第十七話
晃明が目を覚ますと、そこは三百六十度真っ白な世界だった。
果てしなく白が続くこの空間には、どこか見覚えがあった。死んだからあの世なのか、それともまた夢の中なのか。
分からないまま周りを見渡していれば、いきなり視界が真っ暗になった。
「だーれだ! 元気―? あ、さっき会ったばっかりだったか?」
明るい声で晃明を後ろから目隠しした冬馬。
こんなにも明るい妖怪は、冬馬しか居ない為、このクイズはこの世で一番簡単過ぎるものであった。
「冬馬さん。俺も妖怪になることにしました」
「そうみたいね。だから僕は、君にお別れを言いに来たんだよー」
「お別れ? ずっと俺と一緒に居てくれるんじゃ?」
「何それー。僕は君の恋人じゃないんだぞ?」
冬馬は、晃明の目の前で宙に浮きながらくるくると回り、満面の笑みで微笑んだ。
「これから晃明は、僕の妖力を持った妖怪になるんだ。だから、お別れなんだよ」
「俺が、冬馬さんから妖力を奪ったことになるからですか?」
「まぁ、そう言えるかもだけど。妖怪の中世界では、同じ妖力を持つ妖怪は存在していけないルールがあるからさ」
「じゃあ、冬馬さんはどうなるんですか?」
「んー? 天国? 分かんないや」
少年のような無邪気な笑みを浮かべる冬馬は、座っていた晃明の肩に優しく手を置いた。どこかうっすらと、徐々に透け始めていた冬馬の身体。
「春馬さんに会わなくてもいいんですか?」
「ずっと会っていたさ。晃明君が彼に優しくしてくれていた事も知っていたし。それよりも、君が僕になってくれるのなら、それは本当に嬉しい事だから」
「そうですか……」
冬馬は笑みを浮かべたまま、ゆっくりと晃明から離れて行く。
晃明は思わず手を伸ばして冬馬の腕を掴もうとしたが、その手は彼の身体をすり抜け、虚空を掴むだけだった。
「魔物は決して居なくなることはない。だからこそ、僕の妖力を使って素敵な町を作ってね? 晃明君ならきっと出来ると僕は信じてるから! じゃあね。お元気で!」
親指を立てて晃明の前に突き出すと、冬馬の身体は完全に消え去ってしまった。
真っ白な世界に溶けていくように消えた後も、晃明はしばらく冬馬が居た場所を見つめ続けた。
しかし、急に真っ白な世界が暗転した。真っ黒な世界に取り残された晃明。
それと同時に、晃明の意識はまたもや朦朧とし始め、そのまま後ろへと身体が倒れていった。
「晃明‼」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、目を覚ますと、沢山の顔が晃明の顔を覗き込んでいた。
「起きたか⁈ おい、大丈夫なのか?」
「百目鬼さん……皆さんも……」
「一週間かかったけど、晃明を妖怪に出来たよ」
「怜也……」
起き上がった晃明は、怜也と力強く抱き合った。
またこうやって、皆と一緒に過ごせる喜びが、晃明の身体に駆け巡る。
「これでこの事務所に居る人間は、また神林だけだな?」
「そうなるね」
「もう、人間雇う事はやめてください」
「まだ人間にビビってんのか?」
「ビビってなんかねぇよ」
「へぇ……?」
河井と百目鬼の喧嘩も、やっぱり心地が良い。
「あ、そうだ。過去を変えないと……!」
「それなら問題ねぇよ。冬馬がもうやったからな」
「え? 冬馬さんが?」
「あいつの妖怪人生最後の仕事。晃明へのお礼だってよ」
春馬は相変わらずスーツに下駄姿で、晃明の肩を優しく叩いた。
「じゃあ、亮さんも健さんも無事なんですか?」
「ぴんぴんしているよ、君達のお陰でね。本当にありがとう。救ってくれて」
神林も相変わらず、穏やかな笑みを浮かべていた。
「あ、じゃあ燈さんは⁈ 久門さんと会えたんですか?」
「もちろん会えたよ! おはよう、晃明!」
「燈さん⁈ 未練が無くなって成仏出来るんじゃ?」
「未練無くなってないもん!」
可愛らしい笑みを浮かべながら晃明の傍から離れると、カップラーメンにお湯を注いでいた百目鬼の腕に、あざとく抱き着いた。
「一真とずっと一緒に居ること! 久門の事を嫌いになったわけじゃないんだけど……やっぱり、今の私には一真が必要だからさ!」
「暑い、くっつくな……!」
少し胸がチクチクするような感覚がしたが、気のせいという事にしておこう。
そして、晃明は勢いよく立ち上がると、皆の方を向いて大きく息を吸い込んだ。
「地域安全制作部妖怪課で、これから働かせて頂く妖怪の泉晃明です! 妖怪初日から、沢山のご指導をよろしくお願いします!」
頭を深々と下げた晃明。
事務所内に響く拍手。
晃明は、満面の笑みでそれに答えた。
ふと、気を緩ませれば、背中から伸びたのは黒い羽根。
彼とよく似た立派な羽だ。
妖怪『泉晃明』はこの日、妖怪デビューを無事に果たした。




