救いのない会話
ガクンーッ!、大猿妖の身体が大きく左に傾く。
最初は、左足が床を踏み抜いたとも、思ったが―
「こ、これは、何だ!」
なんと『玃猿』の左足、ひざから下がぼっきりと折れている!
「これは、これは?貴様何をした!」
「バカなっ、こんな毒などある筈が?!」
男の冷たい言葉。
「毒だったらまだマシだったでしょうね」
「いま打ち込んだのは―、『がん細胞』ですよ」
大猿妖はおのれの左足と、男を交互に見詰めて叫ぶ。
「な、何を言って、こんな! ありえんー!」
続く男の声。
「そう他人のがん細胞を打ち込んでも、何も起こるはずもない」
「それにがんの進行は早くても月単位…」
「なら、なら、なんで!」
「謎解きをしましょう…」
「アナタ、お父上を『組織』に人質に出してましたね」
「それが、それが、どうした―!」
「アナタに打ち込んだのは、『組織』が無理矢理採取した、お父上の『がん細胞』なのです」
「血縁ならば『適合』」の可能性は高い…、それが見事当たったようですね」
「何を、なにを言っている? 父は何も無く無事だ!私は今朝父とSNSで会話したぞ!!」
「ああそれ、間違いなく作成AIの合成動画ですよ」
「ばかな、ばかな! 『彼ら』は私が潔く身内を差し出したことを讃え、粗略にせぬと、殺しなどしないと―、言った!」
「ま、その通り、確かに殺されは、死んではいないでしょうが…」
「でも、残念ながら、臓器ごとにバラバラにされ、組織培養されているでしょう…、ある意味、死ぬよりもおぞましい状態、でね―」
「うぐぐぐ、ぬぬう―、ゆ、許さん!、貴様だけは!!」
右足のみでも無理矢理立ち上がろうとする『玃猿』。
「お前をぶちのめし、そして『組織』の奴らも全員―!」
「うん、心意気は尊いですが、無理です」
「がん細胞の種類は、『悪性骨肉腫』、転移性の高いやっかいな、がんです」
「もう一つの謎解きをしましょう」
「なぜこんなに早くがんが進行するのか?」
「アナタは九尾の命を得て、生命力が数百倍に高まっている、からですよ」
はっ、と驚愕の表情の猿顔。
しかし右足のみでも、なんとか迫ろうとする、がー、男の冷たい言葉。
「進行度も数百倍、つまりものの数分で、がんは転移する、そうですね『悪性骨肉腫』が次に転移するのは…、骨盤あたり、ですか―」
『玃猿』のその左腰辺りに急に黒い影が現れ急激に広がる、そして―
ガクンー!
その身体が崩れ落ちる。
「何で、なんで、右足も、動かない―?!」
「脚の動きの根源の、その骨盤の骨が砕ければ、もう両足を動かす事など出来ませんよ」
「許さん、ゆるさない!!」
両腕だけでずりずりと必死に近づこうとする。
「まことにすみませんが、それも不可能です。骨盤まで浸食した「悪性骨肉腫」が次に転移するのは…
背骨の、腰椎あたり―」
その言葉に応じるように、『玃猿』の背中の腰の下あたりに、見る間に黒い影が現れる。
「脊髄は中枢神経の大元、神経にがんが浸食すれば耐えられない痛みが襲います」
「ぐ、ぐううっ!」
大猿妖は激しく悶え始める。
「まして数百倍のがん進行、つまり数百倍のがんの、痛み…、耐えられるはずもないでしょう」
「この、悪魔―!」
がくり、と首が落ち、身体の生命力が抜けていくのか、みるみる身体がしぼんでいく。
「…終わりですね」




