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第2話: 狂熱の包囲網(ターゲット)

####1


政治家という人種は、どれほど不条理な事態に直面しても、自らの都合のよい解釈という名の外套を羽織らなければ、寒さに震えて死んでしまうらしい。

 宇宙暦七〇二年、冬。銀河連邦の財政再建委員長を務めるデルカセ男爵は、肥満した顔に醜悪な笑みを浮かべ、最高級の葉巻の煙を燻らせていた。


「レジスタンスを一網打尽にする自動惑星破壊要塞……。素晴らしい、素晴らしいじゃないか、ヴァルキリー閣下!」


彼の関心は、その兵器がどれほどの民間人を救うかにはない。要塞建設という大義名分のもと、国家予算から捻出される莫大な「使途不明金」が、自らの秘密口座にどれほど還流してくるか、それだけだった。


「結構。ただ、男爵。この要塞の主砲を稼働させるには、通常の軍事予算では到底足りない。何しろ、空間そのものを位相崩壊させる特異点制御システムを採用しているからね。ついては、貴方方が『個人資産』として保管されている臨時資金の提供が必要だ」


マクシミリアン・オーギュスト・クリストフ・フォン・プフェッフェル・ウード・メッテルニヒは、白磁のカップを揺らしながら冷然と言い放った。

 特異点制御などという理論は、彼が三分でてっち上げた出鱈目のデータに過ぎない。しかし、技術を解さぬ政治家どもは、難解な専門用語と「戦乙女ヴァルキリー」の冷徹な美貌に圧倒され、ただただ頷くばかりだった。


「お任せあれ、閣下! 国家の繁栄と、我らの、いや連邦の正義のためだ。いくらでも予算を付けよう。愛国心とは、こういう時のためにあるものだからな!」


男爵が誇らしげに胸を叩くのを見つめながら、マクシミリアンは内心で冷ややかに毒づいた。

 愛国心。これほど安価で、これほど都合のよい免罪符が他にあるだろうか。己の強欲を隠すための化粧としては、いささか厚塗りが過ぎるというものだ。だが、その強欲こそが、彼が宇宙の未開セクターに築きつつある「巨大な揺り籠」の最高の燃料となるのだから、皮肉なものである。


####2


一方で、この情報はマクシミリアンの計算通り、正確にレジスタンス『自由銀河戦線』の最高幹部会へとリークされていた。


「連邦が、我々を星系ごと消滅させる悪魔の要塞を建設しているだと!?」


レジスタンスの若き猛将、カシアン・ラサールは、作戦テーブルを拳で叩いた。彼の瞳には、狂信者特有の激しい熱情が宿っている。

 彼らは連邦の汚職を弾劾し、民衆の解放を叫んでいた。だが、その本質は「連邦に代わって自分たちが支配者になりたい」というエゴの裏返しに過ぎない。現に、彼らが仕掛けるテロによって犠牲になるのは、常に連邦の特権階級ではなく、ただその日を必死に生きるだけの一般市民だった。


「ヴァルキリーという人形め、ついに本性を現したか! 民衆を皆殺しにする要塞など、断じて許してはならん。全軍を結集し、その要塞が完成する前に、中枢へと特攻をかけるのだ!」


幹部たちは一斉に歓声を上げた。

 彼らにとって、この「絶対悪の要塞」の出現は、自らの暴力を正当化するためのこれ以上ない口実だった。「敵が邪悪であるから、我々のテロはすべて正義である」という短絡的な論理。信念という名の盲目。それは連邦の高官たちの強欲と、驚くほど綺麗に対称性を成していた。どちらも、舞台の上がよく似合っている。


#### 3


 宇宙の暗黒に浮かぶ未開セクター。そこでは、銀河のすべてを欺くための狂気的な大工事が、静寂の中で行われていた。

 【神罰の要塞ディエス・イレ】。

 外殻を覆うのは、耐熱チタン合金と重水素化リチウムを幾重にも結晶化させた、厚さ三百メートルの複合装甲板だ。あらゆる熱線や超粒子砲を無効化するその表面には、連邦の威信を示すための巨大な鷲の紋章が、無機質に刻まれている。


 だが、その冷酷な鉄の皮膚の内側で行われているのは、前例のない熱力学的アプローチによる、過剰なまでの密閉作業だった。

 自律型建設ドローン群が火花を散らし、中枢エネルギーチューブの溶接を進めていく。その直径は五十メートル。惑星を消滅させるための超高出力プラズマが通ると称されたその強大なパイプの内部には、多段式軸流コンプレッサーと、超音速流体制御用のセラミック製ベーンが、数百層に及ぶ積層構造として配置されていた。それは、熱量を外部へ放射するためではなく、むしろ「内部の流体組成を1気圧、酸素濃度21%に永久固定する」ための、絶対的な循環閉鎖回路クローズド・ループに他ならない。


 さらに、中央統御室の周囲を埋め尽くす膨大な数の隔壁。

 本来なら弾薬庫や冷却水槽であるべきその空間を占めていたのは、高密度ポリマーでコーティングされた、独立型重力バイオスフィア・ブロックだった。

 「クラス7の耐衝撃防振フレーム」――そう刻まれた超精密な気密隔壁の群れは、外壁がどれほど超粒子砲の猛射を浴びようとも、内部の気圧を「1013ヘクトパスカル」から1パーセントの変動すら許さない。それは、兵器の熱暴走を防ぐためのデッドスペースとしては、あまりに冷徹なまでに「生存」に特化した、無機質な巨大監獄、あるいは巨大な苗床の構造を成していた。


「……これほど頑丈な装甲だ。万が一、空間そのものが揺らぐような衝撃が来ても、内部の『果樹園の土』ひとつ、こぼれることはないだろうね」


 マクシミリアンは、誰に聞かせるでもなく呟いた。

 その言葉の意味を理解する者は、この銀河にはまだ誰もいない。歴史家は後に、この工事を「銀河で最も贅沢な、そして最も冷酷な破壊へのカウントダウン」と評することになる。


 宇宙暦七〇二年、冬。

 【神罰の要塞】は、公称パーセンテージで「八五パーセント」の建造度を記録した。

 連邦軍の主力艦隊は、要塞の最終防衛のために回廊へと集結し、レジスタンスの総力もまた、決死の反撃のために暗黒星雲の影に潜んだ。

 銀河の命運を賭けた、歴史的な大決戦の舞台は完全に整った。誰もが、血で血を洗う壮絶な終焉カタルシスを期待し、狂熱のボルテージは最高潮に達していた。


 ただ一人、マクシミリアンを除いて。


「……戦略的な失敗を、戦術的な勝利で埋め合わせることはできない。彼らは戦術の勝敗に命を賭けているが、私はすでに、この勝負そのものを無効化する戦略を完了させている」


 彼は白磁のカップを口元へ運んだ。

 まだ、ブランデーを落とす時ではない。立ち上る湯気が、不条理な世界を冷徹に拒絶するように広がっていく。


「……戦略的な失敗を、戦術的な勝利で埋め合わせることはできない。彼らは戦術の勝敗に命を賭けているが、私はすでに、この勝負そのものを無効化する戦略を完了させている」


彼は白磁のカップを口元へ運んだ。

 まだ、ブランデーを落とす時ではない。立ち上る湯気が、不条理な世界を冷徹に拒絶するように広がっていく。


「さて、道化師たちの世界終末のラグナロクを始めるとしようか」


戦乙女ヴァルキリーの指先が、起動キーへと滑り出した。

 銀河が熱狂する、『全人類、未曾有の最終審判ディエス・イレ』の引き金が引かれるその裏で、既知の歴史が静かに、そして誰にも看破されぬまま、その幕を閉じようとしていた。

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