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準備12


 淡い色のドレスに身を包んだ灯里は、さながら天女のようだった。

 若者特有のきめ細やかな白い肌にのせるだけの化粧を施し、肩には羽衣にも見える長めの薄いショールを羽織り、足元を飾る靴は日の光を浴びて銀色に輝いていた。

 彼女の黒髪と黒い瞳は、それらと相まって逆に神秘的な雰囲気を醸し出している。

 髪は余計な装飾を施さずに自然に背中へと流している。その黒い瞳には、強い意志が見て取れた。


「……前世の面影ないね、シスリア」

「そこまで言う!?」


 姿を見て開口一番しみじみと呟かれたその言葉に、灯里は複雑そうな表情でつっこみを入れた。

 まぁ確かに自分でも前世とは似ても似つかないだろうなと思うけど、それにしたって面影すらないとは言い過ぎじゃ無いだろうか。前世は地味だったし髪の色とかもそりゃあ違うけど、だからといって全否定されるほどではない……と思う。そう思いたい。

 

「エルヴァは誉めていますのよ? シスリア」

「誉められている気がしない…」


 隣からのフォローにそう返しながら歩を進め、灯里は用意された馬車に乗り込んだ。

 非公式訪問であるからか、それほど豪華な馬車ではなかった。せいぜい子爵くらいの地位の方が乗るような、王族にしては実に質素な馬車である。


「(これはどっかから借りてきたのかな?)」


 たかが一度のお忍びなのだから、一からカモフラージュ用の馬車をつくらせるなんてことはしない──と言いたいけれど、彼らは王族だ。その常識が通じないことだって多々あるのだから、一概にそうとは断定できない。

 この疑問を口に出したが最後、ろくでもない答えが返ってきたら困るので、そこは口をつぐんでおくことにした。


「(そういえば、もう、講義始まってるのかなぁ…)」


 灯里はふと、何を学ぶんだろうか、と考えを巡らせた。

 知らないことがたくさんあるし、今の灯里にとっては何もが新鮮だ。

 なんせ、シスリアとしての記憶は六年前でストップしているのだから。


「──シスリア、どうしたの?」


 馬車に乗り込み窓から顔を出す形で、エレナが催促してくる。エルヴァはまだ馬車の外にいる。灯里が乗り込むのを待ってから、最後に乗車するつもりのようだ。


「今行く!」


 馬車の入り口まで小走りで駆けよると、エルヴァが自然な動作でエスコートをしてきてくれた。

 こういう紳士的な振る舞い(レディーファースト)はあまり日本では経験しなかったから懐かしいなぁと感慨を抱きつつ、エルヴァにありがとうと微笑む。

 エスコートされる側の作法もまだ覚えていたようで、内心胸をなで下ろした。


「シスリア、隣に座って頂戴」

「もちろん!」


 エレナの催促にそう即答して、ドレスが皺にならないように注意しながら座る。

 エレナは本日、蒼のドレスだ。

 幼なじみへのお忍びであるからだろう。普段の外的な、威圧感を与える構造のものではなく、そういう点では控えめ仕様のドレスであった。

 エルヴァは王子様な服装に、アクセントとして蒼のスカーフを取り入れている。

 お忍びとはいえ、ルースラッド国の王族たるもの、“蒼”は取り入れる決まりにでもなっているのだろうか?


「…こうやってさ、三人で馬車に乗るのも久しぶりだねー」


 エルヴァは必然的に女性二人の向かいに──前から取り決めでもしてあったように思わなくもないが──座った。

 その頃合いを見計らって、灯里がそう切り出す。

 それに初めに同意をしてくれたのはエルヴァだった。


「そうだね。…まあ、そもそも君はあまりこういうのに乗りたがらなかったけど」

「私は、君らと違って、小さい頃からこういうのに乗っていたわけじゃないんだよ。慣れないし何かいたたまれない」

「そう…?」


 その感情が未だに理解できないらしく、こんなのただの交通手段だけれど、と首を首を傾げてくるエレナに、灯里は苦笑を返した。


「エレナは伯爵令嬢だったからねえ…。──私は男爵家だったし、あまり裕福でもなかったから……」


 これは、真実ではあるが、事実とは異なる。

 灯里はどこか言いにくそうにそう述べて、肩をすくめた。


「でも、この馬車は結構質素よ?」


 二人とも、彼女が言葉を濁した理由を知っている。だから、深追いはしない。

 嫌なことを思い出させてしまったと謝罪するのは逆効果だというのも学習している。

 それに、彼女自身が、その事で気を使われることにより、微妙な空気になるのを厭った。その頃からの二人にとってはさりげなく話題を変えるのはお手のものであったし、あれから六年でまた磨きもかかっている。

 自然と会話が繋がった。


「どこが質素──あぁ、王族や上級貴族にとってはこれでも質素だね…うん」


 途中で納得したのか、灯里は言葉の進路変更をすると、この価値観の違いはどうにもならないだろうなと遠い目をした。

 それにしても、どうにも慣れない。


「シスリアのいた国には、馬車が走ってないの?」

「走ってるわけないよ!」


 あまりの奇想天外な発想にビビって思わずつっこみを入れてしまったが、日本のことを何も知らないのであればもっともな質問だろう。

 そう思い返した灯里は、浮かせた腰を落ち着けて、説明へと入ることにした。


「主流は車だね。電車とかバスとかもあるけど、個人所有の移動手段は自動車だから、馬車には車が一番近いと思う」

「…くるま?」

「車は──簡潔に言えば、馬のいない馬車だね。エンジンっていう部位が馬の代わりを担っている。これはほとんどが木材で作られているけど、車はたしか鉄製だったかな? まあ、とにかく金属製なわけで、」

「鉄って…砂に含まれているあれ?」

「うん、それそれ。地球ではね、ある技術によって純粋な金属が作れるんだよ。こっちでは鉱物に混入している色んな金属はほったらかしだけど、それも活用できる」

「錬金術みたいね!」

「そうだね。…そういえば、地球にも、それにまつわる伝説みたいなのがあるよ。賢者の石とよばれる、物質をきんにしたり不老不死の効果があるといわれた物でね、昔の人たちは熱心に研究してたらしいよ。……まぁ、科学が発展した現在も、それはまだ発見されていないみたいだけど」


 ニコラス・フラメルの伝説は、結末を詳しくは覚えていないので割愛しておく。だって、尋ねられても困るし、曖昧な情報はヘタに興味を持たせるだけだし。

 

「まぁ、それは発見されたらされたで、諍いの種になるだろうけど」

「…私はそこまで考えが及ばなかったよ。全てが金になったら皆お金持ちになるのかなぁとかしか思ってなかった」

「金って、希少価値が高いからこそ値が張るのよ? 万物が金になってしまったら、金の価値は大暴落ね」

「それに、おそらく他の金属の値段は相対的に上がるだろうね。変えた金を元の金属に戻す術がない限りは」

「……(反論が思いつかない)」


 二人そろって現実主義者リアリストすぎるけれど、この世界でこれだけの地位を持っているのなら、致し方のないことだろうとも思う。

 貴族は、ロマンだけではやっていけないのだ。

 女性のための例を挙げるとすれば、結婚。恋愛結婚なんて、貴族の令嬢にとっては夢のまた夢。女は家のために生かしてもらっているのだから、一時の気の迷いで馬鹿なことをしでかすな──これは、シスリアの父親が言ってた事だ。

 日本が、自由恋愛が許されている国であるという点においても、私は日本に転生して良かったと思う。いい家族にも巡り会えたし。

 男性のための例は……海賊とか宝探しかな? 貴族に生まれた男子には家督を継ぐという役割が生まれつき備わっているから、無鉄砲なことをしでかすなとの事らしい。


「(ほんっと、貴族って面倒だよねぇ……)」


 他家とのしがらみとか、権力争い(これは政治家にも言えることだが)とか…エトセトラ。


「シスリア、眠たいのなら寝ていて良いわよ?」

「んー?」


 どうやら、考え事(というか愚痴?)をするために下を向いていたのが、眠いからだと思われたようだ。

 一瞬否定しようと思ったが、眠いのかと問われればそうであるような気もして、結局、灯里は曖昧に頷いた。


「じゃあ、おやすみ」


 二人からの言葉に甘えた灯里は、そう言って窓側に頭をもたれ、寝る体制に入ったのだった。



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