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飼いたい

 マンションのとびらをあけると、トントンと包丁の音が聞こえてきた。

私はぬいだアマガッパをハンガーにかけ、ぬれたランドセルをせおって廊下をすすむ。


「……おかえり。今日も随分と遅かったのね」


 キッチンに入ると、グツグツとなべがにこまれていた。

あんまりおいしそうなにおいじゃない。今日もインスタントのなべだった。


「もうすぐ夕飯できるから、あんたは椅子に座ってなさい。学校で何か言われなかった?」


「ネコひろった」


「は?」


「お母さん、ネコ飼ってもいい?」


 カンッ! と包丁がおかれた。その時はじめてふりむくと、お母さんはふきげんな顔を見せていた。


「あんた、どこで拾ってきたのよ?」


「公園」


「今どこにいるの?」


「ランドセル」


「捨ててきなさい! 今日はもう遅いから、明日になってから!」


「いや」


 私はムシしてリビングのテーブルまで歩き、ランドセルをあけた。

ぐっしょりぬれてぐったりしている、ミケネコが中に入っていた。

――さわってみると、つめたい体がほんの小さくうごいている。

私はすぐちかくのタオルをつかんで、ネコの体をふいてやった。


「ああっもう、ホントあんたは何しでかすかわかったものじゃないわね!」


 ツカツカとやってきたお母さんが、私の手からタオルをひったくる。

お母さんはネコをふいてやるわけでもなく、まるでサツマイモみたいにネコをくるんだ。


「世話なんてしなくていいから、もう玄関にでも放っておきなさい。あんたが捨てないなら、明日お母さんが捨ててくるから」


「でも、ほうっといたらこいつ死んじゃうよ?」


「いいわよ。動物と人間は違うから」


「なにがちがうの?」


 ネコをうでにかかえたお母さんが、チラリと私にふりかえった。


「別に大切にするようなものじゃないってことよ」


 つめたい声でぴしゃりと言うと、スタスタとロウカを行ってしまう。ネコをゲンカンにおいて、ハンガーからズレおちたアマガッパをかけなおそうとしていた。


「私はたいせつ?」


 私はそばまでちかづき、お母さんに質問する。


「あんたが大切じゃないわけないでしょ? あんたは、私がお腹を痛めて産んだ子なんだから」


 ふぅ、とためいきをついた声がかえってきた。質問したことが、まるでバカみたいだと言っているみたいだった。私はキュッと首をすぼめ、口をとじる。


「ただいま。って、うわっ!」


 ゲンカンのとびらがひらいて、お父さんが帰ってきた。

黒いスーツのすそがぬれて、ビニールのカサを手にさげている。

お父さんが入ったとたん、ネコをけとばしていた。


「朝菜、なんだこのタオルの物体!?」


「猫よ礼司さん。真由貴ったら拾ってきたのよ」


「猫? また真由貴が突拍子もないことやったのか?」


 自分がけとばしたネコの前でしゃがみこみ、お父さんがタオルのつつみをとく。

すると中から出たネコは、口からアワをブクブクとふいていた。


「あらっ汚いわね! 全く、これだから動物って嫌なのよ。明日タオルごと捨てにいくから」


「すてないでお母さん! ネコが死んじゃう」


「ダメよ! ペットなんて飼ってる余裕ウチにはないんだから」


「まぁまぁ、落ち着けよ。飼うかどうかはともかく、死にかけのヤツを放っておくのは流石に寝覚めが悪いだろ?」


 しゃがみこんだお父さんが、手をひろげて私とお母さんの口ゲンカを止める。


「ちょっと俺、近くに開いてる動物病院がないか探してみるよ。捨てるかどうかはその後決めればいいさ。朝菜、車の鍵持ってきてくれ」


 そう言ってお父さんは、ネコをだきあげてまた外に出る。私もお父さんをおいかけ、けっきょく家族みんなでネコの病院をさがしにいった。


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