雪の女王の脳内 その35
廃墟になって心霊スポット化したトンネルの内部みたいな、底知れなく暗く真っ黒な瞳でこちらを見つめている、癌腫の黒い女王。
しばし静止したまま、奇妙な沈黙の時間が流れる。
次の瞬間、黒い癌腫の女王は、自分の顔を両手ではさみ込んで照れた乙女みたいなポーズで身悶えはじめた。
思わずズルッとコケそうになる。
《癌腫にまで一目惚れされるマサムネさん》
過去一番嬉しくない事象だ。
《………………なにか、来ます》
「なにあれ……………」
リトさんの囁き声が不安げに震えている。
自然、囁き声になってしまうような不気味な気配があたり一面に満ちていた。
めこ………………めきょ………………
めき………………めきゃん………………
気色の悪い音を響かせながら、
癌腫の黒い女王の巨大な頭部が、真ん中から左右に開いていく。
真っ黒い、地獄の食人植物の消化器官でも見せられてるみたいな奇怪な光景だった。
左右に開き切った癌腫の黒い頭部。
その、真っ黒い魚介類の内部機構みたいにネチャネチャと湿り気を帯びて輝いている頭部の内側、
その中心に、真珠みたいに美しく白い物体があった。
女性の裸体。
全裸で、身体を丸めて自分の膝を抱く様なポーズのまま、癌腫の頭部のなかに埋め込まれていた女性。
彼女が、顔をあげて、目を見開いた。
癌腫と同じ、真っ黒い瞳。
ドス黒い瞳を見開いて、満面の笑みを浮かべる。
その顔は、どう見ても俺のほうを凝視していた。
《マサムネさんって、ほんとうにバケモノによくモテますよね》
頭部の真ん中から、ふわりと浮遊して漂い出てくる透き通るような白い肌の女性。
俺たちと、同じくらいのサイズをしている。
一陣の黒い雪混じりの風が吹き抜ける。
すると、女性の身体に女王然とした黒い氷のドレスが纏われた。
《あれが癌腫の核、腫瘍の本体……………黒い雪の女王ですか》
女王の高らかな哄笑と共に、一段と凄まじい黒吹雪が吹きすさび始めた。
ミヤコの絶対シールドの外側にいる俺の身体が、
黒い氷に覆われ始める。
……………なん、だと?
言葉を発する事も出来ないほど、身体が凍えきっていた。
全身が氷に覆われ始めている俺の目の前に、黒い雪の女王=癌腫の核がゆっくりと飛来してくる。
吐息がかかるぐらいの距離まで顔を寄せてくる黒い雪の女王。
なにか、宝物にでも触れるみたいな手つきで、俺の頬に指先を寄せてくる。
黒い雪の女王の指先が右の頬を撫でた瞬間、
顔の右側から、上半身、下肢にいたるまで、身体の右全面が完全に麻痺した。
脳味噌の右っ側に、氷でつくった剣山でも突っ込まれた心地だ。
ガツンッ!!と物凄い衝撃で冷たさだけが知覚器官に押し寄せてくる。
全裸で北極の海に叩き込まれたらこんな感覚に近いのかも知れない。
ドス黒い瞳を細めて、うっとりしながら俺の頬を愛撫していた癌腫の核。
そのまま、さらに顔を寄せてくる。
口づけをしようとしているらしい。
ただ、頬を撫でられただけでこの極限の寒冷地獄。
口づけなんてされた日には、耐えられる気がしなかった。
《さすがのマサムネさんでも雪の女王の口づけはマズい……………》
黒い雪の女王は、うっとりした表情のまま容赦なく唇を寄せてきた。




