結局救いきれなかった会話
「すみませんがそこで待っててくださいね」
「ふん、待つどころか、満足に動けんわ―」
『玃猿』に背を向けて、「ママ」のところへ足を進める男。
ふと、ベランダの辺りを見つめる。カーテンは無く夜空が丸見えだ。
上を見ると当然のように蛍光灯の明かりが見える。
「廃屋に近いマンションの一室、なのにカーテンもなく明かりも灯っている、よく考えれば何かの罠だと分かりそうなものですが…」
―ん、何だろう、言ってしまったその言葉に、チクと、なにかの不自然さを感じてしまう。
いや、今は「ママ」の様子だ、足早に駆け寄る。
先ほど見た時は人型を保っていたが、今は全くの獣の姿、狐の身体に戻っていた。
よほどダメージが大きいのが、見て取れる。
さすがの「男」も目を背ける無残…、腹が引き裂かれ内臓がはみ出ている。
しかし、彼女は浅く弱い呼吸ながら、明らかにまだ生きている!
「さすが『九尾狐』ですね、心臓と肝臓を貪られても、まだ命を保っている、とは―」
応急処置に、男は古びたベッドのシーツを引き裂き、狐の腹部に巻き付ける。
「RPGみたいに回復呪文があればいいのですが…、やはりまた『彼女』に頼まないと、ですかね…」
パワードアーマーの仮面を戻し、暗視モードに切り替えたその視界に、監視ドローンがはっきり確認できる。
「しつこいですね…、まあこっちは『後始末』の名目で、淡々と仕事をしますか」
つぶやきながら、二部屋向こうの『玃猿』に歩み寄ろうとした男は、はっとして立ち止まる。
思わず、ガン、と頭を叩く!
「わたしは、私は! アホ、ですか!!」
分かった、さっき感じた不自然さの正体―!
何故、普通に向こうの部屋が見えている?!
この部屋以外にも、なぜ明りが灯り、窓際にカーテンが無い?!
―それはつまり、他の部屋を見る可能性を考えての事だ!
それは何故? つまり「組織」は…
『玃猿』が壁をぶち破るような、そんな激しい事態を、予想していた、のだ!
「組織」は『玃猿』を騙していたそれは間違いない。それはいうなれば「分析」?
しかしすでにそうではなく、もう一段進んだ段階に進んでいる…?
妖が、いる、いない、そんな段階を過ぎ、どうやって利用しよう―、という事に?!
それはいわば「調査」いや、そして…
「捕獲」ー?!
男がつぶやいたまさにその時、
―ガシャアーンッ!!
窓ガラスが割れ、飛び込んで来た一基のドローン。
監視ドローンが何で飛び込んでくる?
丁度男と『玃猿』のあいだ辺りに窓に飛び込んで来たドローン、上部に灯っていた青い光。
しかしその前面にニュッと銃身が現れ、上部の光が黄色に変わる。
同時に機体の中央下の大き目の円筒、その先にもやはり黄色の小さな光が灯る。
…まるで、これを見ろ、と言わんばかりに。
「悔しいですが、分かりやすいですねえ」
中央下の大き目の円筒は間違いなく爆弾―
「ふふ『従え、さもなくば死』、ですか」
明らかに異常な力を発現した『玃猿』、そしてその力の大元の「ママ」をねらっての行動!
…だが、男の動きが止まる。いや、動けない!
『玃猿』、その仲間の猿たち、そして「ママ」、全員が人質なのだ。
ゆっくりと秒速2㎝程で男に近づく。それはまるでせせら笑うよう…
「ふ、ふ、ドローンに馬鹿にされるとは、ね…」
しかしその機体がいきなり、ダン、と床に叩きつけられる。
なんと『玃猿』がその両腕だけの力で2mほども飛び上がり、ドローンに覆いかぶさっているのだ!
さらに指が傷つき砕けるのも構わずにそのプロペラをつかみ動きを封じようと―!
『玃猿』さん!
「行け!」
『玃猿』の血を吐くような声。
ダダダダー!
ドローンの銃口が火を噴くが、狙いのつけられないそれは空しく床を叩くばかり。
「しかし!」
「お願いだ!」
ピ、ピ、ピ…、ドローンの上部の黄色の光が、赤に変わり、死刑宣告のように点滅し始める。
「くっ」男は身をひるがえし、「ママ」の身体を抱き上げると玄関に走る。
「頼む、ぞ…」
笑顔さえ浮かぶ猿顔。
外に飛び出た鋼鉄姿の足元が火を噴く。
ドドドー!
緊急脱出のロケットで飛び上がると同時に、背後に光、衝撃、爆音がほとばしる。
ドンー!!!!!




