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いない

 おばばのへやで、私はネコにミルクをあげていた。ワシツのへや、古くさいにおい。今は私のへやになっていた。ネコは皿にむかってよたよたと歩き、小さなしたでちろちろとなめた。


「うまい?」


 私はしゃがみこんで、ネコをじっと見る。


「にゃー」


 ネコはミルクから顔を上げてへんじした。

もうダンボールにすてられた時みたいな、死にそうな鳴き声じゃない。

長いヒゲがべっちゃりと、白いえきたいでよごれていた。


「そっか、ならよかった。もっとなめてもいいんだぞ」


 私はにっこりわらって、ネコにススッと皿をよせてやる。

だけどネコはするりと皿をとおりぬけて、トビラをガリガリとかきだした。


「外に出たいの?」


「にゃー」


 へんじを聞いて、私は外に出してやることにした。

ネコをだっこしてロウカに出る。

キッチンまで行くと、お母さんがお昼ごはんを作っていた。


「ちょっとあんた! 部屋から出しちゃダメって言ったでしょ?」


 インスタントのパスタをもりつけていたお母さんは、ネコを見ておでこにしわを作った。


「でもこいつ、へやから出たいって言ってたし。今日は学校もお休みなんだから、こいつと遊んであげてもいいでしょ?」


「まったくあんたは……せめて食事のときぐらいは放しなさいよ」


 お母さんがパスタをはこび、リビングのテーブルにおいた。

私はすなおに言うことを聞いて、ネコを放してイスにすわる。

けどネコはすぐ私の足によってきて、スリスリとほっぺたをこすりつけてきた。


「あら、随分と懐いてるのね。まだ3日しか経ってないのに。ところであんた、その猫に名前つけたの?」


「えっ?」


 言われて気づいた。そういえばネコのことをずっと「ネコ」としかよんでいない。それじゃあ他のネコとまぎらわしいから、やっぱり名前はつけたほうがいいと思った。

ネコを見下ろすと、黒と茶色と白のまだらもようが目に入る。


「じゃあ……ミケ」


「あんた、そのまんまじゃない」


 お母さんが鼻からいきがぬけたような声をだした。


「でも、まぁ名前なんて適当でいいわ。どうせその猫、すぐ死ぬんだから」


 お母さんはまたつめたくミケを見下ろす。


「私の名前はてきとうにつけたの?」


「は?」


 私がパスタを食べながら質問すると、お母さんはあんぐりと口を開けた。


「……適当なわけないでしょ? あんたは、私の子なんだから」


「じゃあなんで私『真由貴』って言うの?」


「それは、雪の日に生まれたからよ」


「てきとうじゃん、それ」


 私はパスタを食べる手を止め、ミケをひろいあげた。

ミケはひざの上で私になでられ、きもちよさそうに目をつむっている。


「仕方ないでしょ! おばあちゃんがつけたんだから! あの人、ネーミングセンスとか全然ないのよ」


「私の名前、センスないんだ」


 私はきずついてしょんぼりと頭を下げる。

そんな私を見て、お母さんがだんまりと口をとじてしまった。


「ねぇ、お母さん」


 私はまた顔をあげ、お母さんに質問をなげる。


「おばばは、今どこにいるの?」


 するとお母さんは、ますますキュッと口をすぼめてしまう。


「……この前も教えてあげたでしょ? おばあちゃんはね、施設にいるの。老人ホームっていう所」


「どうして家にいないの?」


 お母さんはうんざりした顔をしながらせつめいした。


「おばあちゃんはね、病気なの。だから家族に迷惑かけないようにって、この家を出ていったのよ」


「病気になったら、家を出ていかないといけないの?」


 私はじっとお母さんを見つめる。

お母さんはなにか、苦い食べものでもかんだみたいな顔になった。

けどちょっと時間がたって、ガタリとお母さんはイスから立ちあがった。


「おばあちゃんはもう歳だから、重い病気になっても仕方なかったのよ。でもあんたは心配しなくていい。あんたはまだ子供で、重い病気になんてならないんだから」


 お母さんは私にむかって言い聞かせる。

まだ私の食べかけのパスタを持ちあげて、ながし台に歩いていった。



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