夜明けのコーヒーの会話
―バタン、浴室の扉が開き、溜息をつきながら現れたのはママ。
水滴が滴る身体を、髪を、バスタオルでがしがしと無造作にふき取る。
バスローブをまとい、ドレッサーの前で髪にドライヤーを当てる、やや気怠げに、そして頭の狐耳はそのままに―
薄化粧を整えた後、バッグの煙草を探るが、もう使い切った事にちょっと驚く。
口寂しいママは部屋備え付けのコーヒーメーカーに歩み寄る。
コーヒーがかぐわしく香り立ち始める。
ふと、隣の部屋の窓が急に明るくなったよう、―そう、夜明けだ。
「ふん、『夜明けのコーヒー』か」
「『男と女の夜』の後は、昔からいろいろロマンティックなコト言われてるけど…」
「今は、ぜーんぜん、そんな感じじゃ、ねぇな―」
グオー、ゴォオー…
マヌケなイビキの方に視線をやる。
「男」が疲れきって寝入っている様を、生暖かく見る。
「ふん、『昨夜』は何とかアタシの、…まあ判定勝ちってところか」
「いや、勝ち負けで言ったら、何だかアタシが負けた気がするねぇ」
負け―、その言葉に何か苦い感情も湧き上がってくる。
「…気に食わないなぁ」
全く無防備な男の寝相、今その背後に一撃入れれば、また自由に、なれる…
ママの人差し指の爪が、妖しく鋭く伸びていく。これを、食らわせば―
しかし、ママの手が止まる。
何だろう、それは、何だか、違うような…
止めとくか…、ママは眼を反らす。…こんな男、いつでも殺せる。
とりあえず、男の遊びに付き合って、いざとなりゃ捨てればいい。
そう、どんな「約束」も、アタシには、空しいだけだったじゃないか―
コーヒーを取りに行こうとしたママは、はっと気づく。
何でか二人前を作っていたのだ。
あの男のためである筈なんて無いのに…、捨てるか―
ママがカップの一つに手を伸ばした、その時背後に声がした。
「『夜明けのコーヒー』ですか、ありがとうございます」
何か見透かされたような嫌な気分で振り返る。
「すみませんが、ベッドサイドまで持ってきてくれませんか」
「甘えるんじゃないよ」
「…いや、ははは、楽しみすぎて腰に力が入らなくて、とても歩けません―」
チッ、と舌打ちしママはサイドテーブルにどん、とコーヒーカップを置く。
ポーションミルクとシュガースティックをばっと放り、ソファーに戻る。
「ありがとうございます、ママに心よりのお礼をしなくては、いけませんね」
「コーヒーを持って行ったぐらいで、大袈裟ね」
「いえ、私が寝入っていた時に…」
「私を、殺しなどしなかった、お礼ですよ」
「―は?!」
その言葉に、ドキリとするママ。
「―そ、それはどういう…」
ベッドに横たわったまま、男はコーヒーカップの傍らのポーションミルクに手を伸ばし、見せつけるように掲げる。
「こういう事です」
ふ、とポーションを持った男の手が、揺らめき消えたようだ。
コン…、何かがママの後頭部に当たる。
はっと振り返り見下ろすと、そこに落ちているのはあの『ポーションミルク』!
「ママ、この夜は私の『異能』についてはじっくり説明したつもりでしたが…」
男は腰に手を当ててゆっくりと起き上がる。
「まだご理解が足りないようなので、実例を見て頂きました」
ママは足元に落ちたポーションと男を見比べつつ、言葉を失っている。
「これが私の『異能』です、これ自体に攻撃力は無いと言いましたが、しかしママなら、いえママだから分りますよね、この意味が…」
意味も何も、これがポーションなんかでなく、刃、いや、爆弾だったら―?!
大きく響くママの声。
「フン、意思返し、かい!」
「いつでもアタシを、殺せるという脅しかい!!」
静かに首を振る男。
「逆、ですよ…」
「この力で、私は―」
「いつだって、アナタを守れるんですよ」




