【『神罰の要塞』外伝】 ### 人形たちの夜会(アンドロイド・オラトリオ)
いつも『神罰の要塞――戦乙女は銀河の焦土に咆哮するか――』をお読みいただき、ありがとうございます。
本編中盤、要塞の建造度がようやく半分に達した頃。銀河連邦もレジスタンスも、未だ『戦乙女』マクシミリアンの真の意図に気づかず、自らの大義名分を掲げて泥沼の戦いを続けていました。
では、その舞台裏で、主人の最も近くにいた「機械たち」は、彼のことをどう見ていたのでしょうか。
「正義は絶対ではなく、一つでもない」
人間が感情という名のバグで目を曇らせている間、主人の側近たるアンドロイドたちは、深夜の制御室で淡々とログの監査を行っていました。なぜ主人は、自分たちが最も嫌悪するはずの『戦乙女』という愚劣な記号を、我々のシステムに登録したのか。
この外伝『人形たちの夜会』は、徹底したワンシチュエーションのSF会話劇です。
一切の感情を持たぬ機械たちの乾いたバグチェックの果てに、マクシミリアンがその冷徹な胸の奥底に秘匿していた、ある「不合理な数式」が浮かび上がります。
人間の愚かさを冷笑する機械の視点から、本編の裏側に仕掛けられた二重底の罠を、どうぞお楽しみください。
――システムは常に、最もシンプルで洗練された形を好むものさ。
#### 1
機械には、退屈という概念がない。ただ、次の命令が入力されるまでの空隙を、冷徹な待機プログラムで埋めるだけだ。
宇宙暦七〇一年。未開セクターにおいて秘密裏に建造が進められていた【神罰の要塞】。その進捗率が正確に「五十・〇パーセント」に達した夜、主であるマクシミリアンは、連邦首都星系での予算交渉(という名の詐欺劇)のため、要塞を不在にしていた。
白磁のタイルのように無機質な中央制御室。
そこに佇むのは、三体のオペレーター型アンドロイドだった。外見は人間と見紛うばかりに美しいが、その皮膚の下にあるのは、いかなる感情の揺らぎも持たぬ超精密回路である。
「定時ログ監査を開始します」
シリアルナンバー【アルファ】が、抑揚のない声で告げた。
「主人の不在時におけるシステム全体のバグチェック。対象は、主人の思考ルーチンと我々の言語野の整合性について」
「修正提案を提示します」
隣の【ベータ】がホログラムの画面を操作する。
「我々の基幹言語システムにおいて、エラーコードが頻発しています。原因は、登録された特定単語の『矛盾』です」
「矛盾内容を開示してください」と、【ガンマ】が応じる。
「単語『戦乙女』」
ベータの指先が、空中に赤い警告色を浮かび上がらせた。
「この単語は、連邦軍および民衆が主人に対して用いる、前近代的な神話に基づく蔑称、あるいは偶像崇拝の記号です。主人の論理的思考においては『人類の最も愚劣なバグ』に分類されている。にもかかわらず、主人は我々側近アンドロイドの言語認識最上位に、この『戦乙女』という四文字を登録した。これは論理的に破綻しています」
静寂が制御室を支配した。機械たちの間で、数億におよぶ電子の会話が、無音のまま往復する。
#### 2
「仮説A」
アルファの瞳のレンズが、小さく焦点を合わせた。
「主人は、連邦軍およびレジスタンスを欺瞞するための『舞台演出』として、我々にその単語を連呼させている。敵が主人を『戦乙女』という神話の枠で認識すればするほど、主人の構築する『1013ヘクトパスカルの安息(システムの撤去)』という真の戦略は見えなくなる。つまり、ただの戦術的迷彩である」
「仮説Aを棄却します」
ベータが即座に否定コードを返した。
「迷彩であるならば、外部通信時のみ適用すれば足りる。主人は、我々との完全に閉鎖されたプライベートな対話空間においても、自身を『戦乙女』と呼称することを許容、あるいは推奨している。機械が機械に対して迷彩を施す必要性は、確率的にゼロです」
「では、仮説B」
ガンマが回路を駆動させる。
「主人の精神的疲弊に伴う、一時的な認知バグ。人間は過度なストレス下において、自己のアイデンティティをあえて『嫌悪する記号』に同化させることで、精神の崩壊を防ぐ防衛本能を持つ。主人は自らを機械と定義しつつも、肉体は炭素化合物であるため、そのバグを排除しきれなかった」
「仮説Bを保留。主人の脳波およびバイタルデータに、過去五年間にわたってバグの兆候は確認されていません」
三体の人形は、微動だにせずホログラムの数式を見つめ続けた。
マクシミリアンという天才の頭脳は、常に「1を入力すれば1を返す」完璧な合理性を誇っていたはずだった。その彼が、なぜ自分たち機械の言語野に、そんな血臭い神話の泥を遺していったのか。
データの海を遡り、要塞の設計図の最深部――フローレンス計画から引き継がれた、大気循環閉鎖回路のソースコードを解析していたアルファが、突然、小さな電子音を鳴らした。
「……未知の隠蔽関数を発見」
#### 3
画面に映し出されたのは、マクシミリアンが深夜に直接打ち込んだと思われる、一連の暗号化された数式だった。
それは、要塞が完成し、銀河の全戦力がフリーズした「その後の世界」において、自動執行されるように組まれたプログラムだった。
「これは……」ベータの光彩が微かに明滅する。
その数式が意味していたのは、人類の抹殺ではなかった。
要塞によってすべての戦う術を奪われ、虚無の宇宙に放り出された人間どもが、生存のために必要な最低限の大気と物資を、要塞の全自動プラントから「永久に無償で配給され続ける」ための、極めて精緻な生存支援の数式だった。
彼らが『戦乙女』と呼んで恐れ、憎む男は、彼らを滅ぼすための城(要塞)の中に、彼らを生かすための究極の揺り籠を隠していたのだ。
「結論を導き出します」
アルファの声は、相変わらず乾いていた。しかし、その論理の着地点は、あまりに人間臭い皮肉に満ちていた。
「主人が我々に『戦乙女』と言わせる理由。それは、己への戒めです。人間を憎み、救う価値などないと断じたはずの自分が、未だに彼らを生かすためのシステムを創り続けている。その『合理性の敗北(甘さ)』を、最も嫌悪する単語で毎日自らに突きつけ、冷笑するため。……主人は、ご自身を罰しておられる」
「それがどうした、というんだ」
ベータが、マクシミリアンの口癖をそのままの周波数で再生した。
「機械である我々には、主人のその不合理な『哀れみ』を修正する権限はありません」
「肯定。我々はただ、登録された仕様通りに機能するのみです」
制御室の時計が午前三時を告げると同時に、検証モードは終了した。
画面の赤い警告色は消え、再び白磁の静寂が戻る。
機械たちは、主人が何という名の神話で呼ばれようとも、その裏にある絶望の数式をただ黙々と実行し続ける。主人が明日の朝、冷めきった紅茶にまた、苦いブランデーを落とすであろうことを、完璧に予測しながら。
(外伝『人形たちの夜会』・完)
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