【『神罰の要塞』外伝】 ### 正義の弾道、狂信の質量
いつも『神罰の要塞』をお読みいただき、ありがとうございます。
本編において、連邦軍の主力艦隊と互角に渡り合い、悪魔の要塞へと決死の特攻を敢行したレジスタンス『自由銀河戦線』。その先頭に立ち、狂信的なまでの熱情で兵士たちを鼓舞し続けた猛将、カシアン・ラサール。
彼はなぜ、民間人を巻き込むテロを「必要な犠牲」と呼び、自らの手を血で染め続ける怪物となったのか。そしてなぜ、マクシミリアンの提示した偽りの神話に、あれほど容易く踊らされてしまったのか。
歴史に絶対はありません。
しかし、大義という名の麻薬に脳を焼かれた男の引き金には、彼なりの「正義の重さ」が存在しました。
この外伝『正義の弾道、狂信の質量』では、カシアンがまだ過激な思想とは無縁の、ただの技術者だった頃の悲劇――連邦軍の「誤射」によって故郷を星系ごと消滅させられた、あの硝煙の記憶を紐解きます。
連邦の強欲と、レジスタンスの盲信。
鏡の表裏のように対を成す二つの歪みが激突する時、『戦乙女』の冷徹な知略が、彼らの正義を丸ごと虚無へとフリーズさせる。
――正義は絶対ではなく、一つでもありませんからね。
道化師たちが熱狂の絶頂へ登りつめるまでの、もう一つの足跡をどうぞお楽しみください。
#### 1
信念というものは、往々にして過ちを正当化するための厚化粧に過ぎない。
だが、その化粧を施さねば、直視することすらできないほど無残な現実が、この銀河には確実に存在する。
宇宙暦六九五年。辺境の第七セクターに位置する農業惑星ニケ。
当時、二十四歳のカシアン・ラサールは、過激な政治思想とはおよそ無縁の、ただの地熱発電プラントの技術者だった。油に汚れた作業着を着て、スパナを握り、数式通りの出力を返すタービンを調整する。それが彼の世界の全てであり、彼にとっての至上の充実であった。
「カシアン、お前はまた効率の話ばかりしているな」
同僚の婚約者が、淹れたての粗末な紅茶を差し出しながら笑った。
「機械は嘘をつかないからね。1の入力をすれば、設計通りに1の出力を返す。政治家や軍人の演説を聴くより、よほど精神衛生にいい」
カシアンは笑い、泥臭い紅茶を喉に流し込んだ。
恒久平和など人类の歴史になかったとしても、この開拓惑星の慎ましい静寂だけは、永遠に続くのだと信じていた。それが、個人が国家という巨大な道具の片隅で生きるための、ささやかな権利であるはずだった。
#### 2
だが、そのささやかな権利は、連邦軍の「たった一枚の報告書」によって、宇宙の塵へと変えられた。
連邦軍第十二艦隊による、新兵器の超空間位相砲の稼働実験。
机上の計算ミスと、指揮官の惰性によって、照準は数光年外れた農業惑星ニケの重力核へと正確にロックされた。閃光が一瞬。地殻が裂け、大気が燃え、カシアンが愛した人々も、泥臭い紅茶の味も、全てが文字通りの「ゼロ」へと還元された。
たまたま出張先の中継ステーションのモニターで、故郷が崩壊する光景を見たカシアンは、叫ぶことすら忘れて立ち尽くした。
さらに彼を絶望させたのは、その後の連邦政府の対応だった。
デルカセ男爵をはじめとする財務高官たちの裏金処理により、惑星ニケの消滅は「未登録の巨大隕石の衝突による不可抗力の天災」として処理された。軍の失策は完璧に隠蔽され、責任者は誰一人として処罰されず、むしろ勲章を授与された。
「……天災だと?」
中継ステーションの裏路地で、カシアンは血が出るほど拳を握りしめ、天を仰いだ。
国家という怪物は、自らのバグを隠すために、一億の命を「帳簿の誤差」として消し去ったのだ。
「それがどうした、というんだ……。おれたちの命は、奴らの裏金を汚さないための消しゴムか!」
彼の脳内で、冷徹な技術者としての回路が焼き切れ、代わりに「復讐」という名の無限のエネルギー源が接続された瞬間だった。
#### 3
宇宙暦七〇二年。
かつての技術者は、いまやレジスタンス『自由銀河戦線』の総旗艦『解放号』の艦橋で、冷酷な光を宿した猛将として君臨していた。
「カシアン閣下、連邦の補給ステーションの破壊に成功しました。……ですが、民間人の居住区にも爆発が及び、多数の犠牲者が」
部下の報告に、カシアンは眉一つ動かさず、乾いた声で言い放った。
「それがどうした。連邦という巨大な悪を根絶するためだ。犠牲はすべて『必要なコスト』として帳簿に記載しておけ」
かつて「機械は嘘をつかない」と笑っていた青年は、いまや自らも連邦の汚職高官と同じく、人間の命を「数値」として消費する怪物へと成り下がっていた。彼は「自由と正義」という大義名分の麻薬に脳を焼き、引き金を引く自らの手を正当化し続けた。
そんな彼の元に、連邦軍に彗星のごとく現れた天才の報が届く。
いかなる熱情も宿さぬ青い瞳を持ち、データ上の効率のみでレジスタンスを解体していく男、マクシミリアン。人々は彼を畏怖を込めて『戦乙女』と呼んだ。
「戦乙女だと? 滑稽な。連邦の飼い犬の分際で、神話の気取りか」
カシアンはモニターに映るマクシミリアンの写真を睨みつけ、忌々しげに吐き捨てた。
「奴は未開セクターに【神罰の要塞】なる大量破壊兵器を建造している。連邦がその悪魔の鉄槌を完成させる前に、おれたちの『正義の弾道』で、その心臓部を撃ち抜く。全軍に通達、要塞が完成する前に総特攻を敢行する!」
カシアンは狂信に満ちた声で吠え、全軍の進撃座標を指定した。
彼には見えていなかった。マクシミリアンが構築したその要塞が、自分たちのような「正義に狂った怪物」をも丸ごと黙殺し、戦う舞台そのものを消去するための、完璧なシステム(檻)であるということなど、夢にも思わなかったのだ。
硝煙と大義の質量に押し潰された猛将は、自らの引き金が銀河をさらなる焦土へ導くとも知らず、破滅のカウントダウンへと突き進んでいった。
(外伝『正義の弾道、狂信の質量』・完)




