夜明け前の会話
「あ、そうそう、その建物に閉じこもって、警察でも呼ぼうっていうシナリオを選んでも―」
「ざんねーん、ムダだよ」
異様な程の嘲笑は止まらない。
「その場合は逆に捕まっちゃうぞっ、ふふ『銃器、麻薬不法所持』、いや流通や売買まで行っちゃうかな?」
「なんか、おかしなものが施設の奥から出てくるかも?、はははっ」
そして傍らのママを振り返るが…、
やけに静かだと思ったら、
スー、スー…
当のママは、かまう事なく腕を組んで船を漕いでいる。
「チッ」
舌打ちする『denn』。
しかしその唇に浮かぶ笑い。そして心のつぶやき。
(フン、そんな気楽ができるのも今の内さ)
(まあ、犬神の親玉が出てきたら、頃を見計らってコイツを嗾けるさ)
(相打ち、までは行かずとも、コイツが重傷でも負って、血液や組織採取ができれば上々だ)
ゴゴゴゴゴ…
左下の坂道の向こうから、ゆっくりと二台のダンプカーが姿を現す。無灯火のいかにも怪しい雰囲気。
『denn』が三脚に乗せたビデオカメラのファインダー越しに見ると、それぞれの荷台には十数人ずつの人影。
「来たか」
カメラを老人ホームの方に向ける。玄関先に人が出てきて、すぐに引っ込む。
窓ガラス越しの人の数と動きが増えていくのがわかる。
東の空が急に明るくなって来る、すぐに夜明けだ。
「アイツらには、絶望の夜明け、だな」
―その時、施設の裏庭。
窓越しに、廊下にいた夜勤の介護職員が、あわてて表の方に走っていくのが見える。
それらの人影が消えるのを確認したように、目出し帽に迷彩服の、二つの影が現れる。
二名は、バックパックを降ろし中身を確かめ合う。
一方は小分けされた白い粉の入ったビニール袋、そしてもう一方は拳銃!
二人は頷き合うと、施設の廊下の窓に向かって駆け出す、が、いきなりぎょっとして立ち止まる。
そこには黒尽くめ黒覆面の、まるで忍者のような人影が佇んでいた。
「…銃器に、麻薬か?」、忍者は言う。
「ここの者にあらぬ濡れ衣を被せる気か?」
「許さぬ!」
背中の刀を抜いて構える。
二人の賊は一瞬ポカンとし、顔を見合わせる。
そしてゆっくりと腰のホルスターの拳銃を抜き、その「忍者」に向かって構える。
「バカかお前は?」
「刀を捨てろ」
動きを止めた忍者、腕を下ろし、その手から刀が落ちて地面に転がる。
あざ笑い苦笑する二つの影。
「動くなよ」
「手をあげな」
垂れた忍者の両腕がゆっくりと上がっていく。
―その時聞こえる、表の方からの「わああーっ」、という叫び声。
「始まったか」
「こんな奴ほっといて、行くぞ!」
声を交わす二人、しかしそこに「忍者」の上げかけた両腕が、真っ直ぐに差し伸べられるー!
―ドンッ!
信じられないだろうが、忍者の両肘から先が、両手がミサイルのように発射される。
言葉も、驚きの表情も間に合わないまま…
それぞれの顎に見事にヒットし―、
二人は仰向けにひっくり返り、気を失った。
ボトリと落ちたその両手、それらがゆっくりと、ずるずると「忍者」の元に移動する。
見れば、両手に付いたワイヤーが、忍者の腕に巻きとられて行くようだ。
―スルスル、ガチャン!
両手が忍者の両腕に収まる。
ふう、と息をつき、忍者はぐい、とその顔を覆う布を引き下げる。
そこから覗くのは老人の顔、いや、さりとて老いは一切感じられない、
白い鬢も眉も、まるで白金で出来ていると連想させる風貌だ。
どこかで見たその風貌は、そう―!
いつぞや、あの「男」とママのいるホテル最上階のスイートルームの窓ガラスを割って乱入した、あの「忍者」だ。
忍者は両袖をまくりあげる。肘から先は生身ではなく、間違いなく機械の形。
「メカ義手の『モニタリング』とか言われたが…」
両手をしみじみと見る忍者。
「どう考えても遊ばれているとしか、思えんな」




