第十六話
夕日が山の向こうへと消えて行く中、晃明はえんらの前でボロボロになって倒れていた皆を見つけた。雲外と久門は無事だったが、他の皆は痛々しい程の深手を負っていた。
しかし、その中に怜也の姿は無かった。
「怜也は?」
「店の中に居るはずだ。俺がやるって……言ったきり出てこねぇ」
晃明は、すぐに開いていたえんらのドアを潜り店の中へと駆け込んだ。
荒れ果てた店内の真ん中で、人間の姿に戻って倒れていた亮さんの前に、怜也がただ静かに立ち尽くしていた。
「怜也……一体どういうことなんだよ、怜也‼」
晃明は、立ち尽くす怜也の胸ぐらに勢いよく掴みかかった。だが怜也は、ゆっくりと満足げに微笑みを浮かべていた。
「怨みが積もりに積もった魔物の妖力ほど、美味なんだよ」
「亮さんと雲外さんをわざと出会わせて、亮さんを魔物にした。魔物になってしまった亮さんの妖力を使って、お前は魔物を次々に増やしていった。魔物の声が聴ける力を持っていた冬馬さんと、健さんや亮さんの事を、古くから良く知っていた燈さんを殺したのは、お前なんだろ! 餓者髑髏!」
「まさか、怒りが俺に向いているのか? 君は俺の親友だろ? 本当に君は、素晴らしい力を持ったよ、泉晃明」
晃明は、突然襲った謎の胸痛に、思わずその場へ座り込んでしまった。
その様子を見ていた河井が、すぐに駆け寄って来た。
「晃明⁈」
「お前が……冬馬を……?」
春馬と久門は、予期せぬ犯人の登場に理解が追い付いていないようだった。
「人間に関しては、俺が操った人間が行った事だ。俺の手は汚れていない。だが、あの烏天狗は確かに俺が殺した。魔物の声が聞こえる能力なんて物、この世には必要無い」
「てめぇ……」
怒りを露わにする二人に対して、怜也の反省の色は全く見えず、河井にもたれかかっていた晃明の前へとしゃがみ込んだ。
「そもそも、晃明が俺以外の妖怪なんかと絡むからいけないんだ。晃明は、俺だけの親友なのに……!」
「怜也……」
晃明の胸ぐらに力強く掴みかかって来た怜也を、なんとか引き剥がそうとする河井。
しかし、怜也のたった腕の一振りだけで、河井は店の壁へと吹き飛ばされてしまった。
「晃明。俺と二人で生きよう? 妖怪を憎む人間達は、全員妖怪にしてやるんだよ。逆に、人間を怨む魔物は全員俺が殺してやるから。俺と二人だけでも、十分この街は幸せになるんだ」
「それは違うよ……怜也。俺が望んでいるのは、人間と妖怪の『共存』だ。誰かが支配して強制的にそうさせては意味がないんだよ。それに、人間を妖怪にさせたら……それこそ共存じゃないだろ?」
「共存なんて出来るかよ……なぁ! さっきから綺麗事ばっかり言いやがって……過去に戻っても何も救えなかったんだろ? こいつは死んだ。お前の今の力だけじゃ人間の生死にも関われない。結局何も変えられてねぇじゃねぇか!」
晃明は亮を救えなかった。それは事実だ。
だけど……それでも、救えた人だって居た。
「俺の力を使えば、人間の命も救えるようになる。完全な妖怪にさえなれば、お前が望む正義のヒーローになれる。この世から魔物を消したいんだろ?」
「魔物はどうしたって消えない。俺はもとから消そうだなんて思っていない」
晃明は怜也の胸ぐらを掴み返すと、思いっ切り頭突きをして怜也を床へと倒した。
そして、痛む胸を押さえながらゆっくりと立ち上がり、倒れた怜也に手を差し伸べた。
「魔物の妖力を吸い取らないと、怜也は生きていけないんだろ? 失踪した時にはもう、我慢の限界だった。それでも怜也は、なんとか魔物の妖力を吸い取らずに生きていける方法を、ずっと探し続けていた」
「でも見つからなかった! 俺は……俺は……」
「沢山の関係ない人達を巻き込んだのは、確かに間違っていたかもしれない。だけど、怜也は怜也だ。普通の妖怪なんだよ」
晃明の言葉に、一度は差し伸べられた手を掴もうとした怜也だったが、すぐさま手を下ろし、脱力したように床へと仰向けになった。
「俺を殺せば、こいつも烏天狗も……俺に妖怪にさせられた人間も、全員が助かる。さっさと俺を殺せ! 潔く恨みを晴らせばいい‼」
「あぁ……そうさせてもらう」
「燈は、もう二度と生き返れない……!」
春馬と久門は、怒りに満ち溢れたオーラを放ちながら攻撃態勢を執る。そして、何もかもを諦めたかのような表情を浮かべ、ゆっくりと立ち上がった怜也に向かって、勢いよく殴り掛かった。
それを見た晃明は、慌てて怜也を庇うように前から強く抱きしめた。
しかし、彼らの拳は二人に届く事はなく、真っ赤な瞳が咲き乱れた両腕を持つ妖怪の手の中に納まっていた。
「百目鬼……! なんで邪魔をする?」
「貴方だって、燈への怨みを晴らしたいのではないのですか⁈」
怜也と晃明に背を向けたまま、百目鬼は二人の手を離すと、大きなため息を漏らした。
「だからって殺すのか? 妖怪が他の妖怪を殺すという事は、魔物と同じ事をするってことだぜ? そんな汚い事して復讐しようだなんて……誰も喜ばねぇよ」
「喜ぶかどうかなんて、誰にも分からないだろ! ようやく黒幕が分かったと言うのに、俺らは何もしないまま終わるのか⁈」
「燈も冬馬も、そんな復讐を望んでないことは俺にでも分かるぜ」
百目鬼は、晃明と怜也の方へと体を向けると、怜也の腕を力強く自分の方に引き寄せ、彼を優しく抱きしめた。
「晃明のこと、これからも守ってやってくれよ。こいつはまだまだ新米だからな」
「百目鬼さん……」
「はぁ……えんらの掃除大変だぜ? 皆、手伝えよ?」
怜也の瞳からは、綺麗な涙が溢れ出した。
しかし、そんな怜也の隣で優しく見守っていた晃明は、胸を押さえたまま倒れ込んでしまった。顔を歪めて悶えるように倒れた晃明に、慌てて全員が駆け寄って来た。
「晃明⁉ どうしたんだよ!」
「晃明殿の身体は、自分が妖怪なのか、人間なのか分かっていなかった。しかし、最近になって沢山の妖怪や魔物達と一緒に居る時間が増えてしまった。そのせいで、晃明殿は妖力を自ら操れるようになり、身体の妖怪化が急激に進んでしまったのでしょう」
「じゃあ、晃明はこのまま妖怪になってしまうのか?」
「いや、このままでは晃明殿の身体は死を迎え、妖力もろとも消滅する」
「雲外君。どうにかできるかい?」
「晃明殿の身体から、冬馬の妖力を消滅させられれば、人間へと戻すことは出来る」
河井に抱き起された晃明は最後の力を振り絞ると、目の前にしゃがみ込んでいた怜也の手を、力強く握りしめた。
「俺を……妖怪にしてくれ……」
「な……何言っているんだ! そんなこと、出来るわけがないだろ……」
「俺が妖怪になれば、皆を救えるんだろ?」
「晃明君。君が妖怪になるという事は、永遠の命を手に入れる事になるんだよ。もし君に大切な人が出来た時――」
「分かっています。でも……俺が今やるべき事は、やらなくちゃいけない事は、この町を『共存』の町にすることなんです……!」
覚悟を決めた晃明の言葉に、怜也は手を強く握り返した。
晃明の心臓は、ゆっくりと動きを止めていく。
意識が朦朧とする中でも、晃明は最後の最後まで怜也の手を握り続けていた。
そして皆に見守られたまま、泉晃明は静かに呼吸を止めた。




