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第1話:神罰の起動(カウントダウン)

#### 1


 宇宙暦という無機質な数字が七世紀を数えようとする頃、人類は「国家」という名の巨大な怪物を維持するためだけに、自らの血と肉を消費するだけの家畜へと退化していた。

 銀河連邦。その版図は数百の星系に及び、公用語で「繁栄」と「秩序」を謳っていたが、その実態は、官僚機構の末端にまで行き渡った汚職と賄賂という名の潤滑油がなければ、一歩も動かぬ旧式の大質量兵器に過ぎない。民衆から吸い上げた税は、星系政府の高官たちが催す夜会の一晩のシャンパンに消え、あるいは前線の兵士たちの、錆びついた装飾用階級章へと姿を変えた。


「大義を語る口で、裏金の額を値切る。連邦の政治家どもがやっていることは、太古の地球の市場の魚売りと何一つ変わらないな。魚の方が、まだ腐臭を隠さないだけ誠実だがね」


 マクシミリアン・オーギュスト・クリストフ・フォン・プフェッフェル・ウード・メッテルニヒは、白磁のカップを唇に寄せた。

 最高名門貴族の血を引き、ガラス細工めいた銀髪と、いかなる熱情も宿さぬ冷徹な青い瞳を持つ男。男でありながら、そのあまりに整った容姿と、戦場においてデータ上の効率のみを追求して敵を解体する冷酷さから、前線の兵士たちは畏怖を込めて彼を『戦乙女ヴァルキリー』と呼んだ。


 だが、本人はその異名を毛嫌いしていた。

 彼が愛するのは、裏切りも、狂信も、横領もしない「機械」だけだ。1のエネルギーを入力すれば、設計通りに1の出力を返す。ロボット工学の天才と称されたマクシミリアンにとって、人間という不確定要素に満ちた生物ほど、効率の悪いシステムは存在しなかった。


「ヴァルキリー閣下。レジスタンス『自由銀河戦線』の高速襲撃艦三隻、我がセクターの第一防衛線を突破! 巡洋艦『アイゼンハワー』が熱核魚雷を被弾、大破炎上中!」


 通信端末から流れる部下の悲鳴を、マクシミリアンは眉一つ動かさずに受け止めた。

 レジスタンス。連邦の圧政に反抗する彼らもまた、正義という名の麻薬に酔った狂信者の集団に過ぎない。民間人を巻き込む無差別テロを「必要な犠牲」と呼び、幹部たちは内部での権力闘争に明け暮れている。連邦が腐敗した専制なら、レジスタンスは過激な独裁を夢見る予備軍だった。どちらがマシか、という比較検討すら無意味なほどに、双方とも醜悪に歪んでいる。


#### 2


「……装甲圧120、熱放射率の計算が甘いな。だからブリッジを直撃される」


 マクシミリアンは細い指先でコンソールを叩き、自律型迎撃ドローン「バルムンク」十二機を虚空へと放った。

 モニターの向こう側、漆黒の宇宙空間で、冷徹な光の劇が始まる。突撃してくるレジスタンスの襲撃艦に対し、マクシミリアンの放ったドローン群は、一切の無駄のない幾何学的な軌道を描いて肉薄した。


 ドローンから放たれた高周波重力レーザーが、襲撃艦の推進部をピンポイントで切り裂く。凄まじい熱量によって装甲板が歪み、大気が宇宙へと噴出する様子が、無音の映像としてモニターに映し出された。激しい爆発、飛び散る破片、そして光の中に消えていく兵士たちの命。

 どれほど凄惨な光景であろうとも、マクシミリアンにとっては「効率的なデータの消耗」に過ぎない。彼の指揮する戦場には、英雄の絶叫も、犠牲の美学も存在しなかった。ただ、数式通りの解体があるだけだ。


「閣下! テロリストの残存艦、撤退していきます! 素晴らしい知略だ、さすがは連邦の誇る戦闘女神!」


 画面の向こうで、顔を紅潮させた連邦の制服組が叫ぶ。彼らの関心は、失われた兵士の命ではなく、次の査定で自らの肩章に星がいくつ増えるか、それだけだった。


「威信、か。そんなもので戦艦が動くなら、今すぐ銀河中の詩人を前線に送り出すことだね」


 マクシミリアンは冷ややかに言い放ち、通信を切断した。

 彼はすでに、この銀河の「天井」を見ていた。連邦とレジスタンスの抗争は、どちらかが滅びるまで終わらない。精度が上がるほどに犠牲が増える計算式だ。そして、どちらが勝っても、待っているのは新たな抑圧と汚職の循環に過ぎない。

 人類というシステムそのものが、致命的なバグを抱えている。


#### 3


「……さて、道化どもに特等席を用意してやるとしようか」


 マクシミリアンは席を立ち、自身のプライベート・ドックへと向かった。

 そこには、連邦政府の汚職高官たちから「レジスタンス根絶のための究極決戦兵器」という名目で天文学的な国家予算(と彼らの隠し裏金)を巻き上げ、建造を進めている巨大建造物――【神罰の要塞ディエス・イレ】の、中枢制御ユニットが鎮座していた。


 連邦は自らの権力を永遠にする広域破壊兵器の誕生を確信し、レジスタンスはその悪魔の要塞を破壊せんと狂熱の度合いを深めていく。


 だが、その設計図を覗き込める者がいたならば、奇妙な違和感に首を傾げたはずだ。

 惑星を塵に換えるはずの「主砲」のエネルギー伝導経路は、超大容量の「電力・大気循環パイプ」と並列して配置されている。そして、要塞の外殻を形成する特殊重装甲の内部には、兵器の稼働にはおよそ不要な、天文学的な数の「気密隔壁コンパートメント」が、まるで巨大なアパートメントのように精密に区切られていた。


「これほど頑丈な装甲だ。万が一、空間そのものが揺らぐような衝撃が来ても、内部の『果樹園の土』ひとつ、こぼれることはないだろうね」


 マクシミリアンは、誰に聞かせるでもなく呟いた。

 その言葉の意味を理解する者は、この銀河にはまだ誰もいない。歴史家は後に、彼がこの瞬間に「狂気の引き金を引いた」と記述することになるが、それほど的外れな観察もなかった。


 彼は再び紅茶のカップを手に取った。

 香気の中に、一滴のブランデーを落とす。琥珀色の波紋が広がり、不条理な世界の輪郭をほんの少しだけ和らげていく。


「恒久平和など、人類の歴史にはなかった。……だがね、彼らが戦うための舞台そのものを撤去してしまえば、結果としての静寂は訪れる。……それがどうした、と言われるかもしれないがね」


 戦乙女ヴァルキリーの青い瞳に、狂熱へと向かう銀河の星々が、冷たく、ただ冷たく反射していた。

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