シロンの夏休みの会話 罠の正体編
―いや銃、じゃない?!
シロンの鋭い目は見抜いていた。
ごついプラスチックのような筒に、ぶら下がる白いタンクのようなもの。
しかし、その見えすぎる眼が、判断の遅れを呼んでしまう。
一瞬避けるのが遅れてしまう。
―ブシュウウゥゥッ!
薄桃色の霧が噴き出し、シロンを押し包む。
『狼牙』の手に会ったモノは「スプレーガン」、塗装などで液体を霧状に噴射する器具だ。
「ご、ごほほっ!」
飛び退ったものの、噴出した霧をもろに吸い込んでしまい、激しくせき込んでしまうシロン。
犬狼男?は、霧が風に散っていくのを悠然と待ち、不安定なゴンドラをゆっくりとよじ登り、フェンスを登って屋上に降り立つ。
「今のこの時間のここの屋上の風向きは追い風で2m、『牧場主』の仰ったとおりだ!」
「この霧は俺様にも、効果あり過ぎだからな」
床に手足をつけ肩で息をする、シロンを見下ろす。
「バカなお前に教えてやろう、今のは―」
「『フェロモン』だ」
「それも犬神専用のな!『牧場主』なら簡単なモンさ!!」
「何せ俺様の細胞どころか、オヤジの死体まで、捧げたんだからな!」
吐き捨てるように言う。
「『フェロモン』、一言でいうと強力な、『媚薬』、『惚れ薬』だ」
「理性などブッ飛ぶような濃くて強力な薬に仕上げたぜ」あざ笑う『狼牙』。
下を向くシロンの首が横に揺れる。
「…もう、何を言われてるか分からなくなってきたか?」
「お前は一生、交尾しか考えられない愚かな雌犬になるんだよ」
「首から下がちゃんとしてりゃ、頭の中なんざどうでもいい」
うつむくシロンの顔から耳までが、真っ赤に紅潮していく。
「ふん、大分興奮してきたようだな」
「分からんかもしれんが、今後の事を言ってやろう」
「まず、俺様のガキを十匹ばかり産んでもらおうか」
「意思を失ったお前を人質にして脅し、お前のオヤジを犬神の座から追い落とす」
「そして俺様のガキの一番上を、次期の犬神にでも据えて…」
「俺様は背後で操るって仕組みさ」
犬狼男?は得意げにしゃべり続ける。
わなわなと肩が震え、自分の胸を抱きしめる形のシロン。
「いい感じだ、その気になって来たか?」続ける『狼牙』。
「…そして、残りのガキは『牧場主』への実験素材として差し出す」
「なんせ、こんなにうまく行くんだからなあ、『牧場主』様様だ!」
よろめきながら立ち上がるシロン。
肩で荒く息をして足元はふらつき、うつむく顔の辺りは紅く染まっている。
「完全に『出来上がった』か、ならー」
『狼牙』は両手を広げ、胸を突き出す。
「飛び込んで来いよ、愛する人の胸へ!」
よろよろと歩み寄ってくるシロン。早まっていく足取り。
―その時、右向かい側のフェンスを飛び越えてくる影、それは狐耳に九本の尾!
「ようやくご到着か」
「だが、もう手遅れだ」
「これからの、俺様とコイツの『いいトコロ』を横から見学するんだな!」
歩み寄ってくるシロンの手が差し出される、そして―
パアンッ!!!
響く甲高い異様な音。
二人に駆け寄ろうとした狐耳も、驚いて立ち止まる。
シロンの右手が大きく左に振り切っている。
『狼牙』の顔だけが異様に、横を向いている。
つまり、シロンの右手が『狼牙』の左頬を張り飛ばした!
狼耳の左の鼻の穴から、冗談のように鼻血が一筋。
「―なんで」と言いかける言葉、しかし―
バシインッ!!!
カウンターのように、シロンの左手が『狼牙』の右頬を張り飛ばす!
さっき以上に、異常に横を向く顔。
グギッー
どうやら頸椎も損傷したようだ。
今度は右の鼻の穴から、一層の勢いで流れる鼻血。
混乱と痛みの極みの『狼牙』。
歪んだ首が無理に正面に向く。
ばっと顔を上げるシロン。
今でも肩で荒く息をして足元はふらつき、うつむく顔の辺りは紅く染まってはいるが…
しかしその眼はつり上がり、怒りに真っ赤に燃え盛っているのが、分かる!
グシャアッ!!!
『狼牙』の視界が真っ赤な暗黒に染まり、嗅覚と味覚も全て血に染まる。
シロンの右ストレートが、やや下方から正確に、その顔面のど真ん中を射抜いたのだ。
頭蓋骨強度顔面陥没骨折コース!




