方策2
「え」
何が何やら、と混乱して目を白黒させる灯里に、説明が為される。
「一つ目。ドレスの説明の途中から、ルースラッド国の言語になっていたにも関わらず、貴方は聞き返すこともなく平然と説明を聞き、その内容もしっかり理解していました。会話も違和感なく成立していました。
此方に来て二週間も経たない異世界の方が、庶民の言葉はまだしも貴族の使う言葉遣いまで修得するのは不可能です。しかも貴方は、そのうちの半分以上の日を、誰とも接触せずに過ごしています。三日やそこらで、そんな、流暢な言葉を聞き取ることが出来るわけ無いでしょう」
「エル…ルースラッド国王とか王妃に教わったかもしれないじゃないですか」
「彼らの公務日程を考えますと、有り得ません」
「じゃあ使用人とか! ここにも、貴族の令嬢が大勢、使用人としていらっしゃいます。令嬢なら友好国の上流階級の言葉遣いくらい修得していてもなんらおかしくないでしょう!?」
「貴方が、そういう使用人とまともに顔を合わせていない事は調べ済みです」
「う…」
灯里の旗色が悪くなっているのは明白だ。
「……二つ目ですが。なぜ、貴方は“贈ろうと思っていた(・・・・・)ドレス”と言ったのですか? 私は“お贈りなさった(・・・・・・・)もの”とは言いましたが、結果的に彼女に贈ることが出来なかったとは一言も言ってませんよ。貴方の表現では、贈る行為が未完だというのを分かっているようですが…──なぜ、彼がそのドレスを“贈れていない”と分かっておられたのですか?」
「こ、言葉の使い方の問題です! 言葉尻を捉えないでくれませんか!?」
「貴族間じゃあそんなの常識でしょう」
「…私は貴族じゃありませんから分かりかねます!」
オズウェルは、突っぱねる灯里に溜め息を吐いた。
「それでは、そういうことにしておきましょうか」
これ以上追及しても無駄だと悟ったのだろうか。良かった。
灯里の気分は被尋問者である。胃が痛い。
「では、似ても似つかぬ容姿だと言ったときに暴言だと言ってきたのは?」
「……似ても似つかぬとまで言われたので、反論しただけです」
「それはむしろ貴方に対しては讃辞になると思われますが? 貴方なら、美人だと言われ続けているでしょう」
「……無自覚です」
「有り得ませんね。貴方がそこまで鈍感でないのは話していれば分かります。頭の回転もそこそこですし」
言い切った相手に、灯里は訝しげな視線を向けた。不審そうに訊ねる。
「…何企んでます?」
不信さを前面に押し出した表情である。
そんな灯里に「いえ、別に」と肩をすくめた彼は、絶対に嘘だろうと見てくる灯里の視線を見返したままで、
「では、貴方がシスリア・ルーデルではないという証明は出来ますか?」
静かな声で、そう問いかけた。
私が、シスリア・ルーデルでないという証明をしろと言われました。
けれど、それは難しいと思うんですよ。だって、私は本当は──…否、本当に、シスリアだったんですから。
目の前の彼が転生論を信じる方でないのは知っています。今の言い方からはどっちか分かりませんけどね。
だから、転生したなんて言いません。私がシスリアだったなんて言いません。また頭のおかしい子扱いされるのは勘弁ですからね。思えば、その前の人達が信じてくれたのが奇跡というか、人が好いというか。
でも、まさか“貴方がシスリア・ルーデルでないという証明は出来ますか?”なんて聞かれるとは思いませんでした。お姉ちゃんはびっくりです。
“前世がシスリアであるといえる根拠は?”と聞かれれば答えられますけど──
困惑を隠し、とりあえず出来るだけのことはしてみようと灯里は決意した。
早めに決着をつけておきたい、というのが本音である。相手が相手なので分が悪いし、そろそろ敬語にも疲れてきたところだったので。
「…転生論は有り得ないと否定されましたが。貴方の国の第二王子に」
「それはさておき、私は転生論を信じます」
……さらっと流さないでください。それをさておかれては、こっちの話が進まないんですが。
「…主の意向に従わなくて良いんですか?」
「アーカイスに限らず、どの国でもこれくらいの思想の自由は許されていますから、お構いなく」
知ってます。このくらいの事じゃ反逆にすらならないのはよーく知ってます。
でも今はそんなのどうでも良いので、お引き取りください。
「とにかく、私はシスリアじゃないので…お帰りください!」
これが、外国の高級役人に対する態度でないのはよーく分かってます。けど、こんなにも本人が否定しているんだから、いい加減身を引いても良いんじゃないでしょうか。
意地でもあの時の二の舞に成るものかと灯里は固く口を閉ざし、なおも訝しげな表情で振り向いてくる青年に、無言でドアを指差した。
そのままドアから外に出て行って貰えないだろうか。
「……話すことはありませんので」
青年を見ていると決意が鈍ってしまいそうになるので、視線はさり気なく逸らす。
本当は廊下まで力尽くで出してやりたいんだけど、一週間も寝っぱなしだったこの体では無理だ。歩くのすら足元が覚束無いのに、男一人を押すなんて到底できない。脚の筋肉も、非常に衰えているのだろう。
『──アカリ様』
ふいっと床を見下ろしていた灯里の耳に、ルースラッドとは少し異なる発音で呼ばれた名前が届いた。
懐かしい発音の仕方で呼ばれた己の名前に心を惹かれたのか、頑なに視線を合わせようとしなかった灯里が、ふと視線を上げた。
すると、真剣な眼差しでこちらを見ているオズウェルと眼が合ってしまう。それに慌てて視線を背けようとした灯里だったが、その真剣さに思わず目を奪われた。
離したくても離せない。
怯えと困惑が入り混じった瞳で見上げる灯里に、オズウェルは口を開いた。
『もし、我が主君が貴方をシスリアだと信じ始めている──と言ったら、どうしますか?』




