獣王襲来 【亜人種強制収容所編】 その18
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花嫁姿のカサンドラ姫の幸福そうな笑顔。
レオニダス王とカサンドラ姫の結婚式。華やかな光景。
辺境の小国の王と大国の姫の婚姻。
こんな身分違いの結婚など、
カサンドラ姫の周囲にいる老獪な大人たちが絶対に認めるはずがない。
そう悲観していたレオニダスだったが、事態は彼の予想に反して呆気ないほどすんなりと進んでしまった。
多くの戦場で伝説的な戦果をあげて、亜人種の勇猛さ、有能さを世界に知らしめてきた獣王レオニダスは、彼自身が思っているよりも遙かに多くの同胞から尊敬を勝ち得ていたのだ。
また、世界が戦乱へ向かいつつある、きな臭い時代である事。
多くのカルタゴス人民が、強き王を求めていた事も、この婚姻がすんなり認められた事に関係していたかも知れない。
隣接する超軍事大国チュエルブによる、武力を背景とした執拗な圧力、
日常的に繰り返される国境付近での傍若無人な挑発。
多くの国民、国家の重鎮たちが、侵略の危機を肌で感じていた。
最強の獣王がカルタゴスの新国王になって、この国が軍事大国になれば、野蛮な隣国からの侵略を未然に防げるかも知れない。
そんな淡い期待と計算がどこかで働いていた。
―――そんな国家レベルのマクロの思惑なんて、恋人たちには関係の無い事だったけれど。
信じられない幸せだった。
口に出すのも憚られると思っていた恋慕。
絶対に叶うことなど無いはずの恋が、成就した。
最愛の女性と、結ばれる。
戦いしか知らなかった男は、幸せの絶頂のなかにいた。
花嫁と共に、パレードの大群衆のなかを魔導車で走っている光景。
緊張してカチカチになっている獣王の手を、花嫁はずっと握っていた。
幸福な、新婚生活の一幕、一幕。
自分が体験したかのように鮮烈に押し寄せてくる。
新妻となった最愛の女の可憐な表情、ひとつひとつの可愛らしい仕草
艶めかしい夜の感触、
2人で笑い合った幸福な日々。
心のフィルターに焼き付いて永遠に離れない、
かけがえのない一瞬、一瞬。
やがて、2人のあいだに子供ができた。
最愛の女のなかに新しい命が芽生えている。自分の子供を、そのお腹に宿してくれているという、この奇跡。
そして、我が子をその手に抱いたときの震えるような感動。
獣王は歓喜のなかで、心に誓った。
たとえこの身が朽ち果てようとも、この命が燃えつきようとも、
カサンドラと、この娘の事を絶対に守り抜く、と。
何を犠牲にしてでも、家族と、彼女が愛してやまないこの国の人々を守り抜こうと。
心に誓った。
―――俺は、レオニダス王のこの決意に、激しい共感を覚えて胸を震わせている。
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気がつけば、俺の顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れている。
涙が後から後から溢れ出して止まらない。
「なんだよ、これ…………もういいよ、こんなん見せなくて」
ハッとした。
両手を組み合って顔を突き合わせている獣王
その顔も、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
《同じ情景を見ていた?》
お互いに号泣しながら、掴みあって力比べをしてる。
奇妙で、滑稽な絵ヅラ。
だが、さっきよりも明らかに獣王の手にこもる力は緩んでいた。
「……………コロ……………セ」
獣王は、ボロボロと涙を流しながらそう囁く。
その間も、獣王の中から、色んな思い出の情景が流れ込んできている。
妻と娘たち、家族と過ごした時間。
カサンドラ姫の面影を残した美しい娘たちの愛らしい笑顔。
妻と3人の娘たちを抱きしめたときの温もり。
幸せすぎて、胸が切なくなる。
2度とは帰らない尊い日々。
「………コロ……………セ」
涙を流し、ガタガタと震えながらも、獣王は寄生体の支配に抗って囁く。
悪鬼の形相になって支配権を取り戻そうと足掻いている頭部の寄生体。
レオニダスの家族の思い出を脳裏に浴び続けている俺は…………
「殺せるかよ……………バカ野郎……………」
涙をボロボロ流しながら言い返す。
「こんな家族思いの幸せそうなパパ…………殺せるかよ!!!!」
―――お父さん、だーい好き
娘に抱きつかれたときの感触を、今この瞬間の出来事みたいに生々しく感じた。




