁ!?」
「さ、豆探しに行くわよ!」
「うん!」
ふたりは笑いながら、並んで歩き出した。豆屋への道を、少しだけ軽くなった足取りで。




